夕の戦闘、開始
そして、絶望と言えるものが直ぐそこまで来ている事も分かる。
「あの状況なら、お前の行動は正しいよ。ただ……相手が悪かったな」
いつの間にか前にいた……アルスは、そんな事を口にする。
「そうですね」
樹を下ろし、離れるよう手で伝える。
ここまで来てしまったら、何か考えることもないだろう。
「俺を、殺すんですか?」
「ああ」
「そうですか」
分かりきってはいるが、再確認が出来た。
――そうだ、もう……戦うしかないだろう。
「精一杯、抵抗しますよ」
逆に心が、落ち着いて行く。
逃げ場もなく、目の前の強者に戦いを迫られているこの状況。
恐怖が限界まで行って、おかしくなってしまったんだろうか?
「……つまんねー奴だなお前。精々楽しませてくれよ」
此方へ、剣を向けるアルス。
「『纏』」
応えるように、俺も魔力を纏わせていく。
そして、スタッフを構え直し。
「……最初は、手加減してやる。耐えろよ」
何故か分からないが、加減されているならそれに越したことはない。
「っ!」
アルスが剣を構えたと思えば、一瞬で俺の懐に入る。
そのまま振るわれる剣を、なんとかスタッフで弾いた。
「はは、死ななかったな。よかったじゃねーの」
またも一瞬で俺の懐から離れると、そう笑いながら言う。
「そう……ですね」
今の一撃、弾けたものの物凄い衝撃だった。
俺の手は、早くも痛みで震えている。
……しかも、さっきから魔力を一切纏わせていない。
「変わった武器だな、お前の。王宮でもっといい武器貰えなかったのか?」
こちらへ問いかけるアルス。
「似た者同士なんですよ、俺とこの武器は。愛着も沸いてますし、相性もいいです」
実際今まで、このスタッフでなんとかやってきたんだ。これからも、こいつとやっていくつもりだった。
「……ほーん、そうか。まあ墓には埋めてやるよ」
興味無さげにそう言うアルス。本当に何を考えているか分からない。
「優しいんですね」
俺は精一杯の皮肉を吐き捨てる。
少し訪れる静寂。スタッフを構え直す。
「はっ、……いくぞ」
「『纏』」
もっと、多くの魔力を。
それでも厳しいだろうが。何よりアルスは、まだ魔力を纏わせることすらしていない。
まあ油断されているのなら、それでいい。
「らあ!」
なんとか一太刀を弾く。
「くっ……」
今度はこっちから仕掛けるが、全く攻撃が入らない。
動きが読まれているのか、避けられてばっかりだ。
「おいおいそんなもんか?」
そしてアルスの猛攻。波のように襲われるその攻撃に、なんとか自身を守るのが精一杯だ。
「ぐっ!らあ!」
耐えて耐えて、なんとか一瞬の隙が見える。
その一瞬に、靴に魔力を送り込んだ回し蹴りを入れた。
脚力が強化された蹴りは、自分でも恐ろしい程のスピードでアルスの腰へ。
「――っと、やるじゃねーの」
……俺の足は、アルスに掴まれていた。
掴まえられた手には、尋常じゃない力が込められている。
が、俺が抜け出そうとすると、力が弱まった。
そのまま離れてもう一度距離を取る。
「次はねーと思っとけよ」
笑いながら、そう言うアルス。
「……」
……俺は遊ばれてるのか。
……。
怒りと呼べるものが、恐怖を押し退け這い上がってくる。
何やってんだ、俺は。
最初から、この程度でこの男を倒せると思っているのか?
魔力をちょっと纏わせた程度で、何を夢見てるんだよ。
この男に遊ばれて、今どんな感情だ。
……悔しいだろ。男として、これでいいのか?
あの余裕かました男を、ぶっ倒したくないか?
……もう、後先は考えない。
今は、一撃でも目の前の男に入れる事だけ考えろ。
油断大敵。身を持って知らしめてやるさ。
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