第2話

その日、我が光星学園1年3組は興奮と騒乱のるつぼと化した。

この学園は基本高学部までのエスカレーター式であり、編入及び転入などは滅多にない。

にも係わらず、転入があったからだ。


男子か?女子か?イケメンなのか?可愛いのか?


もはや朝のHR前のクラスはその話でもちきりであった。

もちろん俺もご多分に漏れず、その話題に花を咲かせていた。


俺の前の席の高遠 巡なんぞはもう興奮しすぎて張り倒したい位にソワソワしている。


「なあなあ、美少女が来ると良いよなあ?」

「そりゃな。でもそんな都合のいい展開は無いだろ」


高遠は俺の数少ない友人だ。

有名な高遠グループの御曹司にして庶民派すぎて異端扱いを家族に受ける変わり種である。

そういった個性のお陰か、恐ろしいほどモテる。

でも浮いた話はせいぜいが噂で流れる程度。

割りと俺には本音を漏らすことが多くて、それらが噂でしかないと分かっている。


俺的には美少女だろうとどうでもいいのだ。

ぶっちゃけ棺桶の少女より可愛いと思える女は存在しないと思っているから。

・・・俺も重症である。


「なんだよぅ、なんか乗り気じゃないな~」

「あ~、ちょっとな」

「・・・なんかあったか?相談に乗るぜ!子供に出来ることなんて対してないけどな」


これである。

ニカッと笑いながらこんなことをほざくものだからコイツは男女を問わず人気者だ。

正直なんで俺と仲が良いのか理解不能だ。


俺は困らないからありがたいのだが。


「高遠くんと親しげに話すとか身の程を知りなさいよクズ」


突然そんな暴言を吐いてくるのは自称高遠の婚約者。

一ノ瀬 未悠だ。

どういうわけか、事あるごとに俺に突っかかってくる性悪である。


「未悠?僕の親友にそんな態度とれんだね君は。そんな女には近寄って欲しくないんだけど?」


そして高遠は高遠でコイツを嫌っているという面倒な関係なのだ。

誰でも良いから俺の胃と平穏を守って欲しい。


「翔はこのクズに騙されてるのよ!どうして分かってくれないの?」

「だからその根拠を示してほしいね。理由もなく親友を誹謗中傷されて愉快な気分にはなれないし、俺はそもそも君が嫌いだよ」


ハッキリ言ってやるなよ・・・お前がそんな態度だと俺にとばっちりが来るんだからな。


それに毛嫌いされる理由ならある。

俺と一ノ瀬はいわゆる幼馴染であり、ベタな事に結婚の約束までしていた程に仲が良かった。


しかし、所詮は子供のお約束だったのだろう。

成長するに連れて、一ノ瀬はその約束など忘却の彼方へと追いやり彼氏ってのをつくった。

この年頃の子供ってのは女のほうが大人に近い。

精神的な意味でな。

そしてやはりと言うか、俺は子供だったのだ。


「未悠ちゃん、僕と結婚してくれるんじゃないの??」


無邪気に言った言葉はその彼氏君には衝撃だったのか、単に昼ドラの見過ぎだったのか?

浮気はダメなんだよ!

そう言って走り去ってしまった。

一ノ瀬としては本気で好きだったのかも知れない。


それ以来俺は女の恋路をありもしないでっち上げで邪魔するクズとなった。

顔を合わせる度にクズクズと連呼されれば当然そうなるように、俺もまた一ノ瀬を遠ざけるようになった。

と言っても、高遠が居なければ会話なんてほぼほぼ無いのだが。


「根拠?良いわ。教えてあげる。コイツは恋をぶち壊しにするとんでもない嘘つきで卑怯なクズなの!高遠 巡の友達になる権利も資格もないゴミなのっ!」


ついにゴミにまで成り下がったようである。


「ふーん。そんな程度?君って本当に性格悪いね・・・僕は事情を全部知ってるけど、君が全ての原因なんじゃないかな?」


話は終わりだよ、と言って一ノ瀬との会話を打ち切ると、俺に向き合って彼女を居ないものとして扱い話を続ける高遠。


さすがに一ノ瀬が哀れになってくる扱いだ。

まあ、めげずに高遠に話しかける一ノ瀬のハートはガラス繊維で出来ていそうだが。


「高遠、さすがに言いすぎだ」

「そう?僕だって我慢の限界ってあるしこんなモノでしょ」


馬の耳に念仏とはこのことなのか、軽く受け流しやがる。

そんなプチ修羅場みたいなのをやってると、HRの開始時間が訪れた。


お決まりの連絡事項を俺たちに伝達し、さも重要であるかのように転入の事実を口にする担任教師。

名前は覚えていない、というか興味がないしどうでもいい。


そして、皆がお待ちかねの編入生のご登場。


クラスのほぼ全員が息を呑むのが分かった。

有り得ない程に整った顔立ち。

同じ年齢とは思えない、思いたくない良い意味で肉付きの良い豊満な身体。

艶やかな黒髪はきっと指を通しても一本だって絡まらないだろう。


皆が見惚れるその容姿には見覚えがありすぎた。



棺桶の少女。

俺が内心で女神みたいだと評した彼女が、そこにいた。


「三枝 若菜です」


聞くもの全てを魅了するかのような声音でそう名乗り、いきなり爆弾を投げ込んできやがった。


「このクラスの梶木くんのモノになりに来ました。だからそう言った声掛けは迷惑ですので、やめてください。女の子の皆とは仲良くしたいです」


俺はマヌケな顔をしていただろう。

あの高木ですらアホみたいに口を半開きにしているのだ。

って言うかどいつもこいつもこっち見んな!


HRが終わると、若菜(・・・本人の強い要望なので若菜と呼ぶことにした)にはクラスメイトが群がった。

それに律儀に返答していく若菜を見ていると、高遠が話しかけてきた。


「いやー驚いたね。知り合いなの?」

「ああ、うん。まあ知り合い・・・なのかな?」

「ハッキリしないねえ」


ほっとけ。

俺だってどうなってるのか分からんのだ。


結局、昼休みまで若菜とは話が出来なかった。

これからどうにか尋問をするしかあるまい。


とりあえず、俺は若菜を誘って屋上にやってきた。

屋上は庭園のようになっており、授業中意外は常時開放されている。

結構人気の場所で、コソコソと話したいときには役に立つスポットである。


「こんな所に呼び出したりして・・・どんな口説き文句が聞けるのかしら?」

「アンタ一体どうして・・・」


この学園に来たんだ?

そう聞こうとした俺に若菜はこう言い放った。


「アナタを私専用にする為よ」


ちょっと意味が分からない。

専用?


「昨日ので分ってるとは思うけど、私は純粋な人間じゃないの。吸血鬼ヴァンパイアってヤツね。人間の血なんて飲みたくないからあの屋敷に引き篭もってたのに、誰かさんが私の口を指で犯したりするから・・・我慢できなかったのよね」


人聞きが悪い。

まるで俺が性犯罪者のような物言いだ。


「一旦血の味を知ったらもう我慢とか出来るわけ無いし、アナタは割りと好みだし」


「アナタ昨日は私に発情してたでしょ?」


「良いわよ?契約してくれるなら私の身体を自由にしても」


「ほんの100年程度ならアナタに所有されても構わないわ」


コイツは何をとんでもないことを言っているのか。

口を挟む余地もなく、言葉を重ねられてトドメを刺された。


吸血鬼の女わたしたちにとって初めてって言うのは重要なんだから。気楽に契約してよ。毎日少しの血をくれるだけで、従順でエッチで尽くしてくれる妻を手に入れられると思えば悪くないと思うんだけどな~」


初めて・・・て、吸血が?キスが?


「どっちも初めてよ。契約してくれるなら処女も・・・ね?するよね、契約」




その日、俺はやらかした。

契約を。

この日から、おれの人生はトチ狂っていくことになった。


三大欲求とはげに恐ろしいものなのだと。

今の俺にはよく分かっている。


でも、当時の俺にはまだ分かっていなかったのだ。

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