第19話妖怪
日本の妖怪、というものは塩に弱いものである。吸血鬼がニンニクの匂いに弱いように。日本の妖怪にも致命的な弱点というものがある。清めていない為退魔の力が極端に弱いとは言え、大量の塩が含まれた海に飛び込むなど妖怪にとって自殺行為意外の何者でもないだろう。
だが、かの大妖怪は海へと身を投げ現にこうして海流に乗っている。彼の周りにも薄い膜の様な物が球体で張られていた。彼が無事な理由、結界である。
「ふわぁ」
大きなあくびを一つ。大して景色の変わらない水中はやはり退屈なのだろう。日本を出る際、道端に落ちていた本を拾ってみたはいいものの面白くも無ければ既に読み終えてしまった。もう一度読む気には全くなれない。駄作決定である。どこかに上陸したら真っ先に捨ててやろう。そんな事を思いながら彼は進行方向へと目を向けた。
「進路とか……何にもしてないけど、この海流どこ行くんだろ。水蛇でも居れば話が聞けるんだけど」
うーん、と唸った。九光太は適当に身を流しながら海をたゆたっている。軽く見積もって、一ヶ月程度ならこのままでも大丈夫であろうと結論づけていた。塩水の中にずっと居るという状況が精神的に辛いのは差し引いてある。
「まぁ、着いた所でいいか。漂ってれば蛇にも会うでしょう……あ、でもあの時。レギンさん……だっけ。約束のハネムーンの地とかなんとか言ってた気がするなぁ。ハネムーンって言ったら……どこ行くんだろう」
楽観的にそんな事を考えていた。日本より外に出た記憶は無いが、あの娘に会う為にはしかたのないことだ。いざと慣れば記憶改竄の呪いをもう一度行使して人間界に入っていくのもいいだろう。問題は彼の呪力が底を尽きるかもしれないという点だ。一度世界をまるごと呪っている。名のある妖怪とはいえあまり下手に動き回れば世界の自浄作用とて彼を見逃さない。
「まぁ、それはそれでいいんだけど。自浄作用? それで、お目当てが引き当てられるならなんだってするさ」
そうだ。自浄作用として奴を引きずり出すのも悪く無い。超常現象的な者達で会いたいのはただ一人だ。後は特に興味も無い。光太が水面を見上げた。忌々しい太陽が輝いている。
全く、おめでたい事だ。
「……あーぁ。そうだよ。神が憎い。あぁ、憎いとも」
三日月に、口は歪んだ。
「僕から全てを奪った君達が。僕は、堪らなく憎いんだ」
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