笹に揺れるそれぞれの主題

 俺は裕貴とかんなのデートを尾行しつつ、あやめの作品制作に付き合っているんじゃなかったのか。それがどうだ。裕貴とかんなを見失うわ、あやめは勝手に自由行動を始めるわ。挙げ句、隣を歩くのは水鈴。何だこれ。

 あやめから、裕貴とかんなが七夕祭りでデートをするから尾行したいと申し出があった。夜だし一人だと怖いから付いてきてくれと。裕貴のデートには興味があったし、あやめが一人で歩くのも危ない。それは断る理由もなく。

 だけど、あれよあれよと話が大きくなって、水鈴が付いてくると言い出した。水鈴も純粋に裕貴とかんなのデートに興味があるらしい。それはいい。問題は、あやめがカメラを構えて「私は素材を撮ってきます」と消えたのだ。


「水鈴ちゃんいつも見てるよー、頑張ってー」

「ありがとうございますッ!」

「水鈴ちゃん浴衣かわいー」

「片想い頑張ってねー」

「ありがとうございますーッ!」


 誤算は、俺が思う以上に水鈴の知名度があったことだ。確かに夕方の情報番組でコーナー持ってりゃそれを見てる人からすればお馴染みの顔。ここでこうして歩いている間にもたくさん声をかけられている。

 さらに何が問題って、水鈴が“片想い”をオープンにしすぎているおかげで隣を歩く“友人”の俺に火の粉が飛んでくること。裕貴のデートを尾行するはずが、水鈴のデートが主題じゃねーかと。あやめも仕掛け人じゃないかと思えてくる。


「あーッ! 裕貴見失った! 背高いから大丈夫って思ってたのにーッ! あーもーッ、囲まれるのは誤算だったなー嬉しいけどッ!」

「一応誤算だったのか」

「そうだよッ! 裕貴どこ行ったんだろ」

「この人混みじゃいくら裕貴の身長でも見つけるのは難しそうだな。下手すりゃ俺らがはぐれかねない。あやめもどっか行ったし」

「あやめちゃんが心配だなあ。ねえ雄平」

「そうだな」

「作品に貪欲すぎて周りが見えなくなってたら」

「朝霞じゃあるまいし、そこまで危ない場所に行ってないとは思いたいけど」


 すると、こちらが見えているのかというタイミングであやめからメッセージを受信するのだ。大学の先輩と鉢合わせて一緒に素材を集めている、と。程良く素材が集まったら合流しますとあって、ひとまずほっとした。


「一人じゃないなら平気か。裕貴も見つからないし。水鈴、普通に祭りを楽しむか」

「えっ」

「祭りとか滅多に来ないし、せっかくだからな。ステルス作戦とか何とかって甚平まで用意させられたのに心配だけで終わりたくないなって」

「いいじゃん、せっかくだし楽しもうよ雄平――きゃッ」

「水鈴!」


 何が始まるのか、急に押し寄せた人の波に水鈴が浚われそうになる。俺らまではぐれたらいよいよ何をしにきたのか。咄嗟に水鈴の手首を掴み、流されそうになるのを止める。


「雄平、ありがとね」

「いや。この調子だとまた流されるな。……ん」

「……いいの?」

「要るのか、要らないのか」

「要ります」


 差し出した右腕に、水鈴の左腕が絡む。これで俺らがはぐれることはないだろう。それからは人の波に逆らわず、ゆっくり屋台を見て歩いた。水鈴はリンゴ飴を手にポーズを取る。俺はそれを水鈴のスマホで撮影。その写真は後でインスタに上げるそうだ。

 笹の葉や短冊が揺れる下を歩いているうちに、裕貴とかんな、それからあやめのこともすっかり忘れていた。金魚すくいにムキになったり、綿菓子を分け合ったり。純粋に祭りを楽しみに来た人のようになっている。


「あ、あやめだ。素材が集まったので合流しますって」

「うーん、よかったような残念なような」

「残念?」

「ううんッ。ねえ雄平、聞くタイミングミスったけど、アタシの浴衣姿、どう?」

「似合ってるぞ。綺麗だと思う」

「……ねえ、何で普通に褒めたの?」

「けなした方が良かったか?」

「ううん、雄平から褒められ慣れてなくて、すっごい恥ずかしい」


 俺の腕を取ったまま、水鈴は真っ赤な顔を伏せている。いくらライブ慣れしているとは言っても、想定外過ぎることには対処しきれないらしい。思ったことを言っただけでこれとか。と言うか、そんなに俺は酷い男なのか。

 その状態のままあやめが合流してしまったものだからあやめはあらぬ誤解をしてくれるし、俺はその誤解を解くのに必死だ。すると水鈴は真っ赤な顔をして怒り出す。その赤さ、どこかで見たと思ったらリンゴ飴だ。


「それはそうとあやめ、素材は撮れたのか」

「かんなと萩さんの現場を押さえました」

「マジか!」

「ナイスあやめちゃんッ! 見せて見せてッ!」

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