第三十二話「初めてのボス戦」

 “森林の大狼リェース・ヴォールク”のいるボス部屋。そこは、木々が鬱蒼と生い茂った森の中に、ポッカリと空いた円形のフィールドだった。

 半径三十メートルはあるか。まあ、ボスは普通パーティを組んで倒すものだ。近、中、長距離と役割を分担するためには、フィールドが広い方がやりやすいしな。そして、中心には高さ三メートル程の狼が一匹。あのギルド前広場で見たやつと同じだ。


 体は、よし、動く。

 ボス登場シーン中に動けないのは様式美。そういうもんだと捉えるしかない。


「お、お兄ちゃん! さっき、わたし体が動かなくなって」

「問題ない。これからもあるだろうな。慣れろ」

「うえぇ、気持ち悪いです」


 ラピスとトパーズは、今、アウィンの上にいたり、抱かれたりしている。

 二人とも、敵に近付かないとダメージを与えることができない。ならば、機動力のあるアウィンに二人を託し、それなりに接近したところで攻撃を仕掛けて貰うのがベターだ。

 俺は後ろで、司令塔兼魔法砲台だな。


「ん? 狼が息を吸った。ってことはハウリングの予備動作か!?」

「お兄ちゃん、わたし、もう攻撃しに行っていいんですか?」

「ダメだ! 左へ走れ! 全力で!」


 俺は、右側へはし


 瞬間、衝撃。

 壁が物凄い速度でぶつかって来たかのような、錯覚。

 息が詰まる。何も聞こえない。思考が白になる。

 だが、吹き飛ばされることはなかった。代わりに膝が折れ、前のめりに倒れそうになる。

 何も考えず、勝手に手が前に出て、体を受け止めたところで、思考が戻ってくる。

 痛みも引いた。音も聞こえる。


「くそ、ハウリング、食らったか」


 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 プレイヤー名:テイク

 種族:ヒューマン

 ジョブ:テイマー(Lv.18)

 HP  540/1000

 MP  3170/3170

 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 広範囲攻撃で五割近く持ってかれたのか。何度もされたら厄介だな。

 俺のVIT生命力とHPは、装備で少し底上げされてはいるがLv.1のやつとほぼ変わらない。新規プレイヤーがここに来ても死ぬ事は無い、って考えれば優しい方なのかね?


「アウィン、無事か? 俺はちょっとマズい。出来るだけ時間を……アウィン?」


 狼から視線を逸らし、左へと走って行ったはずのアウィンを探す。

 探すが、見えたのはラピスがこちらへピョンピョンと跳ねてくる光景だけ。

 トパーズとアウィンはいなかった。


 慌てて、テイムモンスのステータスを確認する。そこには、黒く選択出来なくなったトパーズとアウィンの欄が表示されていて。

 ――二人は死ん


 俺の足下に三メートル程の影がさし、目の前が真っ暗になった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~

 ~~~~~~~~~~~~~~~


 浮遊感。

 その後に感じる、柔らかなベッドの感触。


「死に戻りしたか」

「お、お兄ちゃん! 大丈夫ですか!? っていうかここどこですか! 怪我はありませんか!? わたし、気付いたらここにいて!」

「落ち着け。ラピスはいるか?」


 初の死に戻りを経験し、体を起こすとアウィンの質問攻めが待っていた。

 死に戻りは存外悪くないな。気持ち悪くなることもないし、クラクラすることもない。VRではたまに、死に戻りの度に吐きそうになる程のダメージを三半規管へ強要してくるものがあるからな。

 それで、気になったのがラピスだ。恐らく、“森林の大狼リェース・ヴォールク”との戦いで死亡判定となったのはラピス以外の三人。ラピスは俺が死に戻ることで帰って来れるのか?


「え? ラピスさんならずっと、お兄ちゃんの頭に乗ってますけど」

「マジか。おお、ほんとだ、いた。いつの間に」

「ここに転移? みたいなことをした時には皆さんいましたよ? ラピスさんはすぐにお兄ちゃんに飛びついてました。お兄ちゃんだけ、お布団に寝てましたけど。ズルいです!」

「そう言われても、それはどうしようもねえよ」


 頭上に手を当ててから、ラピスは俺の手をギュッと離さない。

 まあ、ラピスの目の前で殺されたんだろうしな、俺。死んだら終わりだと思ってたんだろうか。普通はそうだよな。


「でも、どうしてわたしはお部屋の中にいるんでしょうか? さっき、大きな狼と戦おうとしてたはずです」

「あー、俺達の命は軽いって言ってたの覚えてるか」

「覚えてます。覚えてますけど、そんなことはありません」

「お、おう。でもな、さっき俺達死んだんだよ。で、今生き返った訳だ」

「えっと、ごめんなさい。意味が分かりません」


 アウィンだけじゃない。ラピスやトパーズも、よく分かってなさそうだな。

 どう、説明したもんかな。見てもらった方が早いか?


「よし、それじゃ、部屋から出るぞ」

「あ、はい」


 部屋のドアを開けると、そこには見覚えのある談話室。

 さっきまでいたのは、オッドボールの一室である。


「え? ええ?」

「一階、降りるぞー」

「あの、お兄ちゃん! いつ、わたし達帰って」

「……ん。テイク、おかえり。二階から? ああ、死んだんだ」

「繭ちゃん!?」

「おー、死んだ死んだ。一瞬で殺されたぜ」

「あれ? どういうこと、わたしも死んじゃったの!? ということはここは、輪廻? でも、わたし自我があります。繭ちゃんもいますし。あれ? あれれ?」

「分かるか? 俺達は死んでもすぐに生き返る。どうやら、お前達もそうみたいだな。だから、俺達の命は軽いんだよ」

「そんな……。なんで、だって……!」


 俺の言葉を聞いたアウィンはかぶりを振って、理解しようとしてくれない。

 ゲーム世界の住人だと、ゲームシステムは理解し難いものなんだろうな。俺だって、現実世界で「あなたは死んでも生き返ります」なんて言われたら理解できそうもない。

 死ねないって、それは、生きてるんだろうか。


「だって、それじゃ……。あ、ラピスさん、トパーズさん。……はい。そう、ですね」

「アウィン?」

「お兄ちゃん、わたし、あんまり分かってないですが、お兄ちゃんが言うなら、きっとほんとのことなんだと思います」

「おう」

「わたしはもう、死ねない。輪廻へ、行けない」


 輪廻ってのは、死後の世界みたいなものだろうな。

 ESOではきっと、天国と地獄のポジションに輪廻があるって設定なんだろう。


「でも、お兄ちゃんと一緒にいます」

「そうか」

「はい」


 ラピスとトパーズも俺へと近付いてくれる。二人も、アウィンと同じで一大決心をしてくれたんだろう。

 つくづく思う。こいつらは本当にデータなんだろうか。人間の作った、プログラムなんだろうか。


「……話は、終わった?」

「ん、ああ。これから、あの狼をどう攻略するか考えねえとな」

「そう。ユズや、ケンと、行けばいいのに」

「あの狼は俺達だけで倒す」

「二人とも、北のボスに、苦戦してる。後衛が、欲しい。って」

「……それは申し訳ない」


 エリーに勝つため、“森林の大狼リェース・ヴォールク”は俺達だけで仕留めると決めたのだ。結果、すごい苦戦しそうだけど。

 二人は東と西のボスを倒しているので、北のボスへ挑めるようになっている。

 苦戦してるようだし、早く助太刀に行かねえとな。てか、二人こそ、他の誰かをパーティーに誘えばいいのに。


「とりあえず、俺達はあの狼を何とかするのが先だ。まずはあのハウリングだが……」


 待ってろ。必ず仕留めてやる!

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