微笑みは爆弾

 ぴんぽーんとインターホンをひとつ。部屋の鍵はもらったし、これから行きますという連絡もしたけど、やっぱり「来ましたよ」という合図はしておきたい。


「いらっしゃい」

「こんにちは。ついでだったので買い物もしてきました」

「ありがとう。えっと、冷蔵庫とか勝手に開けてもらっていいし」

「それじゃあ、改めましてお邪魔します」


 夏に宏樹さんと出会ってから、食事療法のお手伝いという名目でおうちにお邪魔してはご飯を作ったり簡単なレシピを教えたりしてきた。宏樹さんは病み上がりで、食べる物にもある程度制限がかかっていたから。

 そうやって一緒に過ごしている間にいつしか惹かれていて。それが男の人として好きなんだなって気付いたのは最近だったけど、宏樹さんも同じ風に思ってくれていたみたいで。そんなこんなでお付き合いを始めて、新しいマンションの台所で冷蔵庫チェック。


「……宏樹さん、ちゃんと食べてました?」

「あの、さとちゃん怖いです」

「冷蔵庫の中におうどんしか入ってないってどういうことですか」

「最近面白い本が手に入って、それを読んでたらついうっかり買い物はいっかーって。うどんで食い繋いではいました、はい」

「本を読むのもいいですけど、規則正しい生活をしてくださいね」

「はーい」


 買い物してきて本当によかった。きっとこんな感じで無理がたたって体が悲鳴を上げたんだろうなあ。倒れたときの詳しい話を聞いたわけじゃないけれど、そんな風に想像をしてしまう。

 どうして倒れたときの話を聞いてないのかと言えば、宏樹さんなりの気遣いらしい。グロテスクなものやホラーは確かに苦手だけど、その時の宏樹さんがどう辛かったのかはいつかちゃんと聞いておきたい。


「そう言えばさ、俺、気付いたこと言っていい?」

「はい」


 冷蔵庫チェックを粗方終えて、カフェインレスのお茶でおやつの時間にしながらまったりと向き合う。宏樹さんは何に気付いたんだろう。


「俺たちって、互いの素性あんま知らなくない?」

「……言われてみれば知りません!」

「でしょ? だから、改めて自己紹介をする必要があるなと思いました」


 恋人として付き合い始めたけど、互いの素性はまだまだ謎に包まれていた。あたしから見た宏樹さんは呪いの民俗学を勉強してる怖そうだけど優しい学生さん(先輩)だし、宏樹さんから見たあたしって? 料理や家事の出来る子みたいな感じなのかな。


「長野宏樹。青敬文学部史学科の3年。専攻は呪いの民俗学。長篠出身。好きな食べ物はお子様スパゲティ」

「えっと、糸魚川沙都子です。青葉女学園大学生活科学部、管理栄養学コースに進みました。趣味は読書と手芸で、妹がいます」

「はい、質問タイム。さとちゃん何かある?」

「あっ、はい。えっと、サークルとかには入ってますか?」

「そうだね、入院してからはあんまり行けてないけど」

「そうですよね。もしかして、オカルト部的な…?」

「違うよ。放送サークルで映像作ってる。って言うかハマちゃんと知り合いの時点でちょっと察したけど、さとちゃんもその筋の子だよね」

「その筋って。でも、ハマちゃんの先輩っていうことは、言われてみれば……」


 その筋がどの筋かと言えば、それはもう、インターフェイスしかないわけで。青敬さんてあまり人も来ないイメージだし印象に残りにくいから全然覚えてないしハマちゃんの印象くらいしかないのが正直なところ。


「サークルの先輩に俺の事、話した?」

「えっと、紗希先輩には宏樹さんとは言ってないですけどこれこれこういう事情で食事療法のお手伝いを~っていう話は」

「どうしよう、後輩に手出したってバレたら殺されるかも」

「……紗希先輩、あたしに何かあったらその相手の人を捻るって言ってました、そう言えば」

「青女さんて特にそういうのに敏感でしょ、さとちゃんのトラウマの件だろうけど。うーん、さっきーか~……一番怖いんだよなあ。あっ、俺何気に前対策委員だからさっきーと面識あるんだけどさ」

「だっ、大丈夫ですっ! 宏樹さんのおかげでちょっとだけですけど強くなりました! 紗希先輩もきっと喜んでくれるはずですっ! だから正直に報告します!」

「うん。俺も男だし、逃げも隠れもしません。さっきーのアポ取ろう」

「えっ、今からですか?」

「こういうのは勢いが大事」


 言うが早いか、宏樹さんは紗希先輩に電話をしてこれこれこういう用事があるのでいついつ会いましょうと約束を取り付けてしまった。見た目に寄らず行動派なんだよね、宏樹さんて。でも、そうじゃなきゃ対策委員なんていうインターフェイスの最前線には出てこないか。


「あの、今更ですけど緊張して来ました。どうしよう、紗希先輩に叱られたら」

「大丈夫。さとちゃんは俺の隣で笑ってくれてれば」

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