第13話 水溜まり


【魔獣】討伐を完了した私兵団一同が更なる問題に巻き込まれている頃。時は同じくして、ノーブルとシベックの馬車一行も似た状況になっていた。



「そこの馬車止まれぇええええ!!オイ無視するなぁ!…オイっ…!えっ!?なんで!?止まれぇ!!止まれぇええ!!」



馬車を追いかけて来る【赤髪】の長髪を雄鶏のトサカの様に固めたツリ目の少年が叫び散らす。馬はボロボロで可哀想である。



「どうしましょうね?ノーブル様」



馬車から解放されパカラパカラと軽快な足音を刻む馬の上からシベックは、馬車にいるノーブルに声をかける。



「流石にアレは【魔獣】ではないよね??別に追いかけるなら勝手にしたらいいんじゃない?」



「まぁ…下手に関わる方が面倒ですしね…それにしても舗装路から随分離れた場所から湧いて出て来ましたね、あっちで何が起きているやら…」



チラリと後ろを見ると、まだ追いかけている。



「貴様らぁああアア!無視するなぁあ!!その馬車の家紋知っているぞ!ハーディス家だ!!貴族だろう!?ならガルダ王国の【双翼】を知っているだろう!?」



「【双翼】?知ってるかシベック?」



「えっ?えーと…王の御前会議でも発言力が群を抜いている2つの公爵家ですね…確か【ヒェール家】と【ヴェルメリオ家】ですね」



「…なんか、結構ヤバそうな感じなんだけど?無視して大丈夫なの?」



「さぁ?プルー湖の周辺にいる時点で【事象発生前自己申告書】っていうの面倒なのしっかり書かせてあるハズなんで大丈夫ですよ」



「なんか不吉なものが聞こえた気がする」



「【自己申告書】のことですか?自分の【控え】があるんで読んでみます?四歳のノーブル様に見ても目が痛くなるだけですけど。」



そう言ってシベックは腰のポーチから円柱形の筒箱を出しノーブルに渡す。


馬車窓から身を乗り出して何とか受け取ったノーブルは筒箱を開け、出て来た羊皮紙を広げる。



【ハーディス辺境伯爵領滞在における事象発生前自己申告書】



1.

私はハーディス辺境伯爵領は、その性質上、拎傷する【危険があることを十分に認識】しています。


2.

私は、ハーディス辺境伯爵家が定めた滞在条件に反しておりません。私は、 ハーディス辺境伯爵領が影響を及ぼす可能性のある症状や怪我も妊娠もしておりません。

私は、私が上記の症状や怪我を隠蔽してハーディス辺境伯爵領地に滞在した場合には、応分の責任を拆わねばならず、【ガルダ王国法が適用されないこと】を理解しています。



3.

私は、ハーディス辺境伯爵家が設けた規則や領民の指示に従い、安全を心がけなければならないということを十分に理解しています。

私は、ハーディス辺境伯爵家が設けた規則や指示を無視して行った行為に対しては、応分の責任を拆わなければならず、ハーディス辺境伯爵家が、規則や指示に従わない滞在者に対し、ハーディス辺境伯爵領への滞在を取り拔す権利を有していることも、理解しています。


4.

私は、予期し得ぬ魔物、魔獣、神域、自然現象など、勘可避的事象によって引き起こされた事故については、ハーディス辺境伯爵家及び領民にたいして、【責任を問うことはしません。】



5.

私は、故意により、またはハーディス辺境伯爵が設けた規則もしくは指示に反した行為により、ハーディス辺境伯爵家の管理する施設や備品などに損傷を与えた場合、その修理費を拆 することを了承します。



6.

私は、ハーディス辺境伯爵領へ滞在した結果、怪我や病気になった場合、ハーディス伯爵家及び領民の判断により医療機関での治療を受け、緊急の場合にはハーディス辺境伯爵家または意思が応急処置を施すことに同意いたします。


7.

私は、ハーディス辺境伯爵領への滞在にあたり採取された素材、資料を破棄し、それらをガルダ王国及び全世界において広告宣伝目的などで使用する権利がハーディス辺境伯爵家に無償で帰属することに同意いたします。


8.

私は、魔物、魔獣、神域、天災、天候勘良等勘可抗力などの理由により、ハーディス辺境伯爵家がハーディス辺境伯爵領の滞在拊しくは生活に支障があり、端は安全確保に支障があると判断した場合、ハーディス辺境伯爵領の滞在が禁止となることに同意いたします



「…目が痛い」



ノーブルは目頭を押さえながらそう呟いた。ニコも覗いたようだが目をグルグルさせている。



「でしょ?」



ノーブルは羊皮紙を筒箱に戻すとシベックに渡すため腕を伸ばす。その筒箱を受け取ると大事そうにポーチにしまった。



「でも…この土地ではハーディス家と領民が、神様レベルなのは分かったよ」



「えっ…、理解したんですか?まぁ…個人や遺族なんかに恨まれるかもですが国全体から叱咤されることはまず無いですよ。【不敬罪】なんて頭の悪そうな王国法にも有効な様に作ってありますしね」



「でも…そうなるとおかしくない?」



「何がです?」



「そんな【王国の権限が弱くなる場所】に、【王国の偉い奴】がいることが…さ」



「…ああ〜、なら【死んでも家に痛くない奴】ってことなんでしょう」



少し寂しそうな表情をするシベック。



「ああ…僕みたいな次男とかか…そう思うとちょっと可哀想だな…あの【赤髪】の人」



「何言ってるんですか…確かにハーディス家は開拓地故に本家で構える領主より危険な地域で生活することになります…」



「…」



「…ですが分家の方も頭オカシイくらい強いらしいですから心配いりませんよ!」



「…それはそれでなんか悲しいなハーディス家って…」



「分家の皆様はノーブル様の御生誕祝いにいらっしゃいましたが、まぁ覚えていないでしょう…私もその時初めてお会いしましたが壮観でしたって…痛っ…ひたはんだ…」



何故か感慨深そうに語っていると油断したのか、馬上の揺れで舌を噛んだらしい



「大丈夫?シベック」



「シベックいたいの?」


ノーブルが心配すると反対の窓から景色を観ていたニコも

便乗してきた。



「はいひょうふへふ!」



大丈夫らしいが舌を休ませるためシベックとの会話が止まる、馬車の音と後ろで騒いでるヴェルメリオ家らしい少年の声のみになる。




「……きっ…貴様らぁ!せめて何処に向かっているかくらい教えろぉお!」



どうやら自分が何処にいるかも最早分かってないらしい、1人で街でもない土地を走り回ったら不安にもなるだろう



「くそぉお!ならコレやるよ!ミスリル鉱石の欠片だっ!?今回の調査隊の戦利品だぞ!?自慢できるぞ!」



何やら口の開いた小さな皮袋を片手を上げている


革袋の中には、太陽の光に反射して青く輝く石が見える。



(あれがミスリル鉱石か?…気になるけど、さっき見た申告書の内容だと回収されちゃうんじゃないかな…?)



「何なんだよぉお!何なんだよぉお!?エン爺も!メラハ様も!アルトゥの奴も!いなくなりやがって!!こんな奴らにすがるなどっ…!」



(まぁ、このまま追いかけて来るなら獣人族の村に着くし…うるさいけど)



「クソ!クソ!クソ!アル兄様のせいだ!エン爺に着いていけば!竜人の女が見れるって…ッ!!うわァア!!」



突然、【赤髪】の少年の馬が「ヴィヒヒィイン!!」と鳴き声をあげ、立ち上がる様に大きくのけ反った。



馬車馬とシベックの馬も同様の反応をする



馬車馬の突然の動きに御者は前のめりに落ちそうになるが、すぐに立て直し馬を宥めながらゆっくりと停止した。

馬車内も衝撃はそこそこあり古い儀装馬車なのもあってか何箇所かからミシミシと悲鳴が聞こえてきた。



「…!?…!…!?」



ニコはノーブルに抱きつきながら、絶賛混乱中。



そんなニコを眺めた後、シベックの方を見やると



ノーブルが見た事の無いシベックがいた。



やる気無さそうな眼は眉間のシワと共に深みが増しており、ニヤけた口は下唇を噛む鬼の様な表情だった。



「…シベック?」



「!?」



ノーブルの声にハッとした表情を見せた後、気まずいそうに馬車の方を見る。



「…ノーブル様…僕どんな顔してました?」



「でっかい蛇ブッた斬った母上と同じくらい怖い顔してたかな?」



その返答にシベックは苦笑する。



「はは…はぁ、失敗したぁ…」



「ねぇ…それどうい…う」



明らさまに肩を落として落ち込むシベックにノーブルは怪訝な表情で問いただそうとすると邪魔が入る。



「やっと止まったなぁ!…ゼェ…ハァ…ハァ…ふふん!」



停止した馬車の進行方向に回り込んだ【赤髪】トサカ頭の少年は嬉しそうに鼻息を鳴らす。


そのまま馬を下りてこちらに寄ってくる。引っ張られ少年の隣を歩く馬はヨタヨタと地を蹴る足に力が無い。



「はははっ!やはりミスリルの欠片が欲しかったんだろう?ふふふふ…そうだろうそうだろう!って…ああ?あっ!?ない!何処やった!?」



何やらミスリルを入れてた袋を落としたらしい。シベックはその少年を冷めた目で見ていたが、溜息1つ吐くと御者に声をかける。



「はぁ…無視して馬車を進めて下さい。どうせ避けます…万が一怪我をしても【申告書】もありますし問題ありません。」



「わ…分かりました」



「ではノーブル様ニコ様…少々喧しいと…は…ん?」



シベックは御者から馬車にいるノーブルに振り返ろうとした途中で硬直した。



ノーブルはシベックの視線の先を追うと馬車の後ろ。




そこに【水溜り】が湧いていた。



ポコン、ポコン、水の固まりが地面を押し上げる様に湧き出ていた。



「「「「?」」」」



御者とシベック、そしてノーブルにニコも馬車の後ろに湧いて出た【水溜り】を見つめる。シベックは呆気にとられた表情からこの【異常】に対して警戒し、御者に声をかける。



「早く出発してくだ…!」



「おい!何やって…!?うわァぁアアアアアアアアアアアアアアアアアア…キっ…きやがったァアア!?」



「「「「!?」」」」



馬車の影から見えなかったのか、馬車に近付いてきた【赤髪】の少年はようやく【水溜り】に気付き、そして発狂した。



そんな少年をシベックはあえて無視した。「どういう事だ?」「知っているのか?」なんて聞いたところで無駄である。

他人から教えられる体験談で視野を広げたと錯覚し、実は狭くしていたなど馬鹿がやる事なのだから。



「早く馬車を出せ!」



「はっ…はい!!」



叫ぶシベックに慌てて御者が答え、馬を叩き走り出させる。



「なっ…おい!貴様!ふざけるなよ!?俺の馬はもうダメだ!?乗せろ!!」



シベックと御者のやり取りに慌てた【赤髪】の少年は自分の馬の手綱を放し、御者台にしがみ付いた。



「ちょっ…!?何してるんですか止めてください!」



「ふざけるなよ貴様!?」



「そっちがでしょう!?」



御者と少年の争いにシベックが顔を歪める。



「あー!もー!?何してるんですか!?」



混沌とし出す状況に追い打ちをかけるが如く、【水溜り】

は膨れ上がる。そして発生源は深みがあるのか【黒】が滲むように浮き出してる。



「……チィ…!おい!いい加減にしないと…」



そういって剣を抜こうとするシベックにノーブルが声をかける。



「シベック!…もういいから、その人乗せて出発して。」



ノーブルの提案に渋い顔をする。



「しかし…!1頭曳きの馬車では…ああ!もう…分かりました!とにかく安全を確認できる距離まで、さっさと離れましょう!」



シベックがノーブルに確認すると、聞いていない【赤髪】の少年が答える。



「…おおう!いいぞ!?オレもアレから早く離れたいしな!?オレの馬は…いない?!」



自分の馬の遠くの川に向かって走っているのを見つけて驚愕する。

そんな少年を御者が蔑む視線で答える。


「貴方が馬車にしがみ付いて騒いでる内に離れて行きましたよ…飲まず食わずでどんだけ走らせてたんですか…」



「ぐっ…きッ貴様っ…クソ!もういい!とにかく乗るからな急に走り出すなよ!」



そう言って少年は馬車の扉を開け、中に入る。



「ふん!邪魔するぞっ…うおッ!?」



ニコの顔の入れ墨を見て驚く【赤髪】の少年。



「「…」」



ノーブルとニコは無言。

そんな様子を見つつ、シベックは【赤髪】の少年が乗ったのを確認する。



「よし…馬車を……おい…おいおいおい…早く馬車を出せ!!」



「!?…はい!」



シベックは何かに気付いたのか声を荒げる。御者は答えると馬車を今度こそ走り出す。



「?…シベック!?」



馬車が走り出しても並走しないシベックに気付き、窓から身を乗り出し、今なお広がる【黒い水溜り】の前に剣を構えるシベックを見つける。




「あー!大丈夫ですよー!ノーブル様ー!このよく分かんないの調べるだけですからー!」



ノーブルを安心させるため、元気に明るい大声で答える。



馬車は小高い丘を下りるとすぐにシベックの視界から見えなくなった。



「さてと…」



そう言って広がり続ける【黒い水溜り】を見るとすでに人を5人くらい並べた大きさになっている。



日が傾き始めたとはいえ、まだまだ明るい高原には不釣り合いな光景である。



「揺れにて個と成せ【ボーングラス】」




シベックから大きな魔力の光が【黒い水溜り】に向かって放たれる。



結果【黒い水溜り】に変化はない。



しかし、かなり威力があったのか魔力の余波で周りの草木や岩肌に白い霜が降り、シベックと【黒い水溜り】を中心に白く染まる。



「うん…【火系の氷結魔法】で効果無し」




そう言ってシベックは精霊から魔力を集める。



「連れにて共と譲れ【ソルヴァイヒ】」



【黒い水溜り】を中心に地面がボボボっと言う音と共に揺れる。やがて石に岩、そして草の根が浮き出ては外へ外へと流される。



周囲が掘り起こされた赤い土色に染まるが【黒い水溜り】形をを変えない…



「【土系の耕作魔法】でも効果無し…まぁ…水ではないのは一目で知ってたけど…さてさて…」




シベックは左腕を手首から素早く振ると【籠手】から手の甲の上に刃が突き出した。右手には抜いた剣が構えられる。




「なんで放った【探知魔法】が遠く彼方まで【ズレて】反応するんだ?」




その質問に答える様に【黒い水溜り】から新たな【黒】が噴き出した。

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