ぼくは底辺高校教師をして心が壊れました

tsutsumi

第1章 職員会議

 秋晴れの土曜日の午前、3時間目の授業をするためにぼくは2年B組の教室に向かっていた。

 ぼくが高校の英語の先生になって最初に勤めたP高校はいわゆる底辺校で、いろいろと個性的な生徒やその子なりの弱さを持っている生徒が多く、その中でも特にこの2年B組は油断のならないクラスで気をつけなければいけない生徒が多く、欠時が多い米山さんという女の子もその中の一人だった。

 米山さんはまだ10月なのにもうすぐ年間欠時オーバーになりそうな科目がいくつかあり、その中に英語も含まれていた。年間欠時オーバーというのは、その教科の欠席時数が一定の時間数をオーバーして、いくら試験でいい点をとっても出席時間数が足りないために単位が取れない状態のことである。

 教壇に上がって生徒たちの様子を見ると、いつものことだが、机に伏せて寝ている生徒、おしゃべりに夢中になっている生徒、マンガを読んでいる生徒、等々思い思いの過ごし方をしていて、どんよりとした空気が漂っていた。

 号令をかけても立つ生徒はまばらだ。

 一人一人名前を読んで出席を取った。

 欠席者は5名。少し多めだが、土曜日はずる休みする生徒が多いので珍しいというほどでもない。

 米山さんも欠席だった。米山さんは、小柄小顔のおとなしい地味な生徒で授業に出てくれば真面目に勉強するが、どうも学校に来るのが大変らしい。2学期に入ってから各教科で欠席が増えてきていた。

「うーん、今日も米山さんは休みか」

「欠時がやばいんですか」

 どこかで、男子生徒の声がした。

「そうだね。あと1時間で年間欠時オーバーだ。誰か仲のいい生徒がいたら教えてあげて」

 それに応える声はなかった。あまり仲のいい友だちもいないのだろうか。


 4時間目も授業だったので、それが終わり放課後になってから、2年B組担任の栗山先生がいつもいる体育科に電話した。

 電話に出たのは、鈴木先生という女性の先生だった。

「栗山先生いますか」

「今日は出張で学校には来ていません。何かあったんですか」

「それが、米山さんがきょう欠席したので、あと1時間でアウトなんです」

「米山さんだったら私も授業を持っていて知っているので私が家に電話して言っておく」

「よろしくお願いします」

 ぼくが電話をしていた場所は生活指導部の職員室だった。

 その高校は、大職員室というものがなく、生活指導部・教務部・進路部・図書部の分掌の職員室と、英語・数学・社会・理科・家庭科・体育科・美術・音楽という教科の職員室があった。担任を持っていない人は自分の分掌の職員室にいて、担任を持っている人は教科の職員室にいることが多かったが、体育科の先生は分掌の職員室よりも体育科の職員室にいることの方が多かった。


 次の週の月曜、5時間目に2年B組の授業があった。

 例によって教室は雑然とした雰囲気で、昼休みに弁当を食べた後なので、大多数の生徒は眠そうな顔をしていた。

 それは別にいつもと同じ普通のことなのだが、米山さんの顔が見えない。

 ただし、20分以内に来れば遅刻扱いだが欠席にはならないので、それに期待をかけることにした。遅刻3回で欠席1回という内規があるので、もちろん遅刻もしない方がいいのだが、とにかく、今日欠席扱いになると欠時が切れてしまう。

 授業を始めたが、時々時間を気にしていた。

 10分経ち15分経っても米山さんは現れない。

〈困ったな〉

 担任の栗山先生の顔が頭に浮かんだ。

 腕時計を見ると19分経過している。そして20分、21分。時計は容赦なく時を刻み、米山さんは欠時オーバーになってしまった。

「うーん21分すぎてしまったな」

「米山さんのことですか」

 やはり、どこかで男子生徒の声がした。

「そうなんだ」

 ちゃんと学校に出てくれば真面目に勉強する子なので、できれば何とかしてあげたいが規則なので仕方がない。


 放課後、生活指導部に内線電話がかかってきた。

 呼び出し音で外線か内線かわかる。このタイミングなので、2年B組担任の栗山先生からかもしれないと思った。

 もしそうだとすれば、向こうからかかってくる前にこちらから電話した方がよかった。

「先週の土曜日、米山さんが休んでいて体育科に電話しました。それで鈴木先生が出て…」というふうに、鈴木先生が「米山さんの自宅に電話する」ということを言っていたことなどを伝えてから本日欠時切れになったことを言えば、ちゃんと生徒の欠時のことを気にしていたことが伝わる。どうも自分の動きがのろかったなと思った。

 緊張しながら電話をとった。

「もしもし」

「あー」

 やはり、栗山先生の声だ。

「栗山先生ですか」

「そうだ」

「…」

「だまっているんじゃない。あー。米山の欠時はどうなってるんだ」

「えーと、そのことなんですが…」

「生徒の話だと米山の欠時が切れたそうじゃないか。あー。ちゃんと切れる前に言ってくれないと困る。ちゃんとしろ」

 そこで電話はガチャンと切れた。

 最低限のことはしたと思うのだが、鈴木先生の方から話が伝わっていないのかもしれない。

 ここでそれを説明しても、栗山先生は怒っていてあまり話を聞かないかもしれないと思ったこともあり、また折を見て説明することにしたのだがこれも失敗だった。「すみませんが落ち着いて下さい」などと言って、ちゃんと事実を聞いてもらうようにした方がよかった。職員室も違い、自分にちゃんと説明しようという意識が低かったこともあって、結局説明するのはだいぶ後になってしまった。

 その頃は、まだ担任を持ったこともなく、生徒の欠時切れが重要だという意識が低かったのだと思う。

 今考えると、いい加減な責任逃れをするとか無理な言い訳をするといったことではなくてきちんと事実が伝えるのだから、できるだけ早めに言っておくべきだった。

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