閑話 宿命の終わり運命の始まり

第0話 彼女が探し求めるのは


『恋って何だと思う?』


 それは、とても昔のこと。

 私はいつも誰かに、出会った人々に、こう問いかけていた。


 私が未だ認識できないその正体を――きっと誰かが知っていると思ったから。



 かつての知己、いつも腹ペコの彼女はなんと言っていただろう。


『私にとっては、恋は味わうものだ』


 丹念に調理され、丁寧に盛り付られたそれを――

 たっぷりと咀嚼して、飲み込み、血肉へと変える。


 彼女らしいその答えは、今でもはっきりと憶えている。


 

 遠い風の噂で聞いた、今は空も飛べぬあの子ならなんと言うだろう。


『そんなものは興味がないよ』と鼻を鳴らすのだろうか。


『僕にとっては、恋なんて手の届かないものだから』と呟くのだろうか。


 見上げて、その眩しさに目を細めて。

 それでも、心のどこかではそれを望んでいて。


 口ではああ言いながらも、手を伸ばし続けるに違いない。



 きっと、彼女たちならそう言うのだろう。

 きっと、それが彼女たちの正解なのだろう。


 それこそが、“彼女たちだけの”恋なのだろう。



『それじゃあ――』


 “私だけの”、恋は?






『――恋が、落ちてきたの』


 私が、“私”だけの恋を見つけてから。

 そんなことを言うと、大半の者には笑われてしまう。


『恋とは、落ちるものだ』と。



 しかし、確かに落ちてきたのだ。


 恋も知らぬままに愛に飢えて。

 数百年の間、ただ生きてきただけの私の前に。



 彼は私の目の前で、頭から落ちて行く。

 深い、深い谷の底へと。真っ逆さまに。


 何もせずにいたら、間違いなく死に至るだろう。

 何をしたところで、間違いなく死に至るだろう。


 それなのに彼は、満足そうに笑っていたのだ。


 傷だらけの。ボロボロの。


 ――身体で。

 ――心で。


 このままではいけないと思った。

 


 普段の私は、人の姿で醜い正体を隠している。


 美麗な、端麗な。生き物全てに愛されるような、そんな人の姿で。

 自分でも吐き気がするような、そんな悍ましい竜の姿を。


 一秒たりとも晒したくない竜の躯――

 しかし、そんなことを気にする暇もなく飛び出していた。


 地を蹴り、翼をはためかせて。



 このままだと彼は死んでしまうから?


 ――違う。


 私の中の全細胞が叫んでいたのだ。

 求め続けていた問の答えが、聞こえたような気がしたのだ。


『恋は――』


 ――受け止めるものなのだから、と。

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