沈黙を破れ

 月曜日がやってきた。星ヶ丘大学的には今日から春学期の期末試験。しかしそんなことは俺には関係ない。何故なら出席100%またはレポートのみで成績が決まる講義しか履修していないからだ。つまりこの1週間はステージのことだけやっていられる。


「あ~さ~か~ク~ン、お~は~よ~」


 午前8時半、部屋のインターホンが鳴らされる。ステージの準備期間でなければまだ寝てるかぼやぼやしてるかのどっちかだけど、今日はバッチリ支度まで出来ている。デザートのプリンも食い終わっているし、完璧だ。


「よう山口」

「朝霞クン、体はもういい?」

「ああ。土日は本当に何もせずに休むことだけをした。1日3食食って、7時間睡眠だ」

「すご~い、ステージ前の朝霞クンらしからぬ健康的な生活~!」

「それはいいんだけど、どうしてこの時間なんだ?」

「朝早い方が気持ち涼しいし、今日からテストでしょ~?」


 鳴尾浜やなんかはテスト前だなんだとわあわあ大騒ぎしていたけど、文系の3年であれば大体の奴が履修に余裕がある。越谷さんの教えには超絶感謝している。3年のこの時期に懸けたきゃ1・2年のうちにしっかりやっとけ。まさにその通り。

 戸田や源は1・2年だからテストもカツカツに入っている。だからテスト期間の日中に何の縛りもなく動けるのは俺と山口ということになる。4人揃うのは放課後からと思っていていいだろう。


「だな。俺はテストないけど」

「だからだよ」


 それまで、飄々としたステージスター仕様だった山口の表情と声が変わった。これは素の“山口洋平”。 


「月曜日になるのを待ってたんだ」

「――っていうのは?」

「シゲトラとメグちゃんに聞いてるんだ。日高、1・2年生と変わらない履修コマ数なんだってね」

「ああ、おまけに必修も残ってるぞアイツは」

「つまり、俺たちが自由に動けるのはテストをやってる日中の間」


 日高の目さえなければ俺たちの動きを監視する包囲網も緩くなる。正直、俺たちを監視する方もそんなことよりは自分たちのステージの準備をしていたいだろう。


「それとね朝霞クン」

「ん?」

「俺、1コ朝霞クンに謝らなきゃいけないコトがある」

「どうした」

「今までさ、出席100%とレポートしかない朝霞クンの履修に結構文句じゃないけど、極端すぎるよ~とか普通じゃないよ~って否定的なツッコミ入れてたでしょ?」

「だな」

「実はね、俺の履修も出席とレポートしかないんだよね。それなのに朝霞クンのコトをあれこれ言ってゴメンね?」

「は?」

「俺は朝霞クンみたく狙ってやったワケじゃないんだけど、テストがひとつレポートになって、結果そうなったみたいなこと。つまり、俺も今週の日中はフリー」


 それの何が謝られる必要のあることだろうか。むしろ最高だし、ありがとうと言いたい気分でいっぱいだ。山口は器用だし、機材と衣装以外だったら大体のことを任せられる。

 いや、水面下でやっておきたいのは通しリハ的なことだ。何だかんだで一度もやれていない。機材は無くてもいい。大体の動きさえ掴めれば。2人で現地に乗り込んだっていい。


「朝霞クン、攻めるよ」

「ああ」


 完全にスイッチが入った。意外だったのは、俺ならともかくいつになく山口が攻め気になっていることだった。いや、共にステージを作る者としてはそうあってもらえて嬉しいんだけど。安心して見ていられるし。


「あっ、でも~、動き始める前に買い物はしとかなきゃね~。昨日買い出し行ったけど~、足りなかったらね」

「あ、そうか。えーと、クーラーバッグ……は、戸田か」

「後で頼んどこ~」

「あと、帽子か。えっと、今日の服だったらどれがいいかな」

「あー! 朝霞クン!」

「何だ突然。急に叫ぶな」

「俺の衣装! どうしよう何も考えてない! 俺のセンスで選んだら朝霞クン怒るデショ!?」

「あー……それもあった。それもどっかでやりつつだな」


 時は満ちた。今こそ攻めに回るとき。体には気を付けつつ、限られた時間でやるべきことを片付けてしまうのだ。やられっぱなしでいる俺じゃねーんだ。全てをステージに叩き込む、それだけだ。

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