第26話フェリーの偶然
19-26
「結婚したのね、子供も生まれたの?知らなかったわ」昌子の言葉に「でも妻には逃げられました、今は子供と二人です」
「仕事は?」
「早期退職で、辞めたよ」
「生活は大丈夫?」
「何とか成るよ」
「またお祝い送るわね」で電話が終わった。
徹は姉が不審に思っているな、誘拐と直接は結び付けてはいないが、遅かれ早かれ突き止められる。
昌子は別の事を考えていた。
今、徹を犯人に出来ない、我が子が中央官庁の重要なポストが目の前なのだ。
叔父さんが有名な事件の容疑者?その時点で子供の命運は尽きる。
どうすれば、良いのだろう?被害者にこっそりと返す?弟も娘も殺してしまう?昌子の頭はパニック状態に成った。
誰にも相談が出来ない。
長谷川信昭、伸行兄弟は揃って、官僚の卵将来が約束された自慢の息子だ。
夫長谷川静夫は転勤が多い大企業の社員で昨年定年退職をしたので、昌子も時間が出来て、これからは子供の出世が楽しみに成っていた矢先の出来事に仰天をしていた。
警察に捕まる前に何とかしなければ、先ずは女児の確認と今後の対策だと再び和歌山に行く事にした昌子。
徹も昌子に気づかれたと考えて、対応策を考えていた。
いつ来る?姉の性格からして早い、徹は凜を見れば一目で判ってしまうだろう。
犯罪者として突き出すだろうか?確か息子は官僚の卵だった。
凜を判らない様に返せと言うのか?それとも逆か?永久に消す?自分も一緒に?徹は姉の性格から考えても家庭環境を考えても、自首はさせないだろう。
凜の寝顔を見ながら考え込む徹「遅かれ早かれ、殺されるか、逮捕か」と呟く徹。
麻由子は長男真を手放さなければ成らない状況が訪れていた。
母親は犯罪者、娘は風俗嬢、その様な処に孫を預けられません、貴女には娘が居るから息子は頂きます。
最後通告の様に伝えて来た真三の母親真由、二歳に成る前に連れて帰ろうとしていた。
今なら、母親を恋しがらないだろうとの考えからの強硬手段だ。
来週の日曜日に小豆島に雅俊、真由夫婦が孫を引き取りに行くと通告してきた。
心の支えに成っている真を奪われる悲しみは、麻由子には耐え難い事なのだが仕方がない。
母親まで犯罪者に成ってしまった今、どうする事も出来ない。
大阪府警がようやく森本健一の行方を突き止めたのは、週末に成ってから「和田さん、森本健一は事件を起こせませんよ」
「何故ですか?」
「東日本の震災で、行方不明のリストに入っていました」
「えー」
「確かに禿頭で、年齢も合っていますが彼には犯罪は出来ません」
「ビラを送ったのも彼では無いのか」と和田は大きな溜息をついた。
この時、二回以上麻由子を呼んだ人間の捜査は殆ど終わっていて、和田刑事のデリヘル関係に犯人が居るとの期待は脆くも崩れ去った。
「後はこのモンタージュ写真の男が、何者なのか?森田健次」
「振り出しですかね」と困惑の表情の三人だ。
週末とんでもない偶然が、それぞれの頭上に降りかかろうとしていた。
長谷川昌子は徹の家に不意に行って確かめてから、殺害しても構わないと思うほどノイローゼに成っていた。
とにかく証拠を消し去る考えで徹の自宅に向かう。
徹は昌子の行動を詠んでいて、仕掛けをして週末小豆島に凜と行こうとしていた。
凜を返しても良いが、一言麻由子に言いたい気持ちが有ったからだ。
唯、もう充分に制裁はしたとの思いも徹には有って、凜との海外から帰ると母親に会わせてあげるからの約束を守ろうとしていた。
三ヶ月一緒に生活をして、徹は凜を裏切れない気持ちに成ってしまったのだ。
ウサギを箱に入れて車で小豆島に向かう徹と凜だったが、神戸フェリーに乗り遅れた二人は姫路港まで車で走った。
これも偶然に徹が見たダイヤが平日用で、土曜日は午前の便の後夜迄なかったのだ。
途中で判っても、間に合わないので姫路港まで走って来たのだ。
三時過ぎの船に乗り込む徹、エンジンを切ると暑いので、ウサギを持って客席に上がる二人。
帽子を深く被り、人相が判らない様にする徹と男の子の様な服装に野球帽の凜だから、中々傍目からは判らない。
約一時間半の船旅に喜ぶ凜、甲板で遊んでウサギと遊ぶと楽しそうだと目を細める徹。
外に出る事も少なく、海に行く事は皆無だったから楽しいのだろう。
凜にもしお母さんの処に帰っても叔父さんの事は絶対に言わない!何処かで合っても知らない人だと話してくれれば、凜ちゃんとまた合えるからねからね!約束だよ。
自宅を出てから車の中で教え込んだ徹、凜も別れが近い事を知っているのか「叔父さん判った、言わないわ!でも必ず会ってね」と徹の頬にキスをした凜だった。
涙が出る程嬉しかった徹、このまま別れるのは辛いと思うが、もう矢は弦を放れてしまった。
今頃、姉昌子が自宅に向かっているだろう、何をするだろう?と考えると恐い徹。
四時半を過ぎて「中に入ろうか」と徹が話して、二人は客室に入って行った。
「叔父さん、トイレに行って来るから」と言うとウサギの箱と凜を残してトイレに向かう徹。
しばらくして、戻った徹が見た物は「あっ、お婆ちゃんだ!」と叫んで走る凜の姿だった。
同じフェリーに南田雅俊、真由夫妻が偶然乗っていたのだ。
居眠り中の二人に凜が「お婆ちゃん」と膝を叩いて起こした。
「えー、夢かい」と声をあげると隣の雅俊が「凜!」と抱き抱えて「おい、夢じゃないぞ!凜だ、凜が戻って来た」と大喜びに成った。
直ぐに船は接岸体勢に入った。
徹は突然の出来事に慌てて車に駆け込んで、いつでも出られる状態で待った。
「凜一人で、小豆島に行く予定だったの?」
「うーん」と首を振って「一緒だよ!あそこ」と指を指す。
そこには、ウサギの入った箱がひとつ有るだけで誰もいない。
「凜、これはウサギだよ」
「アンドとロイドって呼んでいるのよ」
「誰かと一緒だったのでしょう」
「ウサギと一緒よ」と言うだけの凜に二人は唖然としていた。
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