熱の長さ

「うーい、カナコー、コーヒー淹れてくれー」

「ふう。しばし休憩だ。ああ、綾瀬、湯を沸かすならオレのミルクティーを淹れられるだけの分量をだな」

「はーい、ただいまー。……っと」


 お湯を沸かそうとカナコさんが立ち上がった瞬間。足がもつれ、ふらりと身体が崩れる。林原さんが咄嗟に手を差し出してくれたからそのままバターンとは行かなかったけど、よく見ると顔色が悪いし表情もちょっとしんどそうだ。


「おい綾瀬、何をやっとる」

「すみません雄介さん、すぐにお湯沸かしますね」

「いい。オレがやる。お前は座ってろ」

「リンのヤツ、カッコつけやがってよぉー」

「どこをどう見たらそうなるんだか。センターへの人的・物的被害を出さんためだ」


 座っている間も何かお仕事しましょうかとカナコさんは言っているけど、休んでて欲しいなあって思う。でも、カナコさんは自称の研修生だし、何かしらの仕事をしなきゃ居場所がないっていう焦りもあるのかもしれない。


「で、カナコ。生理か、風邪か」

「寝不足だと思います。イベントが近くて衣装作るのと体を作るのにバタバタしてて。部活もありますし」

「フン。コスプレも演劇も身体が資本だろうに、睡眠を疎かにするとは言語道断だな。それでなくてもお前は食が偏り過ぎている。あれでは美を作るどころか命を削るようなものだろう」

「ははーっ、全くその通りでございます」

「相変わらずお前は容赦ねえなあ、リン」


 林原さんは例によってカナコさんに容赦ない。だけど言っていることは第三者の俺が聞く限りでもご尤もだから、今回の件に関しては多分林原さんの言っていることが正しい。

 カナコさんはコスプレ趣味と演劇部の演者として日々ストイックな生活を送っている。美と健康にも気を遣っているし、肌ケアやプロポーションの維持にはかなり気合を入れているなあという印象がある。

 ただ、確かに食が極端だなあっていう気がするんだよね。おからパウダーやナッツ類、それからヨーグルトの印象が強いけど、ごはんとかパン、それから肉や魚のイメージがほぼ皆無と言うか。烏丸さんのカロリーメイトと食パンに通じる物がある。


「命を削るように燃え上がる情熱は、私の永遠の憧れで」

「例の先輩さんですねー」

「フン、下らんな」

「林原さん、確かに先輩さんが実在するかは微妙ですけど」

「いや、オレは非実在先輩の話をしているのではない。情熱で命を削って、結果燃え尽きてはどうしようもないという話だ」

「ほっほーう。自称・今世紀最後の天才のリン様よォ、天才薄命っつー言葉もあんじゃねーかよ」

「オレの持論だが、天才であるならより多くの功績を残し、次に繋ぐべきだと考えている。死んで盛られる評価になど価値はない。尤も、このご時世、死んで名が上がることなどなかろう」


 何か、意外だなあって。林原さんは天才を自称しているし、何か大きな発見をビターンって当てて成り上がるっていう、ギャンブル風な感じに考えているのかなあって思っていたから。だけど、瞬間最大風速だけが強くてもダメだって。繋げていかなくちゃいけないって。


「その点、科学に失敗はない。実験などで思う結果が得られずとも、こうではなかったという答えをひとつ得られたというのが目に見えてわかる。長い目で見なければならんのだ。時間がいくらあっても足りんくらいだ、簡単には死ねん。基礎研究が終わったくらいで世紀の大発見を気取ってポックリ逝くなど、つまらんではないか。経験と年月を積み重ねて初めて見えるようになるものもあるだろう」

「雄介さんの考え方も素敵ですね。先輩が、舞台の作業中に死ぬなら本望って言ってるタイプの人で、そういう明日だけを見る情熱や熱さに憧れてて。でも、雄介さんの、長い目で見る情熱も、素敵だなと」

「下らんことをほざく暇があるなら体力回復に努めろ。体調管理も出来ん研修生などこの場には要らんぞ」

「おっしゃる通りです…!」


 才能の使い方や、対象への熱量と火力にもいろいろあるんだなって。確かに林原さんは自称の天才かもしれないけれど、どう転んだって失敗じゃないんだって次に進む力があるなら積み重ねで本当に凄いことをしでかすかもしれないなって。そりゃあ簡単には死ねない。

 その点、俺はどうだろう。今のところコツコツと勉強しているくらいしかないんだけど。まあでも、夢見が悪いことを除けば睡眠時間は取れてるし、今のところ大きな病気もしてないから元気にやろう、そうしよう。


「おいリン、お前カナコのことも長い目で見てやれよ」

「そもそも、勝手に居座っている奴を研修生扱いする必要もないくらいですが」

「センタースタッフになりたいという情熱で事務所を燃やせばいいですか!」

「よさんか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る