deathゲーム

リョウ

第1話 死ヌモノ

「こ、ここは……」

 短く切りそろえた髪がふわっと持ち上がる。しょぼしょぼとなる目を擦りながら少年は、目を開ける。何者も吸い込んでしまいそうな漆黒な瞳が特徴的である。

 ブルーグリーンのカッターシャツを着たその少年は、真っ白な床があまりに近すぎることに今更ながら気づく。

「俺……転んでるのか?」

 個性のない声が無音の部屋に轟いた。瞬間──

「誰ッ!?」

 少年の見知らぬ声が響いた。間違いなく女性の声だ。

 少年はびくつきながらも、体を起こし、床に座り込む。

「お、俺です」

 恐る恐るといった風に少年は、右手を弱々しく上げ告げる。

 その女性も寝転がっていたのだろう。両手を床につけ、ゆっくりと体を持ち上げる。

「……あなた誰?」

 女性は、女性にすれば低い声で警戒心むき出しで訊く。

「俺は──」

 答えようとした瞬間。不意に視界の端に、人の手と思しきモノが入った。

 少年は話すことをやめ、そちらへと向く。

「──ッ!」

 少年は思わず息を呑んだ。その様子を見た女性も、少年の向いた方を向く。

「う……、うそ……」

 赤色のウェーブのかかった髪を抑えつけ、その女性は狼狽を見せた。

 だが、狼狽するのも仕方ないだろう。

 少年と女性の先にあったのは、18もの寝転がった人だったのだ。

 血──はない。故に死んではいないと判断できる。しかし、その光景を実際に見たものなら、冷静な判断ができるだろうか。答えは恐らく否だ。

「な、何で……。お、俺は何もしてないぞッ!」

 少年は夕焼け空のような茜色の瞳をもち、水商売をしていそうな服装の女性に疑いの目を向ける。

「わ、私だって! 何もしてないわよ!」

 女性は自分が疑われていることに気づいたのだろう。目を見開き、手を振り自分は潔白だと言う。

 そして咄嗟にこう紡ぐ。

「嘘ついてないでしょうね!?」

「それを言うならアンタだろッ!」

 少年と女性は、段々とヒートアップしていき声が大きくなっていく。

「ぅっ……。うるさいわね」

 その時だ。掠れ気味の声が倒れた人の中から飛んできた。

 少年と女性は、言い争いをやめ、声のした方を向く。

「って、あなた達……だれ?」

 栗色の髪の毛を三つ編みしており、メガネを掛けているマジメというのが、いやでも伝わってくる少女が告げる。

「あなたこそ誰よ?」

 女性が少女に訊く。少女は怪訝そうな表情を浮かべるも、そっと口を開く。

「わたしは下條しもじょうさと美よ。次はあなたが名乗る番よ」

 少女あらため下條は、ツンケンな態度で女性に向く。

「私は森下茅依もりした-ちいよ」

 女性あらため森下は警戒を弱めようともせずに早口で言った。

「さぁ、最後はあなたよ」

 下條は少年を指さし言う。少年はハッとした様子を見せてから、咳払いをすると口を開く。

「俺は斉藤海仁さいとう-かいとだ」

 手など差し伸べる奴はいない。互いが互いを知らない。斉藤は頭を掻きながら、未だに寝転がったままの人に視線を向けた。

 と、ほぼ同時に全員がムクっと動き始めた。

「うわっ!?」

 少年は甲高く、女性のような高さの悲鳴をあげた。

「なに?」

 下條は怪しむような目で斉藤を見る。それは森下も同じであるようだ。斉藤は、そんなことを気にした様子もなく、小刻みに震える右手を持ち上げ、17人ものが寝転がっている方へに向ける。

「う、うそ……」

「ぞ、ゾンビとか言わないよね?」

 怯える森下に対し、下條は引き攣った笑顔で実現すると対処の仕様がないことを言う。

 斉藤は高鳴る鼓動で、今にもどうにかなってしまいそうであった。


 バチンっ。

 瞬間。部屋の電気が落ちる。辺りは一瞬で暗闇になり、一寸先ですら見えなくなる。先ほどまで明かりの中にいたのも、原因の一つであろう。

「み、みえないよっ!」

 今にも泣き出しそうな悲鳴こえをあげるのは、下條だ。いやぁー、だのキャー、だの先程までの態度とは大違いである。

 斉藤と森下はただ黙っていた。いや、喋ることが出来ないだけなのかもしれない。

 一方で、先ほどまで床に平伏していた17人もの人間はざわつきを見せていた。

「アー。聞コエテイルカナ?」

 突然として、機械的……というより機械で加工した声が部屋中に響いた。

 そして直後。

 暗闇に堕ちた部屋の壁全面にある映像が投影された。

 それは暗闇になれ始めた人の目にはあまりに刺激的だった。その場にいた者は全員が、目を細め、光の吸収を最低限にした。

「キミタチハ選バレシ20名ダ」

 映像の中にいるのは、ひょっとこのお面を被り、真っ黒のスーツに身を包む謎の怪しい人物だ。

 体躯も男性とも女性とも取れる微妙なもの。

「サァ、死ヌカ生キルカ。選ビナサイ」

「生きたいに決まってんだろ!」

 斉藤の丁度真後ろから、若い男性の声が飛んだ。

 映像によるフラッシュで顔はよく見えないも、背は高くスタイリッシュな印象を持つ。

「オレはもうすぐ子どもが産まれんだよ! だからこんな場所でじっとしてる暇なんてねぇんだ!」

「ソウカ。ナラバ生キ残ルコトダ」

 ──どういう意味だ?

 斉藤がそう思った時、投影される映像が変わった。ひょっとこのお面を被った奇妙な人が映る映像から、パワーポイントを使って作られたように思われるプレゼン的なものに。

 そこには明るく元気な印象を与える文字でこう書いてあった。

『生死を選べ。犠牲は1人!』

「何なの!?」

 また新たなる声だ。今まで聞いた中では1番甲高いキーキー声だ。

「簡単ダヨ。今カラ20時間後、キミタチノウチ誰カガ死ヌ」

「何言ってんだ……」

 斉藤が口を挟んだ瞬間、ひょっとこお面は左手を持ち上げ、ひょっとこの出っ張った口の前に持っていき人差し指を立てる。

 静かに。という合図なのだろう。

「ルール説明中ニ口ヲハサムノハダメダ」

 ひょっとこお面は、機械の咳払いを聞かせてから続きを紡ぐ。

「20時間後、投票ヲオコナウ。ダレガ死ネバイイカ、トイウモノノ」

 誰もが音を発せずにいた。絶句していたのだ。

「互イヲヨクシリ、コイツナラ殺シテイイトイウ相手ヲ選ブンダナ」

 ハッハッハ、と機械的な笑みと同時に映像は途切れた。そして同時に部屋の明かりが戻る。

「な、何だったの……」

 森下が最初に口を開く。顔は真っ青になっていて、普通とはかけ離れたものであるのは一目瞭然であった。

「な、何でこんなものがここにあるのよッ!!」

 叫んだのはひょっとこお面の説明中に叫んだキーキー声の女だった。

 紺色ベースのセーラー服に身を包む所から見て、中学生だろう。

 あどけなさの残る顔に恐怖が滲んでいる。

 下條は何なんの、と言いたそうな顔でその女子中学生の見つめる先を見る。

 そこにあったのは、白紙とペン。それから、《瀬戸野崎せとのざき中学投票箱》と書かれた大きな木箱だった。

「あなた……瀬戸野崎の生徒なの?」

 セーラー服を纏う、ツインテールに下條は訊く。その女子中学生は無言でこくんと頷く。

 今にも泣き出してしまいそうな様子の彼女に、その背後から現れたナース服姿の女性がゆっくりと歩み寄る。

「大丈夫?」

 少しの間を開けてから無言で首肯する。

「なんでボクなんだ? ボクじゃなくてもいいじゃないかッ!」

 中年太りなのだろうか。お腹周りがポコんと出た脂ギッシュの男性が叫ぶ。スーツ姿の所を見るとサラリーマンをしているのだろう。

「やめてよッ! みんな自分じゃきゃって思ってるッ!」

 瞳の端に真珠のごとく涙を浮かべる薄い黄色のワンピースの上にベージュのカーディガンを羽織り、お洒落をしているのが分かる若い女性が告げる。

「ご、ごめん……」

 中年太りの男性は、俯き加減でポツリと謝る。

「アト19時間30分ダヨ」

 天井より聞きたくもない機械の声がアナウンスされる。

 そしてこれは、ただ現状を嘆くだけで30分も過ぎたという事実でもある。

「こうしてても時間の無駄だよ。とりあえずみんな知らない人のわけだから、自己紹介しよ?」

 掛けたメガネをクイッとあげ、いかにもマジメ委員長という雰囲気を醸し出す下條がそう提案した。

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