ワーキング・バリュー

 今日も今日とてアルバイト。センターに入るとさっそく林原さんから声をかけられる。人が少ないのか、普段は自習室にいることの多い林原さんも事務所で待機しているようだ。その手にはプラスチックのスプーン。


「川北、冷凍庫にアイスがある。所長からの差し入れだ。食っていいぞ」

「はーい。林原さんありがとうございまーす」


 最近めっきり暑くなってきて、アイスがおいしい季節になってきた。うきうきしながら冷凍庫を開けると、とんでもない物が入っていたものだから、うひゃーってなって、びっくりして。


「わ、わーっ! ダッツだー! ほ、本当にこれをもらっていいんですかー!?」

「ああ。好きな味を取れ」

「いただきますー……」


 ただのアイスじゃなくてまさかのハーゲンダッツ。ミニカップでも250円くらいはする贅沢品だ。さすが所長、大人だなあ。恐る恐るどんな味があるのかを確認していくと、一際目を引く魅惑のフレーバーが…!


「林原さん、ほうじ茶ラテって他に貰い手ないですか!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫だろう。食ってしまえば証拠は残らん」

「それじゃあ、いただきますー……わー、期間限定ですよー」

「ほうじ茶ラテはお前が取ると思ってオレはグリーンティーを選んだが、本当に期待を裏切らんなお前は」

「えーっ! そんな、気遣わせちゃって」

「いや、元々このラインナップならグリーンティーを選んでいた。問題はない」


 初めての給料は入ったけど、どんな贅沢をしようかずっと悩んでて。ほうじ茶ラテ味のアイスが期間限定で出るって聞いてそれにしようって思ったけど、近所のコンビニでは置いてなくて。

 だけど、まさか情報センターで食べれるなんて思わないですよね。しかも差し入れで。所長様々だし、ほうじ茶ラテ味を残しておいてくれた林原さんにも感謝しかありませんよね! よーし、食べるぞー!


「ダッツって冷凍庫から出してすぐはスプーン刺さりませんよねー」

「確かに、しばし待たねばならんな。熱伝導を利用したスプーンもあるが、ここにはないからな」

「スプーンに限った話じゃないですけど、ああいう工芸品を作るのって本当にすごいですよね! 仕組みとか、技術とか、伝統を守りつつ最先端だったりして本当にわくわくしますよー」


 物作りの分野が本当に好きで。詳しくはないんだけど、とにかく好きで。部屋のこたつ机も昔ながらの丸いちゃぶ台みたいな机を選んだし、眼鏡だってこだわりの丸眼鏡。技術にお金は厭わない。だっていい物にはそれだけ出せるよね。


「ほう。お前はそういう分野が好きなんだな」

「そうなんですよー。林原さんは何が好きですかー?」

「オレは、科学的な分野の話であったり、学業的な意味でなければ音楽などか」

「音楽ですかー。どんな音楽ですかー?」

「基本はクラシックだが、最近はバイトの都合もあってジャズやその他のアレンジにも手を出しているな」

「へー、すごいですねー……昨日のお店ですよねー」

「ああ、そうだな。昨日行ったのは昼だったから演奏自体はやってなかったが」


 林原さんが副業をやってるってことは昨日聞いたけど、やっぱりお金をもらってピアノを演奏してるだなんてびっくりするよなあ。自分で編曲もやってるとか、うん。


「ジャズはまだまだ駆け出しだからな。春山さんに聞いたりだな」

「春山さんて本当に多趣味ですよねー」

「今は映画のターンだがな。そのうち映画音楽についての講釈が聞けるだろう。それはそうと川北、そろそろ食い時だ」

「あっ、いただきますー」


 ほうじ茶ラテが美味しいし、センターの先輩たちって実は結構すごい人たちなんじゃないかって思い始めてきて。俺もひとつだけじゃなくてもっといろんな分野を見聞きして勉強していかないとなー。


「美味いか」

「美味しいですー」

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