魅惑のランダムダンジョン

「浅浦テメーマジでふざけんなよ」

「俺よりも俺の部屋でくつろいでるんだから模様替えの手伝いは義務だろ、お前がふざけんな」


 慧梨夏もいないしバイトもないし、他の友達も捕まんなくて一人で暇だしというときは、浅浦の部屋に転がり込むことが多い。今日も浅浦の部屋に転がり込もうとしたら、留守だった。

 浅浦(と書いてルビは“引きこもり”)のクセに外に出てんじゃねーよと思って帰ろうとした瞬間、家主は本屋の手提げ紙袋と共に帰宅。マイベストフレンド! そんなようなノリで部屋に転がり込み、さっそく定位置のロフトに陣取った瞬間のことだった。

 まあ、手提げ紙袋が出てくる規模の買い物っていうのはお察しなワケで。浅浦が結婚情報誌的な分厚い雑誌を買う習慣はなく、袋の決め手は量。そうなると浅浦は部屋の、と言うか厳密には本棚の模様替えを始めるんだよな。ちきしょい巻き込まれたか。


「で? そんだけ買い込んでどうした」

「大きな本屋は品揃えも違うだろうなと思って星港駅の百貨店の中にある本屋に行ってきた。ウチの店じゃ次いつ入るかわからないような本も、大きい店ならあるかと思って」

「なるほどなとは思う。でもこれいくら買ってんだ」

「5000円を超えた頃から計算するのをやめた」

「バカじゃねーの」

「いや、バカはお前だろ。5000円の本を買ったんじゃなくて積もり積もった結果だ。ネットショップにはない楽しさが実際の本屋にはある」

「だからって文庫ばっかこんなに買うかね。ハードカバーで持ってるヤツもあるじゃねーか」

「ハードカバーはハードカバー、文庫は文庫だ」


 浅浦曰く、ハードカバーは本腰を入れて読みたいときに向いていて、文庫はながら読みも出来るお手頃感、お気楽感があるとのこと。あくまで浅浦個人の意見らしいけど俺にはよくわからない。

 さて、さっそく買ってきたそれを選別してどれをどこの本棚に入れるのかを吟味する作業が始まるのだ。俺が今陣取っているロフトの本棚は、読み流していても大丈夫なくらい内容を覚えている物が入る棚だ。


「でも実際大きい店はいいぞ。何がどこにあるとかを検索する端末とかがあるんだけど、敢えて使わずに歩いて」

「迷いそう」

「お前は絶対迷う。それで、やっと文庫のコーナーにたどり着いたら品揃えが半端ない。行く度変わるし。端末使ってないから、まずはお目当てを確保しようと思ったんだけどどこにあるのかわからなくてその辺にいた文庫担当っぽい人に聞いてさ」

「本末転倒じゃねーか。つか端末あるなら使えよそんなことで店員さんの仕事邪魔すんな」

「俺は別に自分が聞かれても邪魔だと思わない。それで、その人に目的の本の場所まで連れてってもらってからが長かった。楽しくて久々にテンション上がった」

「まあ、熱量とか口数とかが気持ち悪いっつーことだけは言っとくぞ」


 日頃は淡々と喋る浅浦が、今日は何かトークのピッチやら口数やらテンションやらが違いすぎる。もしこれがMBCCでやってる番組だったならアナウンサーのキャラが完全に崩壊してるっつってミキサーから苦言を呈したいくらいには。

 この話でわかったのは、デカい本屋は豊富な品揃えが楽しいというのと、その広大な敷地を俺は迷わずに歩けないということだ。ウチの店がそこまで広くなくてよかったと思う。もし俺が広い店で目的のコーナーまで案内してくれと言われても自信がない。


「はい、これロフト分」

「へーへー」


 浅浦から受け取った文庫の束を、作者順に並んでいる本棚の中に突っ込んでいく。と言うか、本をバカみたいに買う割に部屋は狭くなってない気がする。マメに実家にでも持って帰っているのだろうか。車があるとそういうのも苦じゃないしな。

 パウダークッションに寝転んで、ロフトの上から浅浦が本棚を整理するのを眺めるだけの仕事。よくやるな。まあ、俺も慧梨夏の部屋で本棚の整理はするんだけど。それに俺が買うのは主に雑誌だし、自炊して処分する物はしちまうから。


「えーと、これはそろそろいいかな」

「それ、実家に持ち帰んの?」

「いや、ベッド下」


 そう言って開かれたベッド下の引き出しを見て俺はドン引きした。確かに収納スペースではあるけど見事に本しか入ってない。バカじゃねーの。


「いや、それはねーわ浅浦。それはない」

「俺が月に何冊読んでると思ってんだ。お前にわかってもらわなくて結構」

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