とある姫ととある冒険者のある秘密を巡る物語
小東のら
序章 姫と冒険者
1話 とある姫と冒険者には秘密がある
私には秘密があります。
私の名前はイリスティナ・バウエル・ダム・オーガス。オーガス王国の第四王女であります。
私は只今、将来この国の全てを引き継ぐ兄上様達の力となれるよう、目下様々な勉強をして自分を鍛え上げている最中です。
政治学、経済学、帝王学、言語学、軍事学、歴史、はたまた武術、魔術など様々な学問を一生懸命学んでいます。
周囲の皆さんは恐れながら私の事を優秀など天才など、とてもありがたい評価をして下さっているのですが、私は本当にそのように凄いものではありません。
何故なら私は世間の事をあまりにも何も知らないからです。
甘やかされて育った箱入り娘であることは自分でも自覚しておりまして、つまり私は世間知らずで、国民の生活の実態をほとんど知らずに育ってきたのです。
それは私だけでなく私の家族や貴族の方々にも当てはまるため私が特別変という訳ではないのですが、本当にこれでよろしいのでしょうか?
国民の生活を知らずして私は本当に良き為政者となれるのでしょうか?私は皆様が食べているパンの味を知りません。皆様が暮らしている1日の生活を知りません。私は自分でお金を稼いだことはありません。
私の周りの人は皆、大丈夫ですよ、イリスティナ様はそれで良いのですよ、王族であるあなたは特別なのですから、と口を揃えて仰って下さるのですが、私はそれでいいとは思えません。
やっぱり私はこのままでいいとは思えないのです。
だから私には秘密があります。
家族の誰にも言えない秘密があるのです。
我が侭な私には、とある秘密があるのです。
* * * * *
「おらっ!エリー!子竜がまたそっち行ったぞ!」
「わ!……わわっ!ちょっと待ってよっ……!」
「魔物が待ってくれたら世話無いわ!」
俺の名前はクラッグ。とあるフリーの冒険者である。
魔物退治から依頼人の護衛、盗賊退治、街の警備に薬草摘み。雇われたら何でもやる雑食系の冒険者だ。戦うことが得意なため、冒険者というよりも傭兵と言った方が正しいのかもしれない。
別に冒険なんてほとんどしてなく、簡単な仕事をこなして小金を稼ぐ貧乏傭兵生活を送っているため、自分の事を冒険者と呼ぶのは気が引ける。
「ちょ、ちょっと!クラッグ!こっち来て手伝ってよ!」
「あー、忙しい、忙しい。わりーけど、1人で頑張ってくれー」
「最低だっ!最低だよ!このパートナーっ!助け合いって言葉知ってるのかなっ!?……あぁっ!子竜がまた増えたぁっ!」
近くでてんてこ舞いになりながら戦い舞っているのが、俺の相棒のエリーだ。
短い銀髪を横で小さく結んで帽子を被っており、お腹の肌が大きく出るような短いシャツと短ズボンという中々に露出の高い服装をしている。その癖に薄い生地で出来た長いコートを羽織いなびかせているものだから、どこを隠したいのかよく分からない。
自分の相棒ながら、ボーイッシュで綺麗な女性という評判がよく似合うやつだった。
「しっかし、ほんと、ツイてないよなぁ……レッドドラゴンが出現するなんて」
「無駄口叩いてる暇があったら、助けてよぉっ!このバカッ!」
そう、今俺たちは有象無象の魔物の中でも上位の魔物、レッドドラゴンの襲撃を受けている。
ただの大商会の積み荷の護衛の仕事だったはずなのに、まさかまさかの大物の出現だ。本来ならば国の優秀な兵士たちが大部隊を率いて討伐するはずのモンスターであり、間違っても俺たちのような低ランクの雑食系の傭兵が戦う相手ではない。
俺たちは冒険者ギルドでDランクなのだ。Dランクというのは平均よりも低めのランクだ。
大商会は強い冒険者たちをたくさん雇っていたため、なんとかギリギリのところで保っていられるが、崩壊するのも時間の問題だろう。
「ぎゃー!死ぬっ!ほんとに死ぬっ!やばいっ!本当にやばい!」
相棒エリーもレッドドラゴンの手下であるたくさんの子竜に囲まれてじり貧だし、俺も大事な相棒が死んでしまう前にさっさと自分の仕事をしないといけない。
まぁ見たところ、ひぃひぃ叫んでいる割にはまだ若干余裕がありそうではあるが。
「さて……」
剣と盾を構え、身を低くする。好機を窺う。
そう、俺は好機が来るのをじっと待っているのだ。ただボーっとしている訳ではない。……そういう事にしておこう。後で絶対俺に怒ってくるエリーへの言い訳としよう。
わらわらといる邪魔な子竜たちは幸いエリーが引き付けていてくれるし、俺はレッドドラゴンにだけ集中出来る。
「さぁ……行くぜ…………」
レッドドラゴンがこっちを向く。俺の殺気に気付く。
目と目が合う。視線が交差する。
その瞬間に飛び出し、奴に迫った。
奴が大きく息を吸い込む。これはレッドドラゴンの象徴であるファイアブレスの前兆だ。口から吐かれる灼熱の炎は生きとし生けるものを全て溶かし尽くす。
「クラッグっ!」
俺の相棒の心配そうな声が聞こえた。
でも、関係ないね。
奴の口から豪炎が噴き出され、俺の視界の全てが赤色に染まる。範囲が広過ぎて今から回避するのは困難で、そのためか俺の溶ける姿でも予想したのか、周りの同業者達から野太い悲鳴が響いた。
俺は盾を前に構え高温の炎を受けるが、安物の盾では防ぎきれる訳が無い。目の前の魔物の吐息は岩をも溶かし、鉄をも溶かす。俺の持つ盾は凄まじい早さで溶けていき、すぐに穴が開いてそこから炎が漏れ出してくる。
盾が盾としての機能を失い、ただの溶けた鉄となってしまう。
炎が俺の全てを包み込む。上下左右が全て炎で埋め尽くされる。周りから絶望の声が聞こえる。俺の相棒の可愛い叫び声も聞こえてくる。
目の前にいる赤い竜の顔が笑っているように見える。赤い炎の向こう側にうっすらと、勝利を確信した竜の目が見える。
…………何笑ってやがんだよ。
俺の足は少しも止まっていない。そう。俺はもうお前の目の前にいるんだぜ?
剣を突き出す。
ファイアブレスを吐き出すために大きく開けた竜の口の中に、剣を差し込む。深く深く剣を刺し、奴の喉奥を貫いた。
そのまま横に裂き、奴の頬をごと竜の喉奥を斬り裂いた。
「ギャッ!」
血が溢れ出していく。短い断末魔が奴の口から漏れていた。
それまで炎で染まっていた赤い世界が、血による赤で染まっていく。深く突き過ぎたせいで奴の脊髄までもを砕いてしまっている。当然奴は即死であり、赤い吐息の残滓を漏らしながら、急に糸を切られた人形のように崩れ落ちた。
「……勝ったぜ」
竜の固い背骨を砕いたせいでボロボロとなった剣を捨て、倒れ伏せた竜を見下した。
「クラッグ……!クラッグっ…………!」
どうやらエリーの相手をしていた子竜たちはボスが死んだことで逃げ去ったようだ。
慌てふためきながら駆け寄ってくる相棒の姿に苦笑する。こいつのこういうところは可愛らしいと思う。
さて、そんな健気な姿を見せられると少しからかいたい気持ちも湧いてくるというものだ。なんだ?そんなに血相変えて?俺の事でも心配でもしてくれたのか?必死だな、ワロタ、とでも言っておけばエリーの赤らめた顔でも拝めるだろう。
駆け寄ってくる相棒の方を振り向く。
「クラッ…………!」
俺が振り向くと相棒が急に足を止め、驚愕の顔つきで俺の事を見た。信じられないものを見たという感じで目を大きく見開いていた。
そして、相棒の顔が一瞬で真っ赤になる。俺はまだ何にも言っていないのに、俺が想像していた赤面よりも、ずっとずっと、まるで顔から炎が出るんじゃないかというぐらいにエリーは顔を赤くしていた。
炎。そうだ、俺はレッドドラゴンの炎を直に喰らった。周囲を覆うその炎の煙がようやく晴れてきたところだった。
「あ」
俺はやっと気付く。
「服……全部燃えてた…………」
俺は全裸になっていた。
俺自身はファイアブレスに耐えきれたが、服は無残にも燃やされてしまっていた。俺は戦場のど真ん中で全裸になり、男の尊厳を威風堂々と天下に曝け出していた。
「…………」
「…………」
「……う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
「う゛っ゛…………!」
一瞬のフリーズの後、俺の大事な相棒が俺の大事な相棒を蹴り上げた。俺の黄金が叫びをあげ、その悲鳴が激痛となって全身に襲い掛かる。痛みとも痺れとも言える刺激が全身を駆け巡り、俺は死の苦しみを味わった。
「う゛お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛っ…………!」
レッドドラゴンとの一戦よりもずっと致命的な一撃であった。今日一番の激痛は、仲間であるはずの愛すべき相棒によってもたらされ、激痛と断末魔によってこの戦いは幕を下ろしたのであった。
…………くそ痛ぇ……
* * * * *
「ちょっと、ちょっと、エリーさん?あれは本当にないんじゃないっすかね?死闘を制した大事な大事な相棒を労わるどころか、潰しに掛かるなんて、ちょっと非道すぎるんじゃないっすかねぇ……?」
「なんだよ、知らないよ。戦場でいきなり全裸になる奴が悪いんだ」
「好きで全裸になった訳じゃねえよ!」
忙しない酒場の中で飄々とするエリーを見ながら、俺は安酒を一気に
ここは王都の酒場。俺たちはレッドドラゴンを打ち倒した後、無事に王都まで積み荷を運び込んで、その仕事を完遂させた。
流石王都というだけあって、酒場一つとっても手入れが行き届いており清潔である。周りも話し声や笑い声で騒がしいのだが、地方の酒場のバカ騒ぎの惨状に比べたらこの酒場は静寂で気品があると言っても間違いではない。
「ほんと、王都の酒場っていうのは綺麗だね。王都から出たことのない人たちが地方の酒場に行ったら卒倒するんじゃないかな?僕も最初、驚いたもんだし」
「ネズミは出るわ、料理に虫が入ってるわ、床腐ってるわで散々だもんな。この前なんて、酔っぱらっていきなりヤリだす奴らもいたしなぁ」
「や、やめて……思い出させないで……あれは流石に、見ててびっくりした…………」
エリーは顔を赤らめて恥ずかしそうに俯いた。エリーは結構エロネタに弱い。
「なんだよ、あれぐらいの事で。育ちのいいお嬢様って訳でもないだろ。俺たち社会の底辺のような冒険者やってんだから」
「うっ……うん……いや……ま、まぁ……そうなんだけどさ…………」
エリーは恥ずかしそうに、そして何故かバツの悪そうに自分の髪を指先で弄っていた。
「と、いうよりさ、クラッグ……その上半身裸の格好何とかならないの?見てるだけで恥ずかしくて、ぶっちゃけ一緒にいたくないんだけど……」
「仕方ねーだろ!ファイアブレスで所持品全部燃やされた上に、商会から追加報酬ほとんど出なかったんだから!」
俺だって現状、上半身裸なのは納得がいっていない。
でも金が無かったのだ。レッドドラゴンを倒すという大役を果たしたのに、商会からの追加報酬はほとんど無かった。と、いうよりも俺はレッドドラゴンを倒したことになっていない。Dランクの冒険者がレッドドラゴンを仕留めたなど夢にも思われていないのだ。
「まさかSランク冒険者のリックさんの手柄になっているとはね。流石は紅髪の英雄。流石に笑ったよ」
「くそーっ、あの野郎。後でとっちめてやる!」
「やめてあげなよ。1番驚いているの、リックさんなんだから。それに僕たちじゃあ、返り討ちだろ?」
確かにあいつ、「え?俺ですか?」とハトが豆鉄砲喰らったような顔をしながら商会のお偉いさんの絶賛を受けていた。とりあえず、あいつには何か高いものを奢らせよう。
「まず真っ先に上着を買ってほしかったけどね、僕としては」
仕方ねーんだよ、ほんと。王都は何一つとっても物価が高いんだよ。この都市一番の安宿だって地方の上級の宿と同じ値段をしてるんだ。手ごろな値段と謳っている上着だって、無駄に丁寧な作りをしているのだ。ボロ布でいいんだよ、ボロ布で。
「まじ、今日はスラムで寝泊まりした方が良かったかもしれん」
「……やめてくれよ。僕は君を見捨てて普通に寝泊まりするからな」
「もう金払っちまったよ」
くっそー、散々だ。あの商会の悪評流してやる。
「と、いうよりもさ、国からも特別報酬だしてくれていいんじゃね?レッドドラゴン倒したんだぜ?俺ら?普通は国が軍隊動かして討伐するべき案件だろ?」
「あー……うん……確かにそうかも…………?」
エリーが首を捻る。
レッドドラゴンを仕留めたことは信じて貰えなくても、あの戦いに参加していたのは事実なのだ。上着を買えるくらいの金は出て然るべきだろう。
「大体よ、あの場所にレッドドラゴンが出てくることがまず問題だろ。王族や貴族の奴ら、絶対報告聞いてたけど放置してたパターンだぞ、あれ。軍隊動かすの金かかるから、国民が犠牲になっても軍隊出すの渋ってたんだよ。
この国って本当に国民の事考えないからな、ほんと」
「うーん、耳が痛い……」
「……ん?」
「いや、なんでもないよ」
エリーは、はぁと小さなため息を吐いた。なんだ、その反応?
「……これでどこからも追加報酬出なかったら、俺、もう2度とレッドドラゴン倒さないからな。王都が襲われても、レッドドラゴンなんかとは戦わず逃げるからな」
「いや、それ普通だから。普通、みんな逃げるから」
ん?そうか。普通は逃げるのか。いや、でもなんか、憎たらしい王族たちに一矢報いられないかなぁ?
「さて、じゃあそろそろ僕は行くよ」
そう言ってエリーはテーブルに手を付き席を立つ。
「なんだ、また例の秘密のお仕事か?」
「うん、また5日程空けるから、なんか適当に稼いで飢え死にしないようにしてて」
「いや、別に構わないし、追及するつもりもないけどさ、全く、一体何なんだ?」
エリーはよくふらりと姿を消す。
誰にも言えない秘密の仕事があるからと言って、冒険者の仕事を全く取らず行方をくらましてしまう。そしてまたふらりとやってきては俺と一緒に冒険者の仕事をこなしていく。
何度聞いても『秘密』の一点張りで、いい酒を奢ってやるぞと言っても、いい飯を奢ってやるぞと言っても絶対に口を割ることは無い。
酒と飯よりも大切な秘密なんて……一体何なのだろうか。
「お前は謎な女だな、エリー」
「……レッドドラゴンのファイアブレスを生身で耐えるような人の方がよっぽど不思議なんだけどなぁ?僕としては」
そう言って、エリーはべっと舌を出しながら手を振って酒場から出ていった。
* * * * *
僕には秘密がある。
僕の名前はエリー。とある冒険者だ。
クラッグという男性と2年程コンビを組んでいて、色々な依頼を受けてお金を稼いでいる。戦闘の実力としては今のDランクよりもずっと高い戦闘能力を有していて、更に相棒のクラッグは少し冗談じゃない程の戦闘能力があるのだが、安い薬草摘みやら、弱い雑魚モンスターの討伐など、大したことない仕事もたくさん取っているため、中々知名度が上がらず、冒険者のランクも上がらない。
まぁ、どんな仕事でも大切だとは思うし、こういった安くて普通の生活に近い仕事をこなす方が、僕が冒険者をやる理由としても合っていると思う。
……まぁ、肝心の相棒が『難しい仕事は面倒くさい』と言って怠けているのもあるのだが。
そう、僕には秘密がある。
それは誰にも言えない秘密だ。
宿の部屋の中で着替えをする。
頭に被っていた帽子を取り、髪を横で小さく結んでいた髪留めを取る。
そして、自分に掛けていた変身魔法を解いた。
短い銀色の髪が長くなり腰元まで届く。お腹に付いていた小さな剣の傷跡が消えていく。そして、ほんの少しだけ背が伸びていく。
髪の長さだけで人の印象というのはがらりと変わる。自分で言うのもなんだが、先程までの活発そうなイメージは息を潜め、少し弱々しい雰囲気がにじみ出た。
その後で元々着ていたコートに付いているフードを被り、開けていた前を閉じ、認識阻害の魔法を発動させる。このコートには元々魔法が付与されていて、それを発動させると個人の特定を妨げることが出来る。非常に便利な魔法だ。
そう、私のような有名な人間にとっては。
そして私は宿を出て、王都にある私の本当の家へと向かっていった。
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