第10話偽りの魔王が生まれた日

「あの人、まだかしら」


森の中にある小さな村の家で、女性は夫の帰りを待っていた。もうすぐ、日が暮れてしまう。


 日が暮れると夜行性も魔物が活発になってしまう。夜はただでさえ、暗く視界が悪いのに、夜行性の魔物の土俵だ。腕のいい冒険者でも、夜は見張りをたてて、野営に徹する。うかつに動くと魔物に殺されてしまうから。


――何かあったのかしら?


 と、悪い想像が頭を過ぎる。


「あの人も私も冒険者だったし、ジェフさん達のいるから、大丈夫だとは思うけど……」


 そう言いながら、温かい飲み物とスープを準備している。


「ただいま、サラ」

 

 ガチャっとドアが開いき、アニスが帰ってきた。サラは台所から玄関に迎えに行く。


「お帰りなさ……。どうしたの?その子?」


 笑顔で出迎えたが、アニスの抱えた赤ん坊に目が行く。だいぶ弱っているようだ。顔色が悪い。


「ああ、帰りに狩場に向かう途中にある高原で拾った。詳しくは、あとで話すから、今はこの子を暖めてくれ」

「わかったわ。台所の鍋に温かいスープと飲み物があるから、あなたも冷えたでしょ、私がその子を暖めておくから」

「ああ、何から何まで悪いな……」

「いいのよ」


 サラは赤ん坊を抱き、自分の体温で温めながら、お湯を沸かし革水筒に入れ脇などから少しずつ暖めていく。


◆◇◆◇◆


 顔色が戻ってきたので毛布に包み、暖炉のそばのベッドに寝かせた。ベッドの上には女の子がすやすやと寝息をたてている。暖炉のそばなので暖かくぬくぬくと寝ていた。


「エレノア、新し家族よ、……多分、あなたがお姉ちゃんね」 


 すやすやと眠る子供達を見て、サラはやっと一息つけた。赤ん坊の頭を一撫でして、


「強い子ね」


 だいぶ弱ていたのに、もう持ち直していた。サラの処置がよかたのか、それとも、赤ん坊が丈夫だったのか?落ち着いたところで、気になる事があった。


「あの子をつつんでいた毛布、とてもいい品だったわね」


 捨て子には不釣合いな高級品、不思議に思い、確認する。


「――フロリアル教……?裏にも何かあるわね。……クレア…シオン?ああ、この子の名前ね」

「どうだ?」


 そこに、アニスが入ってきた。心配そうにしている。


「だいぶおちついたわよ」

「そうか、……よかった」


 アニスは、ほっとしたような顔をしている。サラがクレアシオンを暖めている間、彼は何もできないでいた。何を手伝えばいいのかわからず、スープを飲むにも落ち着いて飲めずに、彼は狩りでとた獲物の解体や武器の手入れなどをして気を紛らわしていた。


「それで、どうしたの?」

「ああ、森からでたところであの子を見つけた。近づいたら、スライムがあの子の影から現れた」

「スライム?」

「ああ、スライムだ。そいつがドラゴンの姿になって、あの子を守っていた」

「どういうこと?」


 サラは、怪訝そうに聞く。話を聞けば聞くほど訳がわからなくなっていく。実際、アニス自身、何を言っているかわからない。他人から聞かされたら嘘か酔っ払いの戯言だと、信じないだろう。影から現れたスライムが、ドラゴンになるなんて……


「わからない。……多分、親があの子を守るように変異種のスライムを託したんだろう」

「……フロリアル教の紋章に何か関係あるの?」

「わからない。……だが、少なくとも関係はあると思う。――」


 ――あの子を家族に迎えていいか?


 そう聞こうとしても何から言えばいいかわからないでいた。あれやこれやと考え、頭を悩ましているアニスを見てサラは、


「あの子を養子にしたいのね?」

「……いいのか?」


 言う前に答えが返ってきたことに驚き、顔をあげる。育てる、と簡単に口にできても、実際には難しい。自分は狩りや仕事であまり子育てを出来ないかもしれない。そうなればサラの負担が増えてしまう。それに、あの子には謎が多い、厄介ごとに巻き込まれてしまう可能性も少なからず存在した。そして、そこには呆れ顔のサラがいた。


「私は、あなたがクーちゃんを連れて来たときから決めていたわ。連れてきたのに、育てない何て言ったら、ぶん殴っていたところよ」


 そう言い、ファイティングポーズをとる。アニスは自分は何を考えていたのだ、と自分を恥じ、


「そうだよな、あの子が何者かなんて関係ないよな!!……て、クーちゃん?」


 彼が聞き慣れない名前に首をかしげると、サラはどや顔で、


「毛布にクレアシオンって書いてあったの。クレアシオンでクーちゃん」


 その名前は無いだろ、ととんでもないネーミングセンスに唖然としたが、なんとか持ち直し、


「そ、そうか、クレアシオンか、いい名前だな、で、でも、クーちゃんは……せめてクレ――」

「――クーちゃん」

「いや、クレアだ――」

「――クーちゃん」


 アニスは諦めた。彼女がこうなったらどうしようもないから……。


◆◇◆◇◆


「ゴホッ……。最後まで、貴様には振り向いて貰えなかったな……。まったく……、貴様にそこまで想われているアリアという者が羨ましい」

「――もうしゃべるな」


 クレアシオンの腕のなかでイザベラは血を吐きながら、思いの丈をぶつける。胸に穴が開き、血が止まらない。回復魔法を使い続けているが、意味を為さない。彼女の体温が徐々に冷たくなっていくのをただ、肌に感じることしか出来ないでいた。


「……自分の体のことはよくわかっているつもりだ。なあ、クレアシオン。私は、魔族によって家族を、友を、故郷をなくした。頑張って血の滲む努力をして、聖騎士までのぼりつめ、貴様と出逢い、共に魔族を葬ってきた。なのに、なのになぜ、私たちは教会に追われなくては成らない!?なぜ?なぜ、神は私たちを神敵にした!!どうして……、私はこんなにも、苦められなくちゃいけなかったのだ……」


 彼女の体から力が抜ける。彼女は、この世界を恨みながら息を引き取った。彼が彼女の最後を看取っている中、笑い声が上がる。悪趣味なことに、彼がイザベラを介抱している間、きらびやかな衣装に身を包んだ者たち――聖騎士と神官たちはずっとニタニタと、気持ちの悪い笑みを浮かべていた。曰く「神に背くからだと」と、曰く「教会に背くからだと」と、曰く「悪魔に見方するからだと」と、曰く、曰く、曰く、――――


 クレアシオンには聞こえていない。否、聞く必要がない。彼は薄々感じていた。人の讃える【神】も、魔族の讃える【神】も同じなのではないかと、掌で弄んでいるのではないか?と、【神】アイツは――


 彼はゆらりと立ち上がる。彼のからだから黒いよどんだ霧――濃密な憎悪が漏れでる。それを呼び水に辺りから、黒い風――負のエネルギーが集まり出す。


――【堕天を確認しました】――


「貴様らが正義を騙るなら、貴様が神を名乗るなら、俺は魔王となり、貴様らをその座から引きずり下ろし、……殺してやる」


――【称号:傲慢な者を取得しました】――

――【称号:偽りの魔王を取得しました】――











――【称号:傲慢な者と称号:偽りの魔王により、称号:傲慢の魔王を取得しました】――






◆◇◆◇◆


「はうっ!?」


 クレアシオンは目を覚ました。手に違和感をかんじる。ぬるぬるして、ベトベトする。彼はそっと違和感の原因を覗きみると、小さな赤ん坊が彼の右手をしゃぶっていた。


『うわっ汚い!?』


 彼が右手を引っ込めると、彼の右手をおしゃぶりがわりに寝ていた赤ん坊が目を覚ました。彼と目が合う。そして――、


「うえ~ん」


 泣き出してしまった。


『ここはどこだ?それにしても、職業魔王になったせいか、思い出したくないことを思い出した……寝るか。……耳が長い……エルフか?』


 クレアシオンが泣いている赤ん坊を見ていると足音が近づいてくる。


「あらあら、起きちゃたかしら?お腹すいたのかな?」


 金髪のエルフの女性が覗き込んできた。


「あら?クーちゃんも起きた?」

「あ、あう?」『く、クーちゃん?』

「エレノア、今ごはんあげるからね?クーちゃんも」


 そう言いながら、女性は胸をはだけさせる。


『ま、まさか……』

「はい、たくさん飲んでね」


 そのまさかだ、赤ん坊のごはんと言えば、一つしか無いだろう……二つか?食後クレアシオンの抱いた感想は……。


『アリアとイザベラに見られたら死ぬ……』


 だった。多分、いや、確実にからかわれるだろう。赤ちゃん言葉で三ヶ月はからかわれることになるだろう。だが、直ぐに障壁のことを思い出し、神界からは見れないことを思い出して、邪神に感謝を――しなかった。そもそも、障壁がなければこんな事にはならなかったからだ。


『まぁ、見られてないからいいか』


 クレアシオンは気づいていない。神界からは見れないが、この世界の中からは見れるということを、彼から助けられ、この世界の主神、女神フローラに興味を持たれていた事を、そして、フローラが神界にいたときのクレアシオンと赤ん坊のクレアシオンのギャップに悶えていると言うことを、まだ彼はこの時、しらなかった――。

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