十七

 翌日の放課後、例によって臨時職員会議を知らせる放送が入り、三々五々教員が会議室に集まってきた。

 管理職が二人ともそろい大方の教員がいることを確認して、議長が会議の開始を宣言し、大道先生が原案を紹介した。

「お手元にある紙に書いてありますとおりで、前回と同じ学校に残す方向です。つまり、謹慎処分にして、きちんと指導に乗ってきて反省等ができたら、また教室に復帰させるということを前提に指導していくということです。今日で事件が起きて1週間になるので、なんとか本日の会議でどちらかの意見が3分の2以上に達しなんらかの結論を出していただきたいと思います。もちろん、合同部会で出した結論の方向になることを生活指導部及び2学年は願っています」

「はい、ただいま原案が紹介されました、これにご意見ご質問のある方は挙手をお願いいたします」

 数人が手を上げ、今回最初に指名されたのは安倍先生だった。

「この原案を見ると、前回否決されたものと同じなのですが、合同部会等ではどのように話し合って前回と同じにすることに決めたのでしょうか」

 大道先生が答えた。

「はい、前回否決されましたが、圧倒的多数ではなく過半数に少し欠けるくらいだったと思います。その後関係各所と相談したのですが、本人や親の様子、2Bの生徒たちの様子、昨今のこの学校を含む地域における生徒指導の流れ等々を総合的に見て、ここで進路変更を求めるのは無理が多いと判断しました」

 川辺先生が発言した。

「前回も言ったのですが、西田君を学校に残すことになった時、どうやって指導していくんでしょうか。もちろん、生徒指導に絶対的な必勝法のようなものはなく、生徒の様子を見ながら地道に一歩一歩やっていくしかないのはそのとおりなのですが、何か特にこういう点に気をつけてこういう指導をしていくという、おおきな方針があった方がいいのではないでしょうか」

 再び大道先生が答えた。

「今の西田君の様子を見るとかなり十分に反省しています。それが元に戻らないように、さらに『暴力はいけない』ということを肝に銘じるように指導していきます。合わせて、こうした事件を起こした以上、二回目に同じような事件を起こした時には次こそ絶対に学校にはいられないということもきちんと本人や保護者に確認させます」

 坂本先生が発言した。

「西田君は、頭の悪い子ではないので基本的には、『かっとしてあんなことをやってしまった、反省しよう、次からはやめよう』という線を中心に指導していけばなんとかなるのではないでしょうか。かなりナイーブなところがあるので、彼のことをよく認めてあげるようにしていくことが大切だと思います。みんなでよく連絡を取り相談しながら指導していくべきだと思います」

 続いて舛添先生が発言した。

「連絡や相談などは今までもやっていたと思いますよ。やはり暴力を振るった子を許して学校に戻すのですから、川辺先生が言われたように、よほどきちんとした指導をする必要があると思います。いつものバイク登校とか喫煙などとはまったく違うと思います」

 その後、10人程度の先生が発言して、やはり今後の指導について心配する声が強く生活指導部の原案は旗色が悪かった。

 ぼくは、現在今後の指導について相談しているのに自分個人の授業や指導のあり方を言うのは見当はずれかなと思い、何も発言しなかった。

 大道先生と栗山先生がごそごそ相談していたが、大道先生が手を上げて議長に対して言った。

「すみませんがここで今から生活指導部と2学年とで別室で話し合ってきたいので、すみませんが職員会議を一時中断させてください」

 議長は副議長や校長とひそひそと相談してから言った。

「それでは、一時中断します。生活指導部・2学年が戻ってき次第再開することにします」

 合同部会のメンバーが会議室から退場した。

 ぼくは、例によって当事者なので参加できないのだろうと思い座ったままだったが、小山先生が呼びに来たので、ついて行った。


 合同部会のメンバーは、大会議室の近くにある小会議室にいた。

 大道先生が言った。

「沢田さん、昨日言っていた内容をまだ話していないけど、今の状況を打開するにはあれを言うしかないと思いますが、どうですか」

「そうですか、でも今は西田君の今後の指導について話合っているので、ここで自分が授業とか自分の生徒の指導あり方について話すのはタイミングがおかしくありませんか」

「いや、そんなことはない。むしろここはそれが必要なんだ。今後の指導のあり方を厳しくつめないと安心できない人が多い原因は、事件のそのものの端的な事実関係はわかっているかもしれないけど、事件が起きた背景とか、沢田さんと西田君との人間関係などが今一つよくわからないからだ。そこがある程度見えれば、みんな今後の指導のことにあんなにこだわらなくなる」

「でも自分は、ある程度正しい事実を言うことはもしかしたらできるかもしれないけど、真実に関してはいろいろある真実のうちの一つであるところの自分にとっての主観的真実を言うことしかできません。それにそれほど大きな意味はないように思います。他の人にとっての真実というのはまた別にあると思います」

「それはそうなんだけど、沢田さんにとっての真実を他に人に伝えることで、他の人にとっての真実が変化する可能性はある。とにかく、ここはそれを言う以外に状況を変える方法はない。今まで、学年と生活指導で話してきたんだけど、結局生徒を辞めさせて沢田さんがどうなるかが心配なんですよ」

「はい」

「それと、事件の時のことになるけど、なんで、事件が起きてすぐに授業を中断して西田君を連れて生活指導部に来なかったの」

「予想外の事件だったので、すぐにそういうことが頭に浮かびませんでした」

「授業を中断して今言ったようにするのが原則だ。それもあって、やはり進路変更という方向はどうも難しいようだ」

 いつものように手を頭の後ろに組み目をつぶっていた栗山先生が口を開いた。

「俺は西田なんか可愛くないぞ。PTAが騒ぎ出したりしたら、沢田さんが困ると思っているんだ」

「わかりました」

 

 生活指導部及び2学年のメンバーが戻り、職員会議が再開されると、最初にぼくが発言した。

「今までの事件及び事件前のことを考えてみると、いくつか問題点があったと思います。前回及び今回の職員会議において2Bで授業をするのが大変だということは多くの先生が言っておられたのですが、でも、今回のような暴力事件が起きたのは自分が教えていた時だけです。その事実を冷静に受け止めてみると、指導方法にうまくないところは確かにあっただろうと思います。生徒相談室で西田君と話したり、授業をつぶして2Bの生徒と話し合ったりしたのですが、自分の言い方は西田君にとってかなり頭にくるような言い方だったようです。一言で言うと、かなり上から目線に聞こえるところがあったようです。最近の高校生が全般的にそうなのかもしれませんが、特にこの学校の生徒はこちらから見るとどうでもいいようなことで傷ついたり怒ったりするところがあり、それにうまく対応できていなかったという面が、確かにあったと思います。それと、襟首をつかまれた時に逃げなかったのも結果的には生徒に罠をはめるような形になっていたと思います。普通、危ないと思ってパッと逃げるとか声を出すとかなにか反応するので、たいていの場合はあの程度のことで暴力事件にはならないことが多いと思います。いろいろ考えてみると、あれで進路変更というのは西田君にとってはかなり運が悪く可哀そうなのではないかと思われます。ですから、自分個人の考えとしては、西田君に対して最善を尽くして指導を行った上で学校に残す方向がいいのではないかと思います」 

 ぼくが椅子に座ると間髪入れず川辺先生が手を上げ、指名されると同時に立ち上がり男のような太い大きな声でしゃべり始めた。

「沢田先生の発言は、ぼく汚いから殴られました、ぼく馬鹿だから殴られましたみたいな発言で、可哀そうで気持ち悪くて聞いていられなかった。どうも誰かに言わされているような雰囲気でした。今話題になっていることは、もし西田を学校に残すのであれば…、もしですよ、学校に残してしまうのであれば、それ相応のちゃんとした指導をしないと駄目なんじゃありませんか。その案を示してください。ということなんです。そんな沢田先生個人の感想を聞いている場合ではありません」

 川辺先生の声には、何かに憑かれたような異様な熱っぽさがあった。

 大道先生が発言した。

「沢田先生の言われたことが沢田先生個人の感想であることは確かに否定できませんが、それと同時に、事件が起きるまでの流れを当事者として真面目にできるだけ正確に話していたと思います。この流れというものを、一つきちんと押さえた上でこの事件について見ていくことも大切だと思います」

 続いて舛添先生が発言した。

「感想みたいになってしまうのですが、確かに沢田先生の言われたことは教育的でいいと思うのですが、反面どうやって西田君をこれからどうやって指導するのか、まだはっきり見えていないような気がするのです。正直私も、もし採決になったら手をあげようかどうしようか迷っています。もう少し何か踏み込んだ意見なり、あるいは感想でもいいのですが、今回の事件に関連することを知っている人に話してもらいたいと思います」

 栗山先生が発言した。

「確かに、西田はなかなか難しい生徒です。でもああいうタイプの子は真面目に辛抱強く指導していけばよくなる要素を持っている。と思います。こういう発言は直感的で非論理的だと思われるかもしれないけど、西田は確かにどうも自分勝手で汚いところがあるが、今まで1年以上つきあってきた経験で言えば、話すとわかるところもある。わりあい単純で純真な部分も持っています。今すぐに、『こうやればかならずよくなる』という指導法を端的に言うことはできないけど、ここは2学年及び生活指導部にまかせてもらないか。というのが私たちの考えです」

 羽生先生はミュージシャンのように口髭を蓄え、長身で瀟洒な身なりをした中年の男性の先生で、教科は数学を教えている。外見に似合わないざっくばらん言葉遣いによる物言いをするところから「インテリヤクザ先生」というニックネームがある。この事件に関する職員会議では初めて発言した。

「俺は、沢田の発言は、様子がよくわかってよかったと思う。あの発言で俺は、原案に賛成しようと思った。参考になるかどうかわからないが、俺が10年くらい前に定時制に勤めていた頃は、『やられたらやり返してもいい、ただし絶対に過剰防衛にならないようにする』という対処の仕方をしていて、殴った奴を柔道の背負い投げで投げ飛ばしたこともあった。もちろんそれはお相子だから、全然生活指導部に持ち込んだりはしなかった。まあ、時代が変わってきて、今そういうふうにはできにくいのかもしれないけど、精神としては悪くないような気がする。俺の考えだけど、沢田君本人がああいっているんだから、それでいいんじゃないかと思う。それと、余計なお世話かもしれないし、俺も反省した方がいいんだけど、この職員会議はどういうわけだか、俺みたいなおじさん、つまり中高年の男の発言が少ない。黙々と働くばかりが能じゃあなくて、言うべきことは言った方がいい。この学校の中高年男子はどうもみんなの前で説得力のあることを言うのが苦手な奴が多いような気がするが、この問題は大事だし、必ずしも『論理的に物事を証明する』みたいなことでなくても、多分に情緒的なる感想のようなことでももしかしたら人様の参考になるかもしれないので、遠慮しないでどんどんしゃべった方がいいと思う」

 この発言の後、今まであまり発言しなかった中高年の男性の先生も積極的に発言するようになり、以下、10人程度の教員が発言した。

 はっきり原案に反対だという意見はなかったが、原案を支持する意見・懐疑的な意見・まだ迷っているという意見が入り乱れた。

 ぼくは、教師はみんな教育に関しては自分の言葉を持っているんだなと思った。

 それは、当たり前のことかもしれないけど素敵なことだと思った。

 議長が発言した。

「議論が熟してきたとは言えないかもしれませんが、ある程度意見が出尽くしたようでもあり、時間も遅くなりましたのでそろそろ採決したいのですが、採決の前に言っておきたいことがある人はいますか」

 麻生先生がそろそろと手を上げた。

 麻生先生は、この学校が2校目でこの学校に来て2年目の20代の女性。

 前にいた学校で、文化祭の出し物でバンドのボーカルを担当して人気者になり、男子生徒に追いかけられてノイローゼ気味になったという噂がある。

「あまり論理的な意見ではないかもしれませんが、最後なので私も発言することにしました。なんとなく、西田君を学校に残すようにしないと困ったことが起こりそうな気がします。根拠のない情緒的な意見ですみません」

「他になにか、言っておきたいということがある人はいますか…。それでは、お手元の紙に書いてある原案、もう読み上げませんがそれに賛成の方は挙手をお願いいたします」

 ぼくは、速やかに手を上げ、見るともなく周りを見た。

 かなりの数の手が上がっている。生活指導部及び1学年の先生が全員手を上げ、それ以外でも7割くらいは上がっている。舛添先生も手を上げている。川辺先生は最初上げていなかったが、周りの先生と何か小声で話してから、考え直したのか最終的には上げた。

 議長と副議長が手分けして、出席者数及び上がっている手の数を数え、黒板に書いた。それから例によって、議長・副議長の意志を確認して数字を修正した。

「えー、47人中39人。賛成が3分の2を超えているので原案可決です」

 どこからともなく「ほーっ」という複数のため息が聞こえてきた。

 校長・教頭もほっとしたような顔をしていた。

 大道先生が発言した。

「みなさま、真剣な討議をしていただき、また原案を可決していただいてありがとうございました。西田君の指導は、生活指導部が2学年と協力しながら真剣に指導して参ります。また後日、謹慎解除の提案かまたはそれに代わる提案をすると思いますので、その時も今回のような真剣な討議をお願いしたいと思います」

 栗山先生も発言した。

「今回の事件は、沢田先生の授業中に起きたことではありますが、間違えなく他でもない自分のクラスで起きたことですで、今後クラス内の人間関係等にも今まで以上に気をくばって指導していきます。学年としても、他の学年の先生と協力して今後このようなことが起きないように、今回の事件がいい方向に生きるように指導していきます。今後ともよろしくお願いいたします。それと、個人的な思いになるかもしれませんが、今回の事件に関する職員会議は合計3回に及び、とても時間がかかって多くの先生方の貴重な時間を奪う結果となった一方、先生方が真剣に考えて話されたいろいろな意見を聞くことができ、いろいろな先生の思いを知ることができてとても有意義でした。もちろん先生方がそれぞれの視点から考えているので意見の違いはありましたが、そうした違いがあることを知ることも大切で、全員が一緒に同じ場所で同じ問題について真剣に考えているという一体感・味わいの深さは、教員集団が力を合わせて教育活動を行っていくうえで大変に貴重なものだと思います。これは、職員会議で多数決をとって物事を決まるという制度があるからこそ存在するのだと思います。今後もこうした職員会議を中心とする学校運営システムが続くことを願っています」

 最初は3人くらいだっただろうか。まばらな拍手が起き、ぼくもそれを聞いて拍手した。拍手する人数はどんどん増え、管理職を除くほとんど全員が笑顔でしばらく拍手を続けた。

 こんなことはこの学校に来てから初めてのことだった。

 拍手が止むと川辺先生が発言した。

「ただいまの栗山先生の発言は、大変立派で、さすが体育科でも組合に入っている人だなと思いました…」

 ここであちこちから暖かい笑い声が聞こえ、その中で川辺先生は発言を続けた。

「…ですが、別件になるのですが一つよくない噂を聞いたことがあります。それは、栗山先生が最近、印刷室に沢田先生が試験問題の原版を置き忘れたのを利用して、『生徒が試験問題を持っていた』という嘘をついて沢田先生をからかい、沢田先生に試験問題を作り直すように言った、という噂です。試験問題というのは教員にとってとても大切なものですから、そういういたずらは悪質だと思います。そういうことをしていると、沢田先生も『先生の担任のクラスで授業をしていてこういう困ったことがある』『あの生徒にはどう接したらいいのだろうか』といった相談を栗山先生にしづらくなる。もちろんそれが、今回の事件の直接的な原因だと言うこともできないし、間接的な原因であると証明することもできませんが、そういうことを止めることで、教員同士の相談や連絡・連携などがやりやすくなり、今回のような事件が起きる可能性を減らすことができると思います」

 これを聞きながら頷いている教員もけっこういた。

 栗山先生が応えた。

「確かに、そういういたずらをしたことがあった…、けど、でもあれは一瞬そういうことを言ったけど、すぐに本当のことを伝えた。うーん、ただし、それでもやはりああいういたずらはよくないと思うので。そこは反省します。今回の事件も一つのきっかけして、これからはそうしたくだらない悪質ないたずら絶対やらないことにします。自分もそうなのだけど、どうも教員社会には先輩からやられて嫌だったことを後輩にしてしまうという困った伝統のようなものがあり、それはどこかで断ち切らないといけない。自分の代でそれがなくなるように、30代後半の会みたいなものを作って同世代でお互い注意し合ったりして努力していこうと思います」

 再び盛大な拍手が沸き起こった。

 拍手がやむと校長が穏やかな表情で、「これからが肝心です」「生活指導部及び1学年の先生には、難しい指導をお願いいたします」等々形通りのことをしゃべり、議長が閉会を宣言した。

 職員会議から出る時に、栗山先生から言われた。

「確かに、あのいたずらは悪かったな」

「いえ、私が置きっぱなしにしたのもよくありませんでした」

 試験問題のことは、どうも変ないたずらをされて気分が悪かったのだが、あれは「ちょっといたずらしてやろう」くらいの軽い気持ちでやったことで、悪気があってやったのではなかったのだろうと思った。

「今は…、つらいだろうなあ」

 せっかく謝ってくれたのに一言多い人だなあと思った。どうも言い方が上から目線だ。

 でも、栗山先生としては一生懸命気を使って声をかけてくれていたのだろう。本当は、栗山先生は気のやさしいいい人なのだと思う。

 ぼくは少しアマノジャクなので、「それは見当違いな推測ですね。全然つらくありませんよ」と正直に言いそうになったが、それも大人げないと思い「はあ、ありがとうございます」と答えた。

 別につらくはなかった。でも、ほっとしたことは確かだった。

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