ストレスフルになったら
「……朝霞クン、大丈夫?」
「何がだ」
「頭痛そうだけど」
「痛くはない。じわっとなってるだけだ」
右手は後頭部に、左手は紙の上に。どう見たって頭が痛そうなのに作業をやめない朝霞クンだ。ゼミのペア発表の方は無事に終わったけど、今度は別の課題が出されている。ただ、朝霞クンの広げる紙は例によって部活関係。
クマも眉間のシワもひっどい。8月最初の土日に丸の池公園でステージをやるらしいんだけど、そこに向けたラストスパートなんだそうだ。だからと言って、無茶して体を壊すのはよろしくない。
「朝霞クン、ちゃんと合間に休憩挟まないと動く脳も動かないよ」
「わかってる、わかってるけど休むと脳が散るんだ」
脳が散るという朝霞クン独特の表現は何度聞いてもやっぱり怖い。手を止めるとイメージしていたアイディアが次のそれに押されてどっかに行っちゃう、ということの例えなんだけど。
今も、休憩の必要性はわかっていると言いながらも手を止める様子はない。台本を書いてるときは休んでばっかりのあたしとは大違い。その姿勢は尊敬するけど見てる方が痛々しいし休んで欲しいと思う。
「朝霞クン、肩こりとストレス酷いでしょ」
「その単語出すな、お前は俺を病まそうとしてるのか」
「そういうつもりじゃないけど。えっ、なにそれプラシーボの逆版的な!?」
「あんまり「疲れてる?」とか周りから聞かされ続けると本当に疲れて病むんだぞ」
「へー……ってそうじゃないよ、いいから右手貸して!」
無理矢理右手を頭から剥がして、両手でにぎにぎ。邪魔すんなって言われても、左手があるでしょと一蹴してみる。朝霞クンに効果があるかはわかんないけど、物理的接触って強いんだぞ!
「おい、何すんだ伏見」
「手を握るとストレスが軽減されるって言います」
「それ、女の話じゃないのか」
「そうとは限らないという可能性に賭けてる。幼馴染みの男の子にもたまにこうやってるけど、気持ちいいみたいよ」
ツボがどうとかはあんまりよくわかんないけど、ただ握るだけじゃなくてもみもみって感じ。マッサージにも近いかな。手のひらだけじゃなくて手首や指ももみもみ。頭と手はあたしたち書く者にとっての大事な道具。ちゃんとメンテしなきゃという体で。
そうやってしばらくやっていると、朝霞クンは絶えず動かしていたペンを下ろした。そして、あたしの前に差し出される左手。その意図するところはきっとそう。右手を切り上げて、次は左手へ。
「どうですかお客さん」
「たまに痛気持ちいいところがある。正直ナメてた。上手いな伏見」
「ふふん。でしょう。幼馴染みの子にも誉められるしね。長い休みはいつも無茶な働き方してるし、腕とかパンパンなんだよ。で、あたしおかずとか持ってってあげた時とかにこうやってさ。その子生傷も絶えないし、バイト頑張ってるんだなあとは思うけど、学費のためにって無理は
して欲しくないなあって」
「伏見、お前そいつに惚れてんだな」
「ちょっ、何で知ってんの!」
「いや、知ってる知らないじゃなくてその話と表情で察するところだろ」
「うう……い、いいもん。朝霞クンが他人のことにちょっと興味持ったってだけであたしの勝ちだし」
「なんだそれ」
そう言って朝霞クンは笑みを浮かべる。肩とかも出来るかと一言添えて。出来まっせーと威勢良く返事をして、あたしは彼の肩にかかるカーディガンを失礼する。うわっ、やっぱちーとは違う。背の割にほっそい。
「なあ伏見」
「なに?」
「つまり、お前が台本書いててストレスフルになったときは、俺がお前の手を握ればいいみたいなことか?」
「えっなにそれはずかしい」
「いや、お前からやってきといて何だそれ」
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