第1部 厄災の始まり2
「……白髪?」
階段を降りてきた男の髪を見て思わずつぶやいた。赤い瞳に中性的な顔立ちで、一瞬にして目を奪われた。男は手にフラスコを持ち、ローブと思われる服に身を包んでいた。
「プラチナブロンドとまではいわれなくてもシルバーと言ってほしかったね」
その自称シルバーの髪は腰に届くくらい長い。
「君の名前は山村夏姫か。職を探しているね。それから住む場所も。出身地は……」
名乗りもしないのに、いきなりこちらのことを知った風に言う。
「気味が悪いとも思ったね。仕方がない。分かってしまうんだから」
事も無げに男が言う。
「今の状態で私に隠し事は無駄だよ。君は私の弟子になるにためここに来たのだから」
「…………は?」
「だって、自分の足でそれを持ってここまで来たのだろう?」
求人広告ですが。ってか、それが本当なら、これは詐欺だ。
「本当の素人だな」
踊り場で待っていたはずの、もう一人の男がおりてきて呆れたように呟いていた。
「素人だろうが、玄人だろうが、お断り。いくらなんでも断る権利はある」
「ないね。君はこの扉を開けたし、入ってきた。使い魔である魔青と手を繋いだ。その時点で繋がりはできたんだよ」
言いがかりもはなはだしい。扉を開けたのはさっきの男で、この少女が勝手に連れ込んだだけである。それすらも気にせず、銀髪の男が後ろを振り返った。
「では紅蓮、魔青と一緒に薬を持っていってくれ。魔青、明日からはこちらの女性の命令に従いなさい」
「はぁい。じゃあ、いってきまぁす」
少女は黒髪の男と扉を開け、楽しそうに出て行った。扉が開く、ならば出れるはずだ。こんなところに長居は無用。
「……なんで?」
先ほど開いた扉はびくりともしなかった。
「私が許可をしていない。だから開くわけがない」
「許可、出してよ。あたしは断るんだから」
その言葉に男がくすりと笑った。
「君は先ほどの私の言葉を聞いていたのかい?繋がりはできたと。よく見なさい。君が手にしているのは、私との師弟契約書だよ」
その言葉に手に持っていた紙に視線を落とした。公園で拾ったときに書いてあった求人の文字はなく、あるのは見慣れぬ文字のみ。
「ルーン文字だ。私のサインも、魔青のサインもしてある。後は君のサインだけだ」
びりびりびり、即刻紙を破り捨てるも、元に戻っていく。
「ふははは。なおさら気に入った。ぜひとも魔青のマスターにしたい。契約を。契約すればここの出入りは自由になる」
気がついたら男は目の前にいた。
「一応、求人広告の銘打っていたから、給与は君の言い値で出すよ。ただし、給与に見合った仕事を頼むがね」
出られない状況、これはすでに脅迫である。
「……そうだね。だとしたら、一ヶ月のお試し期間というのはどうだい?」
いきなりの譲歩。
「君は今の状況をうまく理解できていないし、それにこの魔法陣を見てもどうしていいかすらわからない。つまりは魔術に関しても素人といえる。それが急に魔青のマスターというのも性急過ぎてどうしていいか分からない、違うか?」
「……そうだけど……。マスターにならないと開かないってのがまずおかしいと思うんだけど? あんたが扉を開く許可さえ出してくれれば、万事解決なんじゃない?ってか、マスターって何よ? 喫茶店でもあるまいし」
「面白い発想だね、マスター
今なら問答無用でマスターに、お得だろう? と話す男にめまいがしてくる。
「……一ヶ月のお試しでいいよ」
疲れ果て、夏姫が呟く。
「何だって!? お試しがいいだと? お得なのはお試しじゃないほうなのに」
「あたしは自由になれればいい。だからお試しで」
「そうかい……仕方ないね。そこまで言うならお試しにしようじゃないか。……あ、決めたからって出られないからね? 魔青としっかり契約して私の弟子になってからでないと、扉は開かないからね。さ、魔青が戻ってくるまで上を案内するよ。君一人位なら空き部屋もあるから住み込みもできる」
それほど広そうでもなかったが、上へ案内された。
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