コロコロコロロロ

「今日はもうおしまい?」

「いや。烏丸、これを持て」

「知ってるよ! これ、コロコロっていうんだよね! でも、俺が知ってるコロコロより長いね!」

「この部屋で用いるコロコロは立ったまま転がすのに適した形状をしている。部屋の隅から転がして来てくれ」

「はーい」


 9月から情報センターに新しいスタッフとして生物科学部の烏丸大地が加入した。センターはいつだって人手不足。アクティブなスタッフが4人ではなかなか回す物も回せんから、多少履修コマがキツかろうと人が増えるに越したことはない。

 月の後半になってくると履修登録が始まる。履修登録は情報センターの中でもかなり忙しい行事だ。烏丸にはそれまでの間にセンター業務の基礎を身に付けてもらおうと、オレと春山さんで指導を行っている。

 今日はB番講習が行われた。B番、自習室のスタッフは機器の管理や学生の補佐などが主な業務になるが、センターを閉めた後の掃除なども保守・保全の意味合いで重要な仕事だ。

 飲食厳禁のはずの部屋にも関わらず食い散らかしたゴミなどが机の下から出てきたりするし、記録メディアの忘れ物があったりする。備品が壊れていないかもチェックして、翌日に備えるのだ。


「ねえユースケ~」

「どうした」

「コロコロのシートが破けて上手く毟れないよ」

「髪が絡まったのだろう。煩わしいが、少々強引にでも髪を剥がしてだな」

「こう?」

「そうだ。それでシートも剥がれるだろう」


 揚々と、楽しそうに烏丸はコロコロを転がしている。ゴミが取れなくなればシートを毟り、新しいシートをまたコロコロと。コロコロで取れないような固形物は手かホウキで除去する。

 この烏丸がまた、浮世離れしたような奴なのだ。オレや春山さんがこれまでに二十何年生きて来て目にしてきている物や、常識として頭にある物、それが烏丸にはないのだ。

 コロコロを手渡したときの反応にしても然りだ。知識として頭の中にはあるが、実際に見たり、体験するのは初めて。日々がそのような感じなのだろう。まるで保育園か幼稚園くらいの子供だという印象を受けた。


「ねえユースケ、終わったよ! 次は何をするの?」

「では、プリンターの用紙を補充してくれ。用紙のストックはスタッフ席の脇にあるラック、ここにある。ラックの用紙もなくなったら事務所から補充しておいてくれ」

「はーい」


 何故かはわからんが、オレは烏丸にやたら懐かれている。春山さんは烏丸の世話や扱いを完全にオレに投げつつあって、何か聞いても「お前に任せる」の一点張り。仮にもバイトリーダーがそれでいいのか。

 春山さんによれば、烏丸はあっけらかんとしすぎているのだという。聞いてもいないのに語って来た生まれ育ちや専攻についての専門的な話に胃がやられたらしい。あの春山さんをそこまで追い込むとは、聞きたいような聞きたくないような。


「用紙の補充もオッケーだよ!」

「よし。それでは自習室の業務はこれで終了になる。あとは事務所に戻って日報を書いてだな」

「はーい」


 事務所に戻ると、A番の春山さんがコーヒーを淹れていた。閑散期の土曜など、人はまばら。それでなくても今はセンターも閉まっている。事務仕事のおともとしてのコーヒーだ。


「うーいダイチ、終わったか」

「はい! ユースケが教えてくれました!」

「明日日曜で日が開くからな、次までちゃんと覚えとけよー」

「1回聞いたら覚えるんで大丈夫だと思いまーす」

「頭でわかってても、体はまだ覚えてねーからな。体で覚えるまでは油断すんなよ」

「春山さんカッコいいー! あっ、そう言えば俺、春山さんのコーヒーが気になってたんですよ。コーヒーのことは知ってるんですけど、飲んだことはなくて」

「飲んでみるか?」

「いいんですか!?」

「おーいリン、お湯沸かしてくれー」


 ちょうど自分のミルクティー用に沸かしていた湯が沸いた。これを烏丸に譲ることにした。春山さんのコーヒーを、まずはブラックで飲んで「苦いー」と顔をくちゃくちゃにしている。

 対烏丸の指導は、川北とはまた違う意味での子守だ。今までオレは好き勝手にやっていたし慣れた者は放任していたが、烏丸に関しては目を離すと何が起こるかわからん。あまり好奇心で好き放題されると。


「……春山さん、フルメンバー揃ったらどうなりますかね」

「シーラナイ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る