1-11 ジャムカ対ガラハド その2
リーンが予言するかしないかの内にガラハドが攻撃に転じる。彼は概ねその性格と同じように、戦い方も堅実で神経質そのものだ。滅多なことでは自分から仕掛けず、防御に徹し、相手を見定める。彼が攻撃に移ったということは、草原の王者ジャムカといえども、攻撃のバリエーションについて見極めを終えたということだろう。
ジャムカが宙を飛んで次の攻撃に移る、相変わらずその剣先は鋭く、今度こそはガラハドの頸動脈を捉えるかに見えた。が、その瞬間ガラハドが静かに重心を落とすと、ファルシオンはギリギリの所でガラハドの頬をかすめた。次の瞬間、ガラハドはジャムカの胴を抱え込みそのまま体重を乗せて動けぬよう固定し、ジャムカの着地を自爆させる。
至る所で聞こえる悲痛な声、ジャムカはガラハドの体重にこらえきれず肩からもんどり打って倒れた。すぐさま起き上がり後ろに跳びすさり態勢を立て直すが、ダメージは足に来ている。
「この『蒼天の狩り』を見切るとは、、、なめて掛かっていたようだ。」
間髪をいれず、ガラハドはツカツカとジャムカに近づき、全く無駄のない動作でバスタードソードで袈裟懸けに切ってかかる。『蒼天の狩り』の見切りから続いてガラハドの反撃がはじまった。彼のムダのない直線的、合理的、剛直な剣さばきは『リヒテナウアー剣術』と呼ばれるものだ。
ジャムカの攻撃を紙一重で見切り受けなした動作が『Eisenport』、『蒼天の狩り』の斬撃ポテンシャルに体重を乗せてそのままダメージを与えた組手が『Durchlaufen』、そしてダメージを受けているジャムカへの冷酷とも思える無駄なく容赦無い連続攻撃『Nachreisen』が始まった。
ジャムカの痛めている右腰から足をめがけての突き、左へ躱す動きを読んで回り込み払い、剣で弾かれたらその反力を活かして斬撃。刃先の鈍いバスタードソードなので一刀両断することはないが、接触しただけでも骨折してしまうかのような力強い一撃一撃だ。連綿と続く先の先を読んでの正確無比な攻撃に、高度な剣術体系を持った相手とは戦い慣れていないジャムカは焦れ出す。
「な、なかなか、やりおる。正当に鍛錬された剣術とはこういうものか、ふむ。」
「ジャムカ殿にも、まだまだ余裕があるようですね。」
死闘を繰り広げている二人だったが、互いに好敵手を見つけたか、必死の一撃を繰り広げつつも会話を楽しんでいる。これが戦場での度重なる生死を越えて幾星霜の剣士というものである。
ムカリやボオルチュを始め側近たちは、ジャムカの防戦にもこれといった危機感もなく、相変わらず酒を飲み飲み女給にちょっかいを出しつつ、興味深げにジャムカの防戦を眺めていた。
「どう、私の許嫁は!!草原の王といえど敵わないでしょ!?」
「いや、なかなかどうして、洗練された剣術というのは、ジャムカ様の野性味あふれた美しさとはまた違った、美術品や工芸品のような完成度を感じるな。」
「って、批評している場合じゃなくなくない?」
「ジャムカ様が敗れるようならそれだけだし、あれしきの事で敗れるジャムカ様なら、我々とてここまで心服してはおらぬよ。」
「ひぇ~、相変わらずドライね、、、でも、反撃できるの?」
「まだまだ地力は出しておらぬよ、戦場とは全く目つきが違うからな。」
ボオルチュの評価するジャムカの底知れぬ剣闘の力に、目を見張るリーンであった。
さて、ガラハド攻勢のまま、剣を交え続けて一半時、長年戦場に出ていないガラハドに疲れによる剣の軌道のブレが出だす。百戦錬磨のジャムカはあと3時間ほど続けて戦っても毛ほどの疲れも見せないであろう。ガラハドのごくわずかな剣撃の精度の低下を感じ取り、ジャムカが仕掛ける。
「そろそろ奥の手と行くか、ガラハドよ、この剣先見きれるかな?」
ジャムカは、はたと動きを止めファルシオンを目線に高さまで上げて、剣先をガラハドに向けて身構えた。その優雅で力強い動きに女の観客からの黄色い声援が飛ぶ。そして、ガラハドの機先を制し一瞬間での力強い助走を込めた剣による一撃『豹撃』が見舞われた。
その豹のハンティングをも凌駕する速さに、ガラハドが身構えるのも一瞬遅れ身体を貫通するかに見えた、が、ファルシオンの剣先がガラハドの胸当てに触れた雷光の一瞬、金剛石かとも思えるような薄くそして硬い殻が胸当てを覆い、ファルシオンの衝撃をそらした。そして吹き飛ぶガラハド、身体に穴は空いてないが打撃による大きなダメージを受けている。
(仕掛けておいた『金剛の守り』が効いたわね、万一と思って、予め発動するようにしておいてよかったわ。ほとんど無敵の守りだから大丈夫だとは思うけど、ガラハド脳震盪でも起こしてないかしら?)
吹き飛んだガラハドを見すえつつ、包み込むような笑みを込めてリーンを見るジャムカ。
(ば、ばれてる、な、何で(汗))
一瞬間を置いてガラハドが立ち上がる。誰にも見えないリーンが内緒で仕掛けた『金剛の守り』によりキズはないようだが、あまりの衝撃に脳震盪を起こしフラフラしている。
「象にでも突撃されたようなものすごい一撃ですね、一度でも倒れたら戦場では死に直結、私の、負、、、」
(ちょ、ちょーーーーっと、私たちが補助するから、負け認めないでよ~、アホー!!!)
その時、天幕の入り口から早馬の知らせが届いた。
「ガラハド様~、待望のご子息が『サマルカンド』にてご誕生されました~!!」
「何と!ボルテのやつ、やったな!!!よしすぐに戻るぞ!!ムカリ、早速王宮にて祝杯だ!!」
「戦勝の宴のすぐ後に、またですか?まったく宴好きな方ですね。」
「まぁ、そう言うな、待望の男子だ、どんな英雄になるか早く見に行ってやらねばなるまい!!」
表裏のない草原の王だ、心底喜んでいる。そんな底抜けの無邪気さも魅力の一つなのだろう、とリーンは思った。
「と、言うわけで、戦いはお預けだ、ガラハドよ、また楽しませてくれよ!!!では、また会おう!!!」
(あ、危なかった、あの朴訥漢の生真面目ぶりで、計画が台無しになるところだったわ(汗))
「あ、それから、ここからお前たちの臨む『創生の森』には、永遠につづくような我々が分捕るつもりの大草原を超えてかなきゃならないが、オレの愛馬『ブローズグホーヴィ』を貸してやる。気性はすこぶる荒いが、お前らなら、なんとか乗りこなせるだろう。」
「え、いいのジャムカ様?お子さんが待ってるんでしょ?」
「『サマルカンド』への早馬なら、赤兎馬『リョフ』に乗ってった方がもっと速いよ。」
「そうなの、ありがとう草原の王さん。」
「それより今度こそ、そこのガラハドを正式に叩きのめしてお前を娶ってやるからな。」
「私達の『レボルテ』の一騒動が終わったら、また考えとくわ。」
「了解、それから今度はズルはするなよ、リーンとそこの隠密よ、ハッハッハ、では、さらばだ!!」
ギクッ(マサムネ)
と言うと、草原を吹き抜ける突風のように鮮やかに強靭に、もたもたしている側近を尻目に、単騎あっという間に『王都サマルカンド』へ去っていった。
ガラハドの元へ駆け寄る、リーンとマサムネ。
「本当に、あっ、という間に行っちゃったわね、草原の王様。恐竜にでも追突されたような一撃だったけど、ガラハド大丈夫?」
「あぁ、お前の『金剛の守り』は相変わらず最強だな、普通なら鎧越しでも背骨折れてるよ。オレもまだまだだ、ジャムカ殿に負けぬよう鍛錬せねば。」
(おいリーン、まだ酔ってるなガラハドは(笑))
(酔いが覚めると、後で相当愚痴言われるだろうから、今はそっとしておきましょう(笑)。)
ジャムカがムカリ達側近を従え天幕を出ようとする頃、ボオルチュがガラハドに近づいてきた。
「ガラハド殿と申されるか、この度の決闘お見事でした。久々に我々の王者が本気で戦っている所を見ましたぞ。我々は強いものが好きだ、今後、何か戦でもあれば我々も協力を惜しみませぬ。」
「いえ、私闘でおまけに敗戦寸前とあってはお恥かしい限りです、また剣を改めます。」
(あいつ、ジャムカと勢力を二分する草原の国の首領だぞ、言動に表裏なさそうだしな。ガラハドの正統派剣技によっぽど感服したのかな。)
(それでジャムカも親切にも大草原を横断できる馬を貸してくれのね。一つにはハーレム王の鼻を明かそうとしたんだけど、草原の民達にこれから協力してもらうっていう第二の目的も達成ね、大成功だわ!)
三人がかりでも叶うのか分からないジャムカの底知れぬ戦闘力と、草原の民の単純さを味わいつつ、天幕を後にする三人であった。
---勝利の宴が終わって---
すっかり酔の覚めたガラハドが、またいつものように神経質な愚痴を吐き出している。
「たまたま祝事があって草原の王様がそっちに飛んでってくれたからよかったものの、オレが負けたらどうするつもりだったんだよ!」
「相変わらずだな~(笑)、しかしお前、酒強くなった?剣の腕もそれに正比例してない??」
「ひぇ~、また始まった~、、、奥の手があったのよ。」
と言って、おもむろに腰につけている、丈夫な麻でできたポシェットの中から種を取り出す。
「ま、また種か、マンドラゴラじゃないだろうな?」
「そんな、一般大衆の前でやったら、死人がでるじゃないの(笑)。こうするのよ。」
と言って、何やら、紫色をした手のひら大で扁平状の種と思しきものを、草原の間から見える地面へ投げて呪文を唱えだした。
《ダーディーションフオジャーダハオチーリァンシー》(地底の住人のおいしい餌)
《ダーディーダーサオチョンズ、ライバ!》(大地の清掃役よ、来たれ!)
すると、紫色の種から肉厚で異臭のする果肉のようなものが辺りに飛び散り、地面に染みこんでいった。しばらくの沈黙を挟んで、突如地面が5mも陥没して巨大な地響きと轟音とともに、直径3mもありそうなミールワームが地面から飛び出す。そのまま噴火するかのように背を伸ばしたかと思うと、地上10mくらいの高さで頭をフリフリ美味しそうに紫色をした果肉を頬張っている。その姿は地獄から異世界の化け物が這い出したかのごとくであった。
「ゲ、ゲゲゲー!!!」
「この騒動の内にミールワームが空けた地下穴から逃げ出すつもりだったのよ。地下穴の護衛役と逃走案内役の巨大ハンミョウちゃん姉妹もいるのよ、見る?」
「え、遠慮しとくよ。お前どんどん悪化してない?その変な土魔法???」
「何よ変な土魔法って失礼な。森の植物や、それを使ってゲテモノ類を操るのは、おじいちゃんの指導を受けて私が発展させてきたオリジナルよ(笑)。」
「かんべんしてくれ~。」
顔面蒼白なガラハドを、引きずり引きずりジャムカの愛馬『ブローズグホーヴィ』のいる馬屋へ向かうリーンとマサムネであった。
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