いたいけな19歳の束ねる毛

 対策委員的に一番の難題だった「講師を誰にするか問題」が無事に解決したところで、夏合宿はより詳細を詰めていく。各大学のテストと星ヶ丘の一大イベントも終わり、いよいよみんな本腰をいれることになる。

 今日は講師を引き受けてくださったダイさんを会議に招いて、どのような講習をお願いするのかという話をすることになっている。資料はあらかじめ用意しておいたし、あとは何かの間違いが起こらなければ。


「夏合宿の講習は、初心者講習会のそれを踏まえた中級的な内容ということになっていますので、ダイさんにもそのようにお願いしたく思います」

「オッケー、ちょっと突っ込んでくのね」

「はい。それで、こちらが初心者講習会の講習内容をまとめた資料になります」

「おっ、すごいすごい。見ていい?」

「お願いします」


 講習会の前に菜月先輩からいただいていた全体講習のレジュメと、伊東先輩からいただいたミキサー講習の資料。それから、啓子さんに用意してもらったアナウンサー講習の資料を揃えて提出。

 時折内容に対する質問も交えながら、それにじっくりと目を通すダイさんの眼差しの真剣なこと。やっぱり向島の先輩たちはオンオフのスイッチの切り替えが激しすぎる。そして俺たちは祈るようにその様子を見守るのだ。


「うんうん、大体わかったよ。この資料もらっていい?」

「はい、どうぞ!」

「しかしまあ。資料読んだけど、凄いねえ」

「はい。講師をしてくださった3年生の先輩方は本当に――」

「そうじゃなくて。こんな資料を用意してくれた対策委員が凄いねえって話。どういうことが初心者講習会で伝わってるのかっていうのがよくわかるし、助かるよ」


 ナ、ナンダッテー!? ……いや、勘違いするな俺が誉められたワケじゃない。

 元々これを用意してくださったのは先輩方で、資料作成能力という点ではさすが菜月先輩としか言いようがないしもちろん伊東先輩にもヒビキ先輩のそれを資料化してくれた啓子さんもそうなんだけどファー!


「野坂、お前は本当に見てて飽きないねえ」

「申し訳ございませんお見苦しいところを…!」

「隠し事の出来ない顔の議長なんですよねー」

「果林! お前は」

「ホントだねー、嘘が吐けない顔なんだねー」

「いたいけな19歳をからかわないでください、死んでしまいます」


 果林が俺をイジっているのに乗っかってケラケラと笑っているダイさんだ。いたいけな19歳は限りなくライフがゼロに近付いている。


「ええと、ダイさんには初心者講習会の内容に沿った中級的な内容の講習という風にお願いをしているのですが、合宿の参加者の中には講習会に出ていない子もまあまあいます」

「あ、そうなんだ」

「ええ。ですので、初級クラスの話も挟んでいただけると」

「わかったよ。入り口を広げとく感じね」


 ダイさんは菜月先輩の資料に赤で丸を打ち、「ここに毛を生やす感じで」とメモ書きをされた。

 「毛を生やす」というのは先日、ダイさんや4年生の先輩方との食事会で菜月先輩がされた表現だ。初心者講習会の講習内容について、以前先輩方に教えてもらったことに毛を生やした程度で、と謙遜されたときの。


「ところで野坂、アレはやるの?」

「ええと、アレとは」

「ミキサーのテスト。まあ、俺アナだし受けたことないんだけど傍から見てる分には楽しいよねえ!」

「あ、えーと……毎年のイベントですので、やはりやる流れかなあとは思っているのですが……」

「顔にはやりたくないって書いてるけどね」

「あっ、いえっ! 決してそのようなことは…!」

「やるんだったら俺喜んで採点するよ」

「議長、どーするのー? まあ、アタシアナだしどっちでもいいんだけど」

「どーせノサカテストって名前のモンは余裕で受かるんやからやったらええやん。ボクもアナやしどっちでもいーわ」


 アナウンサー陣からやれやれと面白おかしく言われ、ミキサー陣からはマジかよやるのかよという渋い視線が突き刺さる。うーん、どうしたものか。でも、ダイさんは赤ペンを手に空で丸を書いている。や、やらざるを得ない流れだ。


「いやあ、いたいけな19歳は見てて飽きないねえ」

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