第7話 たった二人の反乱軍

「と、言う訳。これが、俺とリラリの出会い。そして、リラリから聞いた話だ」


 俺は、ユミルさんに全てを話した。

 リラリとの出会い、そして、リラリが口にした言葉。


 真夏の邂逅から、シャーベットの味。そして、俺に死ねと言った事まで。


 引き換えに、ユミルさんからは、俺の認識とは違うこの世界の話をして貰った。俺は、ユミルさんが再度取り寄せてくれた魂の転生、そしてドラフト会議についての資料に目を走らせていた。

 ユミルさんの分かり易い説明も相俟って素直に叩きこまれたそれは、俺がリラリから聞いていたものとは少し、いや、大分違っていた。


「魂には、転生を断る権利があります。行きたくない世界には行かなくていい」


「その指名を断った場合は、元の世界へ記憶を消されて転生する訳か。まあそうじゃないと行きたいとこ行き放題だからなあ。指名を拒否された神様は、別の魂を指名出来るのか?」


「いいえ、指名に使った巡目は消費されます。一位で指名された魂に転生を拒否された場合、魂を失う上に、一位の枠を使って優先的に魂を指名出来た機会を失ってしまいます。だから、事前にこうして会いに行くんです。自分が指名する旨、転生して欲しい世界についての説明、そして、条件をつけて指名を受け入れて貰うんです」


 俺はてっきり、それは全て強制されるものだと思っていた。

 だって、普通に考えて神は人より上位の存在で、それらのシステムを管理しているのだから、全ての権利を持っていると思うのは当然だ。


 俺達魂に選択権はない、そう思っていた。


「転生して欲しい世界や転生の条件が気に入らない魂を指名して、指名機会を失うのは勿体ないですからね。それなら、その魂より才能のレベルが低くとも、確実に転生を受け入れてくれる魂を指名します」


「条件ってどんなものがあるんだ?」


「条件は簡単です。記憶の有無と、転生の仕方ですね。異世界から転生した、という記憶を引き継ぐのか、それとも才能だけを持ってまっさらの記憶でその世界で生きて行くのか。そして、転生の仕方。これは二種類です。肉体の情報を持ったまま異世界に転生……この場合は、転移と表現した方がいいですね。転移するのか、はたまた、新たな命として生まれるのか。この条件は、概ね魂の意思を尊重しますが、転生先の世界の状況によっては意向に沿えない場合もあります」


「記憶を引き継ぐってのはまずくないか? 死んでも転生出来るって分かってる人生って、その……なんかアレじゃない?」


「転生や私達に関する記憶だけは絶対に消去されます。別の世界で生きていたが、なにかの切っ掛けに異世界へ、といった記憶に挿げ替えられて。そうする事で、別世界の技量を活かせる事もありますし、忘れたくない大切な思い出もあるでしょうし。勿論、リセットして再スタートする事も出来ます。それ等も、魂に与えられた当然の権利です」


「成程なあ……」


 真剣な表情で話してくれるユミルさんに対して、俺は深く頷いた。ユミルさんが話してくれたそれ等は、本来であれば俺が当然に保有していた知る権利に包括されている筈。けれど、そうはならなかった。


 リラリの口からは、聞かされなかった事。


 恐らく眉間に皺を寄せて難しい表情をしていたのであろう。そんな俺を見て、ユミルさんが恐る恐るといった風に声をかけてくれる。


「リラリさんの事ですよね……」


 俺は、無言で頷いた。


 善悪の判断に迷っているのではなく、単純な疑念だ。何故? という簡単な問い。どうして俺に全てを話さなかったのか。


「リラリって、そういう奴なのか?」


「すみません……私、リラリさんの事は噂程度でしか。神同士も、親交のあるなしがはっきりしていて……ただ、誰に聞いても、リラリさんを評する言葉は似通っています」


 ユミルさんが、一呼吸置いてから言う。


「剛腕、神災、黒幕。その全ては畏怖から発生し、関わりたくない、と口にする人が多い印象です……」


 見知らぬ人の寸評。それは悪評と形容していいのだろう。それすら口にするのを憚る様子から、ユミルさんの性格が良く分かる。


 そして、リラリの評価というのは、疑念という炎に油を注ぐ。


「俺に嘘を吐いた上、接触した事を他の神には話すなってのは、どういう魂胆なんだろうな」


「恐らく駆け引きでしょうね……」


「駆け引き……そうか!」


 ユミルさんは、俺にドラフトで指名する事を伝えに来た。リラリはその詳細を話さなかったから分からなかったが、現在俺はリラリとユミルさんの指名対象、つまり、二人の指名が競合する可能性がある。そうなれば、くじ引き、運否天賦に委ねる事になる。

 しかし、指名には順序があり、早い巡目で指名したものに権利があり、そして魂には拒否権がある。


「ドラフト会議までの一週間……リラリは魂を調べると言っていたけれど、本質はそこじゃない」


 癖がついてしまったか。


 俺は、あの厭らしい女の様に指を鳴らしてしまった。


「自分が狙っている魂が他の神に好条件で誘われていたのならば、自分の指名を拒否される可能性もある。それなら、別の魂に指名権を使った方が有意義だ」


「真澄さんの言う通りです。この一週間は調査の時間でもありますが、その実、魂に対してアプローチをし、他の神を牽制する期間でもあります。他にも、優秀な魂を一位指名する事を公表する事で競合を恐れる神を別の魂に指名変更させたり、そういった駆け引きはルールの中では歓迎されています」


「それなら辻褄が合う。リラリは俺の獲得を強調していた……そして、他の神に自分との接触を漏らすなって事は……」


「恐らく、一本釣り。指名したい魂が他の誰からもアプローチを受けていないなら、態々早い巡目で獲得する必要はありません。ゆっくり、余裕のあるタイミングで指名すればいい。そう思わせて真澄さんへのマークを緩めて、自分が早い巡目で獲得しようという魂胆かと思われます……指名権は、一巡でも早く指名していれば獲得出来ます。自分との接触を隠せというのも納得出来ます」


 異世界転生ドラフト会議。これは、俺が想像していたよりもずっと精神力を削るものじゃあないか。ただ待つばかりに思えたこのイベントが、今は恐ろしく思える。


「出し抜き合戦……ルールの上ならば、問答無用の駆け引きが行われる訳か……」


「でも! 私許せません!!」


 思わず体が硬直する。それは、この短い間だけでも分かるユミルさんの性格から発せられる声量ではなかった。唇を噛み締め、拳を握り込む。その表情は、険しく変化していた。


「ユミル……さん……?」


「確かに、ルールの上では駆け引き上等の騙し合いです。私も、過去に経験はあります。けれど、けれどこれは違う! だって、自分の為に、生きている魂に死ねと言うだなんて! 確かに生きている魂に接見するのはルールの穴、けれど、死期を決めさせて魂を指名するだなんて……魂の尊厳をなんだと思っているの!?」


 ユミルさんが、テーブルを強く叩いた。


 イメージに沿わない激昂に驚いている訳ではない。俺がその光景を茫然と眺めているのは、心の中で熱くなるナニカを感じたから。これ程温和であるユミルさんが、声を張り上げている。それは、ユミルさんの意外な一面ではない。


 そうなる程に、悪質な事なのだ。そうなる程に、悪辣なのだ。


 あの、リラリという女は。


 俺の事に対してここまで感情を露わにしてくれるのが嬉しくて、言葉を失う。それだけでも十分であったが、彼女はそれに留まらなかった。


 回り出した歯車は、止まらない。


「私、一位で真澄さんを指名します」


「……え?」


 人差し指を立てて、ユミルさんが言う。


「私、真澄さんを今回のドラフト会議……第三十七回異世界転生ドラフト会議で一位指名します!」


「な……なんで?」


「リラリさんが許せません! 魂の尊厳を踏みにじって、利己的な理由で真澄さんを弄ぶなんて……同じ神として見過ごせません!」


 先程までの柔和なイメージとは一点、ユミルさんは、強い意志の籠った瞳をしながら、俺の両手を掴む。


「第三十七回異世界転生ドラフト会議まで後一週間……全力でリラリさんを出し抜いてみせます! そして、絶対に真澄さんを獲得します!」


 気迫に気圧されそうになるが、多分それは彼女への侮辱だ。


 これは多分、反撃の狼煙。


「リラリさんに一泡吹かせてやりましょう! 二人で!」


 俺は、掴まれた手にユミルさんの体温を感じながら首を縦に振った。


 こうして、たった二人の反乱軍が結成された。 

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