059 秘密保持契約
僕が数瞬遅れて泡倉に入ると、目の前に三人が呆然としてるのが見えた。
「ここはどこ?」
ロージーさんが僕に気づいたのか聞いてくる。
「信じがたいかも知れませんが、ここは僕の泡倉の中です」
「泡倉? あれは精々変わった財布代わりにしか使えないものでしょ? ここは空まで高さがあるし、目の前にあるお屋敷にキャンプに……、広すぎるでしょ!」
「そうですね。確かに僕もそう思います。この泡倉は縦横が500kmあります。上下にも500km。全体は海で覆われていて、中央部には直径200km程の円形の島が有ります。僕たちがいるのはその島ですね」
「なんだか、昔の神話のような話ね……。聞いたことがあるわ。神様は自分の領域(ドメイン)を持っていて、そこには神様を表すような世界が広がってる、って。ここはまるでその領域みたい……」
「たしかにそうですね。僕もそう思います」
「じゃぁ、サウルは身分を隠した神様なの?」
「いえ、そんな事は無いです。僕は前世に恵まれただけのただの人間ですよ」
こないだフラム様に神様にならないかって言われたけど。
「じゃぁ、ここの支配者は誰なの?」
「一応僕なんです。前世でここを持っていた人が僕に譲ったそうで」
そこにセニオがやってきて
「ご主人様、秘密保持契約の準備ができました」
と告げてきた。
セニオの容姿にロージーさんがぽーっとした顔をしてるよ。確かにセニオはナイスミドルという感じの顔をしてるけど……。
さて、なし崩し的に三人を契約で縛る形になってしまったけど、大丈夫だろうか。でも、補給をするのに僕が町中を走り回って買いあさるのは無理だ。ハイエルフ達からも助けて貰うとは言え、十数名の人間の食料を毎度買いあさっていれば足が付く可能性は高い。
それならバスカヴィル商会を巻き込むのは正解なんだけど……。
そこで僕はちょっとセニオに待って貰い、泡倉の中を(と言っても僕が行ったことのある一部だけだけどね)案内したんだ。そうした方が納得して貰えると思ってね。
三人は泡倉の大きさに驚き、キャンプとテントの豪華さに驚き、ハイエルフに驚き、アラン様の片手がなくなってることに驚き怒り。キャンプで出された料理の美味しさに驚き、ついでに海を見せるとそれにも大変驚いていた。泡倉の中に海が! って。以前神官様が持ち込んだ珊瑚の出所はここだったのか! ってね。
そうして、しばらく相談する様子を見せた後は、疲れたように黙ってしまった。
一通り中を見せると三人とも僕の泡倉が一つの世界で有る事に納得してもらった様子。
そうしてから屋敷に入る。ここまで三人とも特に不満を口にすることなく付いてきてくれた。途中から一緒になったアラン様が片手はなくなってるけど元気そうなのも大きいと思う。
僕だけならともかく、長く付き合いのあるアラン様も一緒なら、と言うことなんだろうね。
屋敷に入るときにはハイエルフ達が畏まった様子で僕たちを迎えてくれた。お仕着せの服が非常に似合っている。メイド服、とか言うらしい。
鑑定機があるのは、この屋敷の二階。鑑定機用の部屋が一つ用意されている。プライベートを守ったりするための用心だという。
この鑑定機用の部屋にしてもここに来るまでの廊下も落ち着いた色合いながら非常に高そうな絨毯が敷かれていて三人は落ち着かない様子だった。
「まるで貴族様のお屋敷みたい」
「騎士伯や準男爵どころではない、高位の貴族のお屋敷みたいだよ。ロージー、見てご覧、窓を。とてもまっすぐな板を綺麗に嵌めている。ひょっとすると本物のガラスかもしれない」
「そんな、ガラスをあんな大きさにするのは無理よ、お母さん」
「何言ってるんだい、こんな常識外れな場所なんだ。何があってもおかしくないよ」
『セニオ、窓にはまってるのはガラス?』
『はいこれはコウタロウ様手ずから作られたガラスにございます』
『へー! コウタロウさんはこんなことまでしてたんだね』
「皆さん、この窓にはまってるのは魔獣ではなくてガラスだそうですよ。僕もびっくりしました。あ、ここが鑑定室になります」
中に入ると、既にセニオが鑑定機を操作する用意をしていた。シンプルな白で統一された綺麗な部屋。応接間のようにローテーブルとソファが準備され、ちょっと離れた所に鑑定機を載せた机があった。
アラン様はここで別れた。キャンプの方でやらないと行けない事があるらしい。
そこでセニオに促され、秘密保持契約を結ぶ。一応、三人にはもう一度同意を取ってから。
セニオが鑑定機を操作し、契約を発動させる。
「これで秘密保持契約は結ばれました。この泡倉にきてからのことと、ここで話した内容も全てが隊商になります。もし双方の合意無く契約違反すると最悪は死を招きます。お気を付けて」
セニオがそう言って鑑定機のある部屋から出て行った。
「秘密保持契約、結んでくれてありがとうございます。それでですね」
僕が口火を切った。
「僕たちは物資の調達をしたいんです。ここの海や山から取れるものやこれから作る村で出来るものを対価として。物を運ぶときにはこの泡倉を使います」
「ちょっと待っておくれよ」
とコーデリアさん。
「結局サウルは何者なんだい? 本当に神殿の養い子なのかい? 何か神(み)子(こ)様だったりするのかい?」
「僕はコミエ村で生まれました。両親も健在です。ただちょっと色々と有りまして両親は僕を手放しました。なので僕はコミエ村のサウルで神殿の養い子です。
ただ、僕の前世のコータローさんはかなりの功績を挙げた人のようです。神様だったのかは分かりませんが、この馬鹿げた大きさの泡倉を持ち、ハイエルフとその管理者-さっき鑑定機を操った彼がそうです-を僕に残し、沢山の不思議な知識を僕に残してくれました。意図は分かりませんけどね」
「前世からの贈り物の話は時々聞くけど、こんだけ大きな贈り物の話は聞いたことが無いね。術理具を貰った話や、隠し金庫を貰った話、あぁ、生まれ変わりとして貴族の養子になった話も有った。あれは最期どうなったのかねぇ。おとぎ話とばかり思ってたけど、こんなことがあったんじゃ信じてしまいそうだよ」
「確かに、僕の話に比べると小粒に思えますね。しかし皆さん案外冷静に受け止めて下さいましたね。助かります」
「冷静ってほどじゃないけどね。ここまで見せられちゃ信じないわけには行かないだろうさ。ガチョウに見えてガチョウと同じように振る舞うならそれはガチョウでいいじゃないかね」
「?」
「つまりサウルが何者であろうと、それを見破ることが出来ないのならついて行くってことさ。それはともかく、この屋敷持ちってことは、これからサウル様って呼んだ方が良いんですかね?」
「とんでもないですよ。沢山の贈り物(ギフト)を持ってますけど、僕自身はただのサウルに過ぎません。これまで通りで接してください」
「分かった助かるよ」
「こちらこそ助かります」
一段落付いたところで、ハイエルフメイドがお茶を持ってきてくれた。
「ではサウル君」
ここまでほとんど黙っていたシルビオさんが口を開く。
「この泡倉に物資を入れて、その新しい村に運び込む、そういうわけですね」
「はい。広場はまだまだ広げられますし」
「しかし最初はつけになるのでは無いですか? 回収の見込みはありますか?」
「現物になりますが、術理具が生産を開始するまではこの泡倉の物品を売ろうと思ってます」
「具体的には?」
「木材と海辺の珊瑚、後は水晶などの鉱物を考えてます」
「木材と言いますと、コミエ村でもちょっとお見かけした、あのやたらエーテルの溢れる木ですかな?」
「あれです」
「珊瑚と水晶は先日セリオ司祭が持ち込んだあれですか。まさかその出所がここだったとは……。珊瑚も水晶も大きなものであれば値は跳ね上がります。適当な大きさであれば程良く売れるでしょうね」
「良かった」
「ただあれらを売るのは慎重にしなければ出所を探られてしまうでしょう。現金化は時間が掛かるですから、ちょっと買値は下げる形になるかも知れません。よろしいですかな?」
「はい構いません」
「後は、サウル君が作る術理具を幾つか欲しい所です。今、非常に品薄でしてな。うちのブレンダン達も頑張ってるんですが、中々歩留まりが悪くて……」
「わかりました。急いで幾つか納品出来るようにしましょう。それでどれがご入り用です?」
「どれも、と言いたいところですが、草刈りの術理具と換えの部品ですな。あれがどこの村からも要求されてまして」
「分かりました」
「ちょっと待って! 商売の話はこの部屋を出てからも出来るでしょ?」
ロージーさんが眼鏡をきらんとさせながら口を挟んだ。この世界で眼鏡は何かしらの術が掛かった術理具で、扱うにも多少の四大術の素養が必要なもの。つまりロージーさんは商売人であると同時に四大術師でもあるんだよね。
「確かにそうですね」
と首をすくめてシルビオさんが引いた。
「結局その前世の人って誰なの? 有名な人?」
確かに。コウタロウさんについては僕は積極的に調べた事は無かった。聞いてみても良いだろう秘密保持契約があるんだし。
「コウタロウ、といいます。ご存じです? 僕もちょっとだけ調べましたけど見つかりませんでした」
「そうね、私も知らないわ」
ロージーさんはくりっとした目を更に丸くしてる。
「でも、王都の先生に聞けば何か分かるかも。ねぇ、ちょっと契約内容を変更してもらえない?」
『セニオ、どう思う?』
『失礼ながら、変えない方が良いかと。ご本人様以外にコウタロウ様の情報が漏れるのは……』
『しかし、コウタロウさんの情報が得られるとしたら大学か神殿でしょう? 場合によっては何を調べているのか聞かれるかも知れない』
『だからこその契約です。契約に縛られていると知ったならそれ以上の追求はしないでしょうから。契約が彼女の身を守ると言うことになります』
『分かった』
多分、時間にして1秒も経ってないと思う。みんなには僕がちょっとだけ考えたように見えたと思う。
「すいませんが、契約の内容はそのままで」
「そっか、残念。じゃぁいつか王都に行かないといけないね。どこかのサーガに歌われてるのかも知れないし、古代帝国の時代の貴族だったのかもしれないし」
一通り質問に答えた後、鑑定機の部屋から直接元の場所に戻ったよ。
その時コーデリアさんが
「これ、兵士を中に乗せて移動したらえらい事になるねぇ。いいかい、決してえらい人にバレないようにするんだよ?」
と忠告してくれたよ。ほんとだよね。そうなったら貴族達に良いように使われるのだろうね。こわいなぁ。
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