第4話 カップル殺人《ゲーム》
天からの声。それはあまりに無情で生き残った19人の表情を絶望にへと変えた。
「ざけんなよッ!」
和泉は天井を仰ぐようにして、叫ぶ。
「フザケル? ソレハ君タチノ方ジャナイノカナ?」
機械越しのくせにやたらと怒りの感情を読み取ることが出来る。
「な、何のことだ」
斎藤は努めて普通を装い、天井の声に訊く。19人それぞれの思いが紡がれるであろう天井の声に向けられた。その刹那──
「1人ノ犠牲者デ終ワル。ナンテ言ッテナイヨネ?」
全員が息を飲んだ。
思い返しても天井の声は終わりとは告げてなかった。ただ、恐怖から逃れようと、集められた人々で勝手に終わりと解釈しただけなのだ。
「そ、そんなのっ!」
続きは言葉にならず、森下は弱々しく俯く。
「わしらの命は……」
「ヤツの手の中ってこと……?」
植村の言葉を下條が続ける。
「ソノ通リ。サァ、次ノ
天井の声曰く、それはカップル
内容はこうだ。いまの生き残り男12人に対して、女は7人。
その中でカップル──つまり男女のペア──を作れということらしい。
概要はこれだけだ。至ってシンプルな内容である。
ただ──ここに付随されたルール。これが19人の男女の行動を制限した。
──ルール──
①男女1人ずつのペア。これは何があっても死なない組み合わせ。
②1組でもペアがある場合、1人の者には死を与える。
③男女1人ずつのペアと男複数に対し、女1人のペアが存在した場合。複数男のペアのうち、一番最後にそのペアに加わった男に死を贈呈する。
④全員がペアを作らなかった場合。全員をクリアとする。
⑤ペア成立は握手を以てとする。
⑥制限時間は3時間とする。
「ソレジャア、頑張ッテネ」
天井の声はそれきり聞こえなくなった。
「もうッ!! 何なのよ!!」
腰に巻いたをエプロンはためかせながら、主婦の相川ミクは憤怒を露わにした。
怒りは伝染する。抗体が無いわけではない。ただ、こんな狂気な状態でそれを拒むことをできるものは、いないに等しかった。
言うならば、インフルエンザの流行る季節に風邪をひいた状態で満員電車にマスクなしで乗るようなものだ。
かなりの高確率でインフルエンザにかかるであろう。それと一緒なのだ。
「ざっけんなよ!」
声を荒らげる自称作家の桜田雫。着込む青と白のギンガムチェックのシャツを破るのでは、と思うほどの強さで掴む。
あちらこちらから飛ぶ罵詈雑言。それが15分ほど続いただろう後に、今までのまとめ役と言っても過言ではない女子高生の下條さと美が口を開いた。
「そんなこと……言ってる暇ないよ? 今回のゲームどうするのよ……」
「どうするもこうするもないだろ! みんな1人でグループを作らない! これが最適解だろ」
薄茶色のスーツに身を包むひょろ高い
「信用できんのか?」
口を開いたのは和泉だ。
「さっきの投票思い出してみろよ。オレ達は無効投票をすることで全員生きる道を選ぶ。そう言ったはずだ。なのに──」
和泉はここで大きく息を吸い、全体に目をやる。
「なのに、一ノ瀬に一票入ってた。これは誰かが裏切ったってことだよな?」
ざわつきが生まれる。つい先ほど、裏切られ死を与えられた一ノ瀬の映像を見たばかりだ。裏切りが無ければ、そんなことは無かった。誰かが──いまここでのうのうと生き残ってるこの19人の中に裏切り者がいるのだ。
「オレは信用できねぇ。だから悪いがその案には乗れねぇ」
「な、何でッ!? それでもみんなが生き残るためにはみんながペアを組まなければならないのですよ?」
冷めた口調の和泉に
「なんでみんなが生き残らなければならない?」
放送ディレクターの井森が死んだ魚ような目で川崎に訊く。
「そ、それは……」
「若いからじゃろ」
植村は嘆息気味にそう告げた。
これは決められた勝利があるゲームだ。そして、先ほどと同じく全員で勝利することができる抜け道もある。
だが、もうそれを使おうとするものはいなかった。
1度の裏切り。それが皆を疑心暗鬼にさせ、ある種の信頼を植え付けたのだ。
──誰も信じるな
いつ終わるかのすら分からない。このクソみたいな状況。
だが、動かなければ待つものは死だけである。
故に──動くのだ。襲い来る死の恐怖。だが、確実に回避をする方法はあるのだ。
それを手に入れるために──動く。
***
──敬愛なる父へ。
わたしはこの言葉が嫌いだ。わたしの全てを奪おうとしたんだもの。好き……なんて死んでも言えない。
でも……。あの夜のことは、一生わすれられない。怖かった、本当に……。
「あの……」
な……に……?
虚ろな目をそっとあげて、声をかけてきたその人物に視線をくれた。
優しそうな笑顔を浮かべて、わたしを見てる。
「俺とペアになってくれない?」
ぶしつけなお願い。あなたのこと何も知らないのに……。
心の中ではずっとおしゃべりなの。でも、それを言葉にすることは出来ない。うんん、出来なくされちゃった。
「……、ど、どうして……」
分かりきってるのに。だって。みんな死にたくないから……。
「えっと、君なら信用できると思ったからなんだけど……」
どこか照れくさそうに頭を掻きながら、わたしに言う。何だか年上だけど……可愛いかも。
「わたし……信用できる?」
みっともない掠れた声。嫌だなぁ、わたしだって一応年頃の女の子なのに。掠れた声なんて出しちゃって……。
「おう。だって、君は絶対無効投票したって思ってるもん。それに今はどうか分かんないけど、あの時、一番疑われてたの多分君だったし。その状況で一ノ瀬に投票するのは無理だろう」
屈託のない笑みだ。
うれしい。心底そう思った。でも、わたしが一番疑われてたんだ……。そうだよね……。やっぱり、そうだよね。
何となく実感はしてたけど、改めて第三者に言われるとショックだな……。
弱々しい、けどわたしにとっては全力の笑みで返した。
すると、そっと手を差し伸べられた。
えっ、嘘っ!? ほんと?
嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてきたように感じ、それから同時に本当にこの手を取っていいのかという不安が過ぎった。
この手、取っちゃったら……みんなのこと裏切ることに……。
「大丈夫。みんなだって同じことやるさ」
わたしの不安を読み取ったかのように、周りをチラチラと見ながら言ってくる。
見るべきかすごく悩んだ。でも。対峙するその目があまりに真剣だったから──
わたしは辺りに目をやった。そこには、男が女に詰め寄る。そんな光景が広がっていた。
そっか。もう裏切りとかないんだね。
小さく吐息を洩らし、わたしはその手を取った。
「俺と君は──二人で絶対に生き残ろう」
わたしは小さく、でも確かな力を込めて首肯した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます