灰色から③
「おはよう」
ドアを開けて、彼――ユウスケはそう挨拶する。
「……」
「……さて、と。今日は、こんな物を持ってきたんだ」
無言の私を気にすることなく、鞄から、何か書物を出すユウスケ。
「この本には、俺の前いた世界がのってある。俺のお気に入りだ」
表紙に書かれた言葉は分からない。
添えてある絵は、丸く青い球体に、緑や茶色で何かの形を描かれていた。
「自由に見ていいぞ、何か気になってたんだろ?」
そう言うユウスケ。
確かに気になっていた事ではある。
見た所、とても綺麗で大事に使われている本だ。本当に良いのだろうか。
「……」
「はは、別に減るもんじゃないし良いって」
読む事に戸惑っていると、ユウスケはそう言ってくれる。
「……そう」
そっけない返事だけして、私はその本に手を伸ばす。
「――!」
最初のたった一ページ。
開けるとそこには――今まで見た事のない、美しい絵が広がっていた。
上は淡い水色が広がって、所々に乳白色の綿のようなものが浮かんでいる。
中央には豪快な黒白の三角形が連なって。
その下には透き通るような青が支配し、生物のような何かが泳いでいた。
「…………」
息を呑む。
見ているだけで、鼓動が高鳴っていく。
こんなものが、ユウスケの世界には――
「綺麗だろ?……好きなだけ見ていいからな」
「……うん」
一頁一頁が、私の知らないものばかり。
壮大な建造物、水色で埋め尽くした世界、白く輝く球体。
綺麗で、飲み込まれそうなものばかり。
次のページが読みたい、でももっと見ていたい。
そんな葛藤を繰り返しながら、彼の世界の光景に魅了されていった。
―――――――――――――――――
「……あ」
「はは、終わっちゃったな」
最後のページをめくったら、その書物は終わってしまった。
肌が少し寒い……もう、夜なのか。
一体、何時間私は……夢中で時間の感覚がおかしくなっていたらしい。
「そろそろ遅いし、俺は帰るよ」
ユウスケはそう言って、帰り支度をする。
私が読んでいる間はずっと待っていたのだろうか。
「あ、これ――」
「やるよ、それ。じゃあな!」
……出て行ってしまった。
『俺のお気に入り』だって言ってたのに。本当に彼は分からない。
……今日は、寝よう。
「……」
寝室に着いた。
先程の本を、また開く。
彼の世界は……本当に美しい。
暫く見続け、ふと思う。
この灰色の土地の外は、一体どんな世界が存在しているのか。
どんな生物が、どんな空が広がっているのだろう。
きっと、この土地とは違う何かが広がっている。
この綺麗な景色にも負けない、この世界だけの光景もあるのかもしれない。
「……!」
こんな自分に驚く。
今まで考えようとした事も無かったはずなのに。そんな思いが広がっていく。
彼の本が、私をそうさせた。この土地しか見た事のない私を。
「……」
そして、我に返った。
この場所の外になんて、興味を持ってはいけない。
本を閉じる。
そして、今日の事を――ユウスケの事を考えていた。
よく考えれば、彼がここに来る理由が分からない。
この場所について、この私について知りたいのなら、もっと強引に聞き出す――
ここまで侵入できる力があると言うのなら、それは容易に出来てしまう。
なのに彼は、その素振りを全く見せない。
しかも私の欲求に応えようとして、こんな本も私に与えた。
分からない。
まともに会話などする気がない、そっけない冷たい言葉しか発していないのに。
普通なら嫌気が刺すはずだ。
私に会いに来て、こんな事をする理由が。
――『ヒトの言葉は信用するな』――
パパの言った言葉。
――『俺は、君の事が知りたい』――
ユウスケの言った言葉が、パパの言葉を掻き消す。
あの時、確かにユウスケは嘘を付いていなかった。
……それでも、こんな私と話していて、考えが変わる事もあるはずだ。
ユウスケにとって、私といる時間は不利益でしかない。
時間を浪費して、こんな態度で接せられて、挙句に大事なものまでも。
明日。
明日……明日もし来たら、この事を言おう。
こんな事を言えば――私の所になんて、来る気もなくなるはずだ。
「……」
ユウスケが頭に過って、なかなか眠れない。
これ以上……私の心の中に、入ってこないで欲しい。
無理やりに忘れ、目を瞑って眠りにつかせた。
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