萌-死んでる僕と視える甥-1

七 文

昔の話

第1話 昔の話 1



萌。

15年前の冬に産まれた俺のおいっ子。

産婦人科の白くて明るい病室でその名前を聞いたとき、当時小学二年生だった俺は可哀想にと思った。


本来の日本語には違う意味があることを塾で学んでいたけれど、どうしてもオタクのスラングとしての「萌え〜」が浮かんだから。


今でこそ広く浸透している「萌える」と言う言葉だが、2005年に流行語大賞にノミネートされる少し前はもっとずっとマニアックな扱いで、メイドさんや美少女アニメキャラを褒めるときにオタクが使う用語という認識が今よりずっと強かった。そんな時代だったからなおさらだ。


(きっとあの独特の調子で「萌え〜」とか言われてからかわれるんだろうな)


昨晩降った雪が日光を照り返しているせいか、病室は不思議なほど明るく静かで、清らかな空気で満ちていた。

対照的に、姉の腕の中にすっぽり収まった小さな萌の将来はあまり明るくない気がする。


「こいつ男だろ。出生届もう出したの?」


今ならまだ間に合うかもしれない。

そんな期待は姉の「うん!」と言う言葉によって消えた。


「女の子じゃないんだからさ…」


「良い名前じゃない?良文さんも素敵だねって言ってくれたんだから」


「何?やっぱり姉ちゃんがつけたの?」


そして義兄にいさんは「萌」にGOサインを出したのか…


「ちゃんと意味があるの。私が良文さんに出会って、石橋めぐみから木芽きのめめぐみになったことが運命なら、この子が木芽の姓に産まれたことも運命なんだって」


またメルヘンなことを言い出したと思った。


「それで?」


「だから苗字と名前が二つ揃って意味を成すのが良いと思ってね、『木の芽が春、芽吹く』そんな風景を想像させる、『萌』を名前にしたの」


「…へえ」


一回りも年上のくせして、いつも抜けてる所の多い頼りない姉だった。

だが、今回は意外にちゃんと考えていたようだ。


(木の芽が春、芽吹く…か。)


「そっか。良い名前だね」


「でしょ?」


でも、やっぱり俺は思った。


「お前、女の子なら良かったな、萌」

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