何が変わって僕はどうなる

 無事に秋学期を迎えて、大きく変わったことがいくつか。まずは、車を持つようになった。行動範囲がグッと広がったよね。もうひとつは、単位交換制度で週に1回、火曜日は緑ヶ丘大学に通うようになったこと。

 俺の専攻は呪いの民俗学。その凄い先生が緑ヶ丘大学にいて、その先生の授業が制度の対象だって知って即申し込んだのが去年の事。初夏の頃に入院してどうなるかと思ったけど……よかった、元気になって。


「宏樹先輩、ようこそ緑ヶ丘大学へ」

「やあモッチー」


 高校の後輩が緑ヶ丘大学に進学したとは聞いていたから、久々に連絡を取り合って落ち合う放課後。青敬と比べても緑ヶ丘は広いし、まだ慣れない。見る物見る物が新鮮だ。

 俺とモッチーは高校では同じ神秘現象探究部……平たく言うとオカルト部に所属してたよね。2人とも、今じゃオカルトとは関係ない部活やサークルに入ったみたいだけど。


「ええと宏樹先輩。言ってなかったと思うのですが、僕、家の事情で名字が変わりました」

「えっ、望月じゃなくなったの」

「はい。望月実苑改め浦和実苑です」

「まあ、モッチーはモッチーだし俺はそう呼び続けるけどね」

「僕は構いませんし、宏樹先輩が変わりなくて心強いですよ」


 モッチーに連れられるまま足を運んだのは緑大のクラブハウス。美術部の部屋に通されれば、粗茶ですがと出される紅茶。


「部室に冷蔵庫なんてあるんだ」

「うちの部活は結構やりたい放題してるみたいです。金魚も飼ってます。デビッドとゴライアスです」

「あ、ホントだ。かわいい。……って、そうじゃなくて。ごめんモッチー、俺紅茶やめたんだよね」

「え、そうなんですか。高校の時は好きでしたよね」

「言ってなかったけど、俺、消化器系やらかして5月に入院したんだよね」

「ああ、お茶のカフェインが良くないんですね」

「さすがモッチー、話が早い」


 相手が違えばもっと深く突っ込んだところまで根掘り葉掘り詮索したりされたりしていたかもしれないけど、俺とモッチーは「だから何?」とこれまでと変わらない姿勢を決め込んでいるのが楽だ。

 家の都合で名字が変わったとか、死にそうになってしばらく入院してたとか。パッと聞くと結構な変化だとは思うけど、そういう外的なことって、変わらない内的に安心してるから割とどうでもいい。


「羽椛先生の授業はどうですか」

「楽しい。毎週火曜日が生きがいになりそう」

「そろそろ社会学部の1年生は、来年度から所属するゼミの希望届を提出する時期になるんです。僕は羽椛先生のゼミに申し込もうと思っています」

「えー、いいなあ。本当に羨ましい」

「毎年倍率もそこまで高くないような感じらしいので、申し込めば大体の場合で通るらしいんです」

「ゼミに落ちるとかあるの」

「お昼の時間にラジオをやっているゼミは社会学部の花形で、人気があるんですよ。毎年倍率は2倍近くになるそうで」


 部活やサークルの課外活動ではオカルトの道から外れたけれど、大学の勉強としてもっと深いところに突っ込んで行っている。本当に、勉強が楽しくて仕方ないよね。

 考えようによっては入院で伸びた在学期間も、より長く勉強をしていられる時間になるかもしれないし。あー、働かずに研究してたいなー。3年生としてはダメな考えだろうけど。


「……何か隣の部屋から音してる?」

「隣は放送サークルさんなので、多少の音はご近所付き合いの範囲ですね」

「ふーん。今って誰がいるのかな。覗いてみてもいいかな、どうしようかな」


 とは言っても用事があるのは高崎だけなんだよなあ。他の子はあんまり面識もないし、高崎がいなかったら肩透かしなんだけど。ああ、それならそれで知らない人の体でここに帰って来ればいいんだ。


「ちょっと隣チラ見してくる。あっそうだモッチー、後でちょっと頼みたいことあるから覚えといて」

「わかりました。いってらっしゃい」

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