アクティブ・インサイド

「……徹、バナナ…?」

「ああ。先に買っておいたヨーグルトと一緒に食べようと思って。バナナヨーグルトってよく聞かないか?」

「朝食の、イメージがある……」


 今さっきそこで会った徹は、コンビニの袋を提げている。中身は大きく太いバナナが1本。ゼミ室の冷蔵庫の中には先にヨーグルトが買ってあって、それと一緒に食べれば軽食程度にはならないかと。

 カードキーでゼミ室の扉を開ければ、先にリンが来ていた様子。どうやら今の時期はバイトのために情報センターにこもりきり。たまに休憩と称してここに来るそうだけど、それもほんの30分ほど。


「ああ、石川に美奈。揃って来たのか」

「今そこで偶然会ったんだ」

「そう、偶然……」

「相変わらず給料泥棒なんだろお前は」

「給料泥棒と言うな。これでも一応センターの保守・保全業務と経験の浅いスタッフに対する教育などの仕事をしている」


 リンはいつものようにチョコチップスティックという菓子パンと紙パックのリプトンミルクティーを合わせて食事をとっているようだった。それが好きなんだろうけど、リンは同じものばかり食べているような気がする。

 すると、一見普通に話しているのだけど、その最中に徹の顔色が少し変わった。視線の先にあるのは、リンの机の上で空になったヨーグルトの容器。これは、もしかするともしかしたのかもしれない。


「リン、ひとつ聞くぞ」

「何だ」

「そのヨーグルトの出所はどこだ」

「冷蔵庫の中にあったが、無記名だったから遠慮なく食った」

「最悪だ、やられた!」


 岡本ゼミ冷蔵庫の掟。何ヶ条かあるけれど、最も重要なのは「個人の所有物には指名を記入すること」という項目。無記名の場合は誰の物でもないということになり、勝手に食べられたとしても責任は問われないのだ。

 そして、無記名の物を食い漁る常習犯がこのリンなのだ。基本大学構内にいるリンは、外に買い物に出ることが私たちと比べると多くない。お腹が空いたと思った時に手元に食べていい食べ物があると……あとはお察し。

 だけど、とても不可解に思った。私の記憶が確かなら、リンはヨーグルトが苦手だったはず。にも拘わらず、180グラムのプレーンヨーグルト(低糖タイプ)はすっかり空にされている。最もヨーグルトヨーグルトしている物であるにもかかわらず。


「……リン、確か、ヨーグルトは苦手じゃ…?」

「いや、ヨーグルトは普通に食うぞ」

「え…? こないだは、苦手だって……」

「オレが好かんのは飲むヨーグルトだ。飲料でない物であれば特に問題はない」

「クソッ、俺の乳酸菌摂取の機会が」

「記名を怠った自分を恨め」

「と言うか、腹が減ったときに目についた物は好きとか嫌いとか関係なく食うのがリンだからな」

「しかし、記名を怠ったお前が悪いとは言え、オレも鬼ではない。ヤクルトを1本恵んでやろう。乳酸菌ならこれでもよかろう」

「そういうことじゃねーんだよなあ……」


 ――と言いながらも、徹は冷蔵庫を開けてリンの所有物だと明記されているヤクルトを1本拝借した。冷蔵庫に並べられた残り8本のヤクルトには、ご丁寧に1本1本フタの箇所に丸囲いで「林」と書かれている。それがリンの印。


「しかし、ヤクルトなんてどうした」

「インフルエンザを予防する意味でな」

「いや、お前今シーズンもうやってるだろ」

「あれはB型だ。混合流行が今シーズンの特徴と言うし、A型をやらんとも限らん」

「何にせよ、俺に関わる以上インフルエンザならびにその他感染症の対策はしてもらわないといけないからな。いい心がけだ」


 徹が安定のシスコンを発揮している……。


「それでだ、美奈」

「……私…?」

「通りがけに販売店があったから覗いてみた。それで、サプリメント的に栄養が付加されたミルミルSを買ってみたのだが、やはりオレはヨーグルトの味のする液体はどうも。2本しかないが、飲むといい。美肌などにも良いとネットで見た」

「……本当…? ありがとう……」

「リンてめえ何どさくさに紛れて」


 結局、徹はバナナヨーグルトが出来なくなって、バナナはそのまま食べることに。コンビニのバナナは大きいからこれでも十分だ、などと強がってはいるけれど、バナナヨーグルトにするんだと楽しみにしていた手前、少し悲しそう。

 私はと言えば、思わぬところで始まりそうな菌活。私も、これを機会にせめて沙也ちゃんの受験が終わるまではインフルエンザ対策という体で、リンと共通の話題を作るという意味でも乳酸菌の摂取を心がけようかと思う。甘さ控えめなものがあればいいのだけど。

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