by implication

 無理だ、しんどい。咳が止まらない。今年もか。まあ、今年もやるかなって思ってたから、今まで授業はなるべくサボらないようにしてたし、それに備えた食べ物や飲み物もある。今週は休もう。薬を買うお金もないし、気力もない。

 喉が痛いし、咳が止まらない。体力は奪われるし、食事も喉を通らない。寝ようにも咳が出て眠れない。それでなかなか休息が取れなくて体の具合が良くならない。大学に入ってから、そんな感じの夏風邪をやらかすようになった。

 手元には、先週行ったカラオケの名残。高音の曲を歌いまくった結果生じた喉の違和感をごまかすために買ったのど飴。用法容量がしっかり書いてあるタイプのヤツだ。とりあえず、残り1個になっていたそれを舐める。1回3個だけど、足りない。


「けほっけほっ! げほんっ! ……あー…………寝よ」


 しんどい。明日の昼放オンエアは無理っぽい。明日の事はノサカに任せよう。アイツなら1人でもやれるだろう。大体、いつもだってうちはその場にいるだけで何をしてるというワケでもないんだ。

 ん、誰だ。インターホン。ベッドから起き上がるのも一苦労。よたよたと、やっとのことでドアホンの前に立つ。するともう一度インターホンが鳴るじゃないか。ウルサイ、何の用だ。


「ぁい」

『あっ、菜月ー。いたー?』


 その声にいら立つ。乱暴にドアホンを元に戻して、それでも一応は顔を出しておかないと後が面倒なことになるだろう。よたよたと、時折激しい咳に歩を止められながらも玄関に向かう。


「うぇっほえほ! けほっけほっ! ……何の用だ、三井」

「あれっ、もしかして死んでる?」


 と言うか今日は月曜日で、社学3年でも割と授業はあるし、そもそもサークルもあるというのにこの男はどうしてこんなところをうろついてるんだ。

 死んでないように見えるかとか、帰れとか、来るなら薬とゼリーを置いて行けとか、思うことはいろいろあるけど咳がそれらを阻んでしまう。するとどうだ、三井が一方的に喋るばかり。

 こっちはお前の話なんか聞いてる状態じゃないし、早くベッドに戻りたいのに。立っているのもしんどくて、結局玄関先でぺたりと座り込むことに。頼むからさっさと帰れ。


「菜月、今週いっぱいは休むような感じ? 授業同じヤツはプリントとっとくよ。あっ、そう言えば菜月明日昼放送のオンエアじゃん! 菜月の相方って野坂だよね。菜月が行けないならたまには僕が見に行ってあげようかな。話したいこともあるし。うん、オンエアは任せといて!」


 な、なんだって…!? 三井とノサカを2人になんかしたら、絶対ロクでもないことが起きるに決まってるじゃないか…! ただでさえ学食の事務所は逃げ場がないのに、そんなことになったら。何とかして、止めないと…!


「げほっげほっ、ひゅうっ、ひゅうっ……げほっ!」

「ちょっと、菜月大丈夫!?」


 大丈夫に見えるか。空気読んでさっさと帰れこのバカ! ……あー……やっぱダメだ。気力で何とかできる範囲を越えてる。毎年のこととは言え、今年は特に状況が悪すぎる。でも、明日は……いかなきゃ。でも、やっぱ、無理だ。


「大丈夫じゃない。頼むから、寝かせてくれ」

「うん、わかった。何か欲しい物は?」

「いいから、もう来るな。人の応対がしんどげっほげほっげほっ!」

「うん、わかったよ」


 ホントにわかってるのか。絶対わかってないと思いつつも、とりあえずここは三井を追い出すことに成功。やっと寝れる。

 ……そうじゃない。その前に、やるべきことがある。

 しんどい体に鞭打って、向き合うのは携帯電話。メール画面を開いて、精一杯作る文章。それを送るのは、圭斗だ。伝えたいのはひとつだけ。


 ――明日のオンエアを頼む。

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