第92話 コニーちゃん再び

「ほら、このまま式を挙げても多分ハンナさんがやってきて時間停止魔法とか使われたらもうどうしようもないでしょう? とにかく今はこの魔法の詳細を解き明かす事が私達の身を守る最善策なのよ」

「うっ……それは、そうなんだけど……」

 私が時間停止魔法の仕組みを解明する必要性を説明すれば、クリスは言いよどむ。


「レーナ、私のせいでレーナ達に危害が及ぶのは本意ではありません。私にも出来る限りの事はさせてください」

「あら、急に殊勝になったわね」

 昨日、私の話を聞いていた時とは打って変わって、真剣な様子でニコラスが言い出す。


「ハンナは昔から面倒見もよく、聡明なドラゴンでした。七百年前私を封印したのも何か深い考えがあっての事だと思っていましたし、正直レーナの話も半信半疑でした。けれどアンやレーナ、クリスやネフィーまでも危険に晒されるというのなら話は別です」


 どうやら昨日私の話を疑っていたのも、自分の親代わりのような存在だったハンナさんが再び自分を封印しようとしたり、今のニコラスの暮らしを破壊しようとしているなんて信じたくないという気持ちの裏返しだったようだ。

 けれど、再びハンナさんに封印され、私達に危害を加えようとしているらしい事を目の前で聞かされて腹をくくったらしい。


「もしかしてこの前、町を襲ったのって……」

「あの発言だけでは断定は出来ないと思いますが、ハンナであれば、あれ位の事はできるでしょうし、可能性は高いでしょう」

 クリスが呟けば、ニコラスが苦い顔で頷いた。


「……でも、もしこの前、大量の虫達が僕らの町を襲った事件の首謀者がハンナさんだったとして、だったらなんであの時は時間停止魔法を使わなかったんだろう。もし使ってたら簡単に町を全滅できたはずなのに」

 不思議そうにクリスは首を傾げる。


「あの映像を見る限り、時間停止魔法にもそれなりの手順や莫大な魔力が必要なようだから、使いたくてもすぐには使えなかったんじゃないか?」

 町を襲撃された時の事はいなかったのでよくわからんが、と付けたしながらジャックが言う。


「でも、ハンナさんはこの前私の目の前で一部の時間を切り取って巻き戻して見せたのよ? それもすごくあっさりと……」

「時間停止と違って巻き戻すのはそんなにコストがかからないのか、それともその時は最初から入念な準備をしていて、自分の力を示す為にわざとそういう風に演出して見せたか……」

 言いよどむ私にジャックがいくつかの可能性をあげてきて、私はハッとした。


「虫の魔物が町を襲った日は、モフモフ教の初めての集会だったのよ……もしかして、それが偶然じゃなかったとしたら……私は、かなり前から目を付けられていた……?」

 だとしたら、一体いつから?

 そう考えた瞬間、背筋がゾッとする。


「町を襲った時はまさか反撃されて作戦が失敗するなんて夢にも思っていなかったから、時間停止魔法の準備もできてなかった……とか?」

 恐る恐るといった調子でクリスが呟けば、その場がしんと静まる。


「とりあえずこの話は、私達だけの間に留めた方がいいんじゃないかしら。これで騒ぎが大きくなっても混乱を招くだけだし、私達に時間停止魔法へ対抗する手段が無い限り、結果は見えているもの」

 私が提案すれば、ジャックとクリスは頷いてくれたけれど、ニコラスが待ってくださいと手をあげた。


「ハンナは明らかにレーナに危害を加えようとしていたようでした。いつ何をしてくるかもわからないのに、悠長に構えてはいられません」

「多分だけど、私の家族や懇意にしている人間を根絶やしにしたいのなら、近いうちにその人達が集まるイベントあるし、その時まで待ってるんじゃないかしら」


「近いうちにあるイベント……結婚式ですか」

「ええ。とにかく、最低限時間停止魔法の原理を説き明かして対策を練らないと、今度こそ全滅ね」

「ハンナ……どうしてこんな事に……」

 ニコラスは沈痛な面持ちで頭を押さえてうなだれる。


「……一応聞くけど、ニコラスは心当たり無いの?」

「はい。彼女が何をしたいのか、私にはもうわかりません」

「あー……うん、なら仕方ないわよね……」


 実際、ハンナさんの行動理由がニコラスへの愛情をこじらせたものが原因だったとして、ニコラス本人にその気が無いのなら、どうこう言っても余計に話が拗れてしまいそうだ。


「ママ、また町にいっぱい虫が来るの?」

 話を聞いていたアンナリーザが不安そうに私のスカートの裾を握って見上げてくる。


「大丈夫よ。私達がなんとかするから、アンは素敵な式が出来るように応援してくれると嬉しいわ」

「うん、わかった! 私、ママ達の結婚式を応援するね!」

「ネフィーもするー!」

 私がアンナリーザの頭を撫でながら言えば、元気にアンナリーザは頷き、隣にいたネフィーも元気に宣言する。


「二人共ありがとう」

「ちょっと、レーナ、そんな事言って大丈夫なの? ハンナさんは結婚式にまた何か仕掛けてくるかもしれないんでしょ?」

 心配したようにクリスが言ってくる。


「だからよ。ここで私達が下手に計画を変更して騒ぎ立てたらそれこそハンナさんがどう出るかわからないでしょう? それなら、私達はニコラスの帰りを信じて待ちつつ結婚式の準備を続けている事にした方がいいわ」

「じゃあ、ニコが帰ってきた事は内緒?」

 アンナリーザが首を傾げながら私に尋ねてくる。


「そうね。とりあえず、ニコにはしばらく別の姿に化けてもらう事にしましょうか。昨日の犬とか」

「ああ、あれですか……あの時は勢いで化けてしまいましたが、冷静に考えてみたら貞操の危機に直面しそうなので、化けるならこっちにします」

 そう言うなりニコラスは、黒いうさ耳のはえた妖艶な美女へと姿を変えた。

 懐かしのコニーちゃんである。


「おい、なんだその中途半端な獣人化は、せっかくなら完全に獣人化すればいいだろうが!」

「そんな事言って私に乱暴する気ですね! レーナ、やはりコイツは見た目だけでなく、中身までもケダモノです!」

 早速不満そうな声をあげたジャックに、ニコラスはわざとらしく自分の身体を抱きながら私に訴えてくる。


「なんだかわからないけど、二人共ケンカしちゃダメだよっ」

「アン、ケンカではないのです。あの男が私をいやらしい目で見てくるのです」

「そんな訳あるか! 完全な獣人になってから言え!」


 二人の間にアンナリーザが入って言えば、ニコラスがアンナリーザの後ろに隠れながら言う。

 ジャックは反論するけれど、願望が隠し切れていない。


「クリスーいやらしい目ってどんな目? こんなの?」

 一方、そのやり取りを見ていたネフィーはジャックの目元を真似ながらクリスに尋ねる。

 ……どんどんネフィーが変な言葉を覚えていく。


「う、うーん……その顔はあんまり可愛くないからやめた方がいいんじゃないかな」

「ぴゃっ! じゃあネフィーしないーっ」

 困ったようにクリスが言えば、ネフィーが慌てて顔を元に戻す。


「とりあえず、町に帰ったら式の日取りも含めて母さんと相談ね」

「そうだね」

 ため息混じりに私が言えば、クリスも困ったように頷く。

 ちなみにこのすぐ後、私達は母の行動力とコレットさんの企画力を過小評価していた事を思い知る事となった。

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