裏連絡帳に連なる名前と

「あっ、ユキちゃん。来てくれてありがとう」

「どうしたのミドリ、何かあった?」

「あー……えっと、特に深い理由はないんだけど、ユキちゃんと話したいなと思って。ゴメンね、急ぎの用事があるとかじゃないんだ」

「ううん、逆によかったよ。最近深刻な話ばっかりだったし。たまにはのんびり話するのも」


 ひょんなことから、あたしはミドリから秘密を打ち明けられていた。それは、大学に入学するまで5年付き合った彼女の存在と、その彼女が現在ミドリに対して無言電話などの嫌がらせを繰り返してくるということ。

 こないだインターフェイスの1年生で飲んだ時も、ミドリはその元カノさん絡みの悪い夢に魘されていて、よっぽど深刻なんだなあって。携帯を変えて解決するような問題でもないとのこと。誰かしらから辿り着かれちゃうんだって。

 最近はそんな話ばかりをしていたから、深い理由もなく呼び出されたと聞かされて逆にほっとしたと言うか。今では定例会で会うことも増えてるけど、そういうのでもない単純なお喋りの機会には喜んで付き合う。


「俺、最近さあ、バイト先の先輩が持って来てくれた洋食屋のロールパンにハマってて」

「あー、絶対美味しいヤツ!」

「それで、ユキちゃんにも食べて欲しいなって思って今日ちょっと持って来たんだー」

「わー、嬉しい。ありがとー」


 そう言ってミドリがよこしてくれる紙袋には見覚えがある。これってひょっとしなくてもお姉ちゃんがバイトしてるお店のパンだ。


「あたしのお姉ちゃんがさ、ここのお店でバイトしててさ」

「えっそうなの!? なんかゴメンじゃあ絶対知ってるよね」

「ううん、お姉ちゃんはパンを持って来てくれたりはしないからさ。んー、いい匂い」

「先輩は1個なら20秒くらいあっためれば十分だって言ってたから、ユキちゃんもやってみてー。ふわーっとして美味しいよー」

「うん、帰ったら食べるねー」


 ロールパンに始まり、昨今のほうじ茶ブームのこと、だし巻き玉子を挟んだサンドイッチの話。気付けば食べ物の話ばっかりだったけど楽しい話題ばっかりで、ミドリの顔もにこにこしてて楽しそう。

 元カノさんに関係する話をしてるときのミドリは申し訳なさそうと言うか、しんどそうな感じがひしひしと伝わって来てたから。少しの間だけでも忘れられてるなら、それはいいことだと思う。


「それでね、こないださと先輩がね、かわいいがま口ポーチを作ってくれて。これなんだけど」

「わー、さすがさとちゃん先輩。すごいなー、わー、いいなー」

「あっ、もちろんお金は払ったよ!? でもこれで1500円って安いよねえ」

「うん、安い」

「あー、よかったー。ミドリくらいだよあたしと価値観を共有してくれるのー。ハンドメイドだから安いのが当たり前じゃないんだよね!」

「そうだよ。むしろハンドメイドだからこその価値とか、作り手さんのこだわりを細かく見たいよ」

「さと先輩、こんなのがいいなーって言ったらわかったよーってすぐ直してくれちゃうけど、只事じゃないよねえ」

「うん、只事じゃない。青女さんてさとちゃん先輩が基準だから多分その辺の感覚が麻痺してると思う」

「だよねえ!」


 あたしとミドリは勉強してることがちょっと似てるし、モノづくりの分野に興味があるのも一緒。だからこういう趣味の話になると本当に楽しくって。時間がどれだけあっても足りないし、何なら現物を見せ合って話したいよね。


「あの……えっと、ユキちゃん」

「なに?」

「俺の、本当のって言うか……2台目の方の連絡先、伝えていい?」

「2台目?」

「格安で2台目のスマホを持ち始めて。メイン機の方は割と見てないことも多いから。それで――」

「誰にも言っちゃダメなヤツなんだよね。大丈夫、任せといて」

「ありがとう」


 そしてミドリは2台目のスマホのアドレスを教えてくれた。何がきっかけで人と人が繋がってわーってなるかわからないから本当に全然言ってないんだとミドリは言う。それだけメイン機が大変なことになってるんだなあって。


「あっ、ユキちゃんインスタとかやってたっけ?」

「うん、やってるよー」

「フォローしていい? 俺は記録用と勉強用に始めたんだ」

「ミドリがSNSって変な感じ」

「今までは足がつくからやってなかったんだけど、2台目でひっそりと」

「記録用なら完全プライベートだよね。写真楽しみー」

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