経験値のうま味

 9月も後半に入り、いよいよ秋学期の入り口が見えてくる。履修登録のことに関しても本腰を入れて考えなければならない。尤も、3年後期にもなると必要な単位はほぼほぼ取り切ってしまっていて、どこに全休を持ってくるかという考え方になるのだが。

 それと、俺の場合履修とにらめっこをしながら考えるのは自分の予定だけではない。サークルの昼放送のペア決めという大事な仕事がある。1年から3年までが名を連ねるのは秋学期だけだ。実力だけでペアを決められないのは履修の都合にある。


「高崎」

「よう岡崎。呼び出して悪いな」

「何の用だった?」


 俺が物事をじっくり考えるときには、図書館の自習室に籠もることが多い。緑大の図書館にはいくらか自習室があって、俺が使うのはその一番狭いタイプの部屋だ。家やサークル室だと如何せん誘惑が多い。

 今日はペアを考える都合上、俺と同じ3年アナの岡崎をここに呼び出していた。本腰を入れて考えるのは後日伊東とミキサーの都合も擦り合わせながらになるが、アナウンサーの都合を調整するのは俺の役目だ。


「単刀直入に、昼放送についてだ」

「ああ、もうそんな時期か」

「お前は毎日大学に来てるし候補に上がってるミキサーとの相性を見ても誰とぶつかるでもねえ。どこの曜日にでも突っ込めるとは思ってんだけどよ」

「それは誉められてるのか」

「ああ、精一杯の賛辞だ。俺みたくどこぞの“天才型”とは合わねえとか、そういう制約がないっつーのは強みだろ」

「確かに。俺は高崎よりミキサーを選ばないアナではある」


 3年だから当然と言えば当然だが、MBCCのアナウンサーの中では岡崎が一番安定しているし、上手い。果林も力をつけては来ているが、それでもまだ勢い頼みのところがあるからその辺はこれからか。1年生はやっぱりまだ荒削りと言うか、青い。

 岡崎本人が元々持つ雰囲気というのもあるし、3年だからこその落ち着きという物が週のラインナップには必要だと俺は考えている。講座の関係で毎日大学には来ているのだから、どこかに入ってもらえないか。というのが今日の本題だ。


「で、今のところ決まってるアナは?」

「エージとハナ、それから果林。正直ラインとしては微妙だけど津島にも経験を積ませなきゃいけねえし、って感じ」

「3年枠は1つか」

「まあ、そうなる。俺はお前にやって欲しいと思ってる」


 色付き眼鏡のおかげで何を考えてるんだか顔色からは全く読めねえのが岡崎と真面目な話をするときの間に覚える気味悪さだ。いや、どこぞの性悪みたく俺を陥れようとすることはないとわかっていても、だ。


「ミキサーはさ、ミキサーは実戦で鍛えるっていう咲良さんから続く流れみたいなのがあるし、カズもそれを忠実に守ってる」

「だな」

「そう考えると、どっちを倒せばミキサーがより経験値を得られるか、という話じゃないか高崎。確かに俺はミキサーを選ばないし、良くも悪くも安定してる。だけど、一筋縄で行くアナウンサーなんだよ」

「お前が俺を一筋縄では行かねえ気難しいアナだと思ってるっつーことはよーくわかった」

「まあ、めんどくさいとかツンデレとか、他にもいろいろあるけど」

「てめェ、黙ってりゃ好き勝手言いやがって」

「俺とお前なら、お前を倒した方がミキサーは伸びるってこと。俺には学祭の枠をくれればいいし、昼は間違いなく聞いてるからそのように使ってもらえると。口よりも耳の方が自信あるから」


 今回のところは岡崎の意思を尊重することにした。残っていた3年の枠には俺が入ることにして、岡崎には学祭のDJブースの責任者を任せることに。それと、昼放送のモニターを。客観的に聞いてる奴がいるのといないのとでは全く違う。

 確かに、よくよく考えるとモニターは岡崎にしか成し得ない仕事ではあった。人に物を言える立場だし、毎日大学に来て第一学食のぼっち席で飯を食うというルーティンがある。一歩離れたご意見番の存在だ。


「何にせよ、高崎は俺を信頼してくれてるみたいだし、それは嬉しく思うよ」

「……まあ、それなりにはな」

「昼放送、どんなペアになるのかな。楽しみだな」

「てめェ、他人事みたいに言いやがって」

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