第4話 感情論は大事だよ
「自分の世界へ送り出す救世主を、集められた魂から探す。故に、バッティングも起こるし、目当ての才能が見つからない事もある。だから、自分の管理外、管理者フリーの世界にまで対象を広げた。なら、その対象を更に広げてやればいいと私は考えた。才能は魂に付随する情報。それなら、生きている魂も調べれば、目当てのものが見つかる確率は飛躍的に向上する」
リラリは言った。神は運命に介入出来ない。死期は分からないと。だから、本来であれば生きている魂を調べるのは非効率的だ。目当てが見つかる可能性は上がるけれど、その魂が死なないのであれば無意味だ。いつか来る死に備えて下調べをしておく事は意味があるが、死がいつになるか分からない。自分の管理する危機一髪の世界がそれまで持つか分からない上に、天寿を全うしてしまえばゼロになり再構成される。そういう可能性を考えたら、普通は死んだ魂を調べる。その中から選ぶ。そういうルールだ。
けれど、この女はその隙を突いた。目当ての魂を見つける確率を上げ、作為的にそれを獲得対象にする。
つまり、目当ての魂を自ら死なせる。無理矢理に、ドラフト対象にする。
「人間の発想じゃない」
「だって人間じゃないもの」
脂汗が滲んでいるであろう額を拭いながら言うと、リラリに軽く論破された。
ああ、そうだ。相手は人間ではない。当然の倫理観で会話をする事が間違えているんだ。
天寿を全う出来ずに死した魂は転生対象となる。先程話にあった異世界転生ドラフト会議の発端、とある世界に絶望して後に救世主となる男は、自ら命を絶ったと言っていた。
それも天寿を全うしなかった括りに入るというのならば、作為的に天寿を全うしなくとも転生対象となる。
つまり、この女は俺に対して、死ねと言っている。
「悪い話じゃないと思うけどね」
「悪い話だ! 命をなんだと思ってる!?」
「それは転生しない場合の話でしょ? 適材適所、あなたがより幸福になる提案をしているの」
悪い夢。これじゃあ宗教勧誘の方が幾分かマシだ。
「今までの人生は幸福だった? これからの人生は? 展望はあるの? 江川真澄、調べたけれど、ただ漠然と生きているだけじゃない。友人もなく、恋人もなく、目標もなく、才能もない。ただあなたは
「だからって死んでいい理由にはならないだろ!?」
「それは感情論でしょ? あなた特別実のある反論をしていないけど」
「感情論の話だ! 理由付けなんて正に建前。いいか、命は失ってはいけない! これは生ある種の当然の思考だ! 理由は要らないんだ!」
「人間の教科書みたいな思考回路。人は自分の行為や存在が無為だと断定される事を恐れる。現実を直視してそこからの巻き返しこそ重要なのに、そこまで積み上げた空虚を、次に繋がるだとか良い経験になっただとかの曖昧な言葉で誤魔化す。ただ時間を失う事を恐れているだけの癖に。失敗した、というレッテルではなく、失敗に気付けた、という幸運を見れば済む話を、態々絶望に向かう。人は悲劇主義だよね」
「あんたとは価値観が合わなそうだ」
「価値観が合うなんて奇跡中の奇跡。だって私とあなたは違うもの。大事なのは結果でしょ? 結果が伴わなかった時に浪費した努力と時間を肴に傷を舐めあう程優しくないの。あなたがここまでの人生、この世界でなにを為したかは知らない。けれど、あなたの死もあなたの生もこの世界では重要ではない。それならば、あなたの死と生が重要視される世界に行きましょう」
自分が不利であるのは百も承知だ。理がない事なんて始めから分かっている。
けれど、到底納得出来るものじゃない。
「第三十八回目の異世界転生ドラフト会議。そこで私はあなたを一位指名する。その為にはあたなが死んでいなければいけない。第三十七回のドラフト会議が丁度一週間後。今日までに死んだ魂が三十七回の転生対象だから、三十八回の対象になるには、今から十一時間四十一分後がスタート。そこから、三十日と十一時間四十一分後までに死んで貰えればいい」
「……他の神に指名される可能性は?」
「ゼロじゃない。けれど、神は万能であるけれど万能ではないから、全ての魂を調べ切れる訳じゃない。ある程度のフィルターとある程度の当たりをつけて指名対象を選ぶ。あなたが誰にも調べられない可能性は高いし、万が一調べられたとしても、そのフィルターを潜り抜けられると思う。あなたの才能には、私しか気付かない。あなた、それだけに特化していて他は本当に無能なの。どの世界にいっても今の様に惨めに暮らす。そんなあなたを私はたった一つ見出してあげた。それに報いる為にも、死んで」
人にモノを頼む態度ではない。
けれど、反論がないのは心のどこかで理解しているからだろう。俺には才能がないし、人生の逆転はこの先起こらない。平穏に生きて来た人生は、転じてなにもしなかった人生だ。けれど、俺だってなにもしたくなかった訳じゃない。
俺には、なにも出来なかった。
「ま、強制はしない。あなたの魂はあなたのモノだし、この世界での人生は私に左右される必要もない。ただ、私は道を示しただけ。こういう生き方もあるよ、というアドバイス」
言いながら、リラリは伸びをしながら立ち上がる。
「ただ、あなたは私の元でしか生きられない。それだけは釘を刺しておく。願わくば私はあなたが私のところに来る事を望んでいる。それじゃあね。また時期が近づいて来たら口説きに来る」
「あっ……待って!」
振り向きもせず玄関に向かうリラリを呼び止めた。現状に対する整理の意味もあったけれど、多分それ以上に——
「なに?」
「えっと……あれ、俺の記憶。このままでいいのか? 転生の時に記憶を消すって言ってたから、造作もないんだろ? 神様の俺への介入は、あまり良い事じゃないんじゃない?」
本心を仕舞って、大して心配していないような事を聞いた。
「あなたに私の存在を知らせる事は、この世界に大した影響を与えない。だからそのままで十分。それに、神様に会ったなんて吹聴してみなさいよ。あなた、病院にぶち込まれる」
立てた人差し指を頭の横で回転させながら、リラリは笑って玄関から出て行った。
真夏の白昼夢。けれど、振り返る俺の視界に入る新型のエアコンと、テーブルの上に残された食べ終えた筈のシャーベットがなによりの証拠となって存在している。溶け始めたそれと反する様に、現実感が確固たる形を俺の胸中で形成していく。
「どうすりゃいいんだよ……つーか、死んだとして、今までのが全部嘘だったら死に損じゃんか……」
纏まらない頭で思考して出て来た言葉はそれだけ。あとは、幾ら考えても答えは出そうになかった。
確かに、俺こと江川真澄の人生は華やかなものではない。けれど、親に貰った命を無碍にするなんて行動、とてもじゃないが選択肢にすら入らない。
そんな事をリラリに言ったら、ただ漠然と生きているだけで十分無碍だ、なんて毒づきそうではある。けれど、命だ。大切な命だ。
それだけは変わる事がない確固たるものだ。
それを胸に、俺は状況を整理しようと座り込む。まずは、今日あった事を紙に書き出してみよう。リラリから聞いたドラフトのシステム。そして、俺の置かれている状況。
そうやって混乱する頭を落ち着かせようと足掻いている俺は、人生を終える。俺がこの世界に生きていたのは、この日の夕方まで。
俺は、リラリが部屋から立ち去った数時間後に、魂となって転生を待つ身となる。
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