第81話 敗者決定戦

「クリス……?」

「えっ、ああ、ごめん、なんでもないよ……」

 私が尋ねれば、クリスは困ったように笑って首を横に振る。

 彼女とは、前に何かあったのだろうか?


 けれど、クリスが大丈夫だというので、そのまま試合は開始される。

「位置についてー、よーい、どん!」

 ネフィーが例のごとく、樽の上で手を組んだ二人の上に自分の枝を乗せて掛け声をかける。


「きゃっ! 負けてしまいましたわ」

 予想通り、勝敗はすぐについて、娘さんは全く悔しそうには見えず、どこかはしゃいだ様子で笑う。

 まあ、そうなるよな、と誰もが思った事だろう。

 だけど、勝ったはずのクリスはどこか浮かない様子、というか、どこか怯えている様に見えるのはなぜだろう?


「よ、よし、次の相手はアンだね!」

 早く話を進めたいのか、クリスはアンのもとへ向かう。

「わーい! やるやるー!」

 アンナリーザは当たり前のように迎えに来たクリスにとびついて抱っこしてもらい、樽の前の踏み台へと降ろされる。


「まっけないぞー!」

「それじゃあ位置についてー、よーい、どん!」

「わあっ、負けちゃった! やっぱりアンには敵わないなあ~」

 合図をされた直後、クリスはあっさりとアンに負けた。


「アンの勝ちー! それじゃあレーナの一番はアンだね!」

「わあい! 私が一番!」

 ネフィーが言えば、アンナリーザは嬉しそうに私に飛びついてきた。

 ……まあ、ここでクリスが勝っても絶対「ママの一番は私なんだもん!」とか言ってアンナリーザが泣いて拗ねるのは火を見るより明らかなので、コレが一番平和な終り方だろう。


「……さて、それでは優勝者も決まった事ですし、私達は最下位決定戦でもしましょうか、町外れででも」

 そしてニコラスは笑顔でジャックに提案をする。

 まだ諦めてなかったのか。


「いや、せっかくこんなに人が集まってるんだ、勝負するにしても、皆が楽しめるものにした方がいいんじゃないか?」

 ジャックは話に乗りつつも、できるだけ平和な勝負にもって行きたいようだ。

「俺達の事は気にすんなよジャックー」

「町外れでの決闘でもちゃんと移動して見に行ってやるから安心しろー」

 一方でジャックの知り合いらしい何人かからは野次のような気遣いの声があがる。


 もっと派手な修羅場を期待したのに、思ったよりも平和的に終ってしまってつまらないのだろう。

 私としては、このままその辺の話も有耶無耶して終らせてしまいたかったのだけれど。

「ネフィー、そもそも最下位決定戦だけ別の勝負なんて、変じゃないかしら?」

 腕相撲程度ならせいぜいジャックの肩が外れる程度で済みそうなので、穏便に済ませようとネフィーにお伺いを立ててみる。


「ネフィーはいいと思うよ! 楽しそう!」

 けれど、ネフィーは不思議そうに身体を傾けた後、元気に答える。

 ダメだ! 全く私の意図が伝わっていない!


 ネフィーがそう言った直後、辺りは盛大な盛り上がりを見せた。

「さっすがネフィー! わかってるぜ!」

「いよいよメインイベントか……」

 みたいな声が聞えてくるし、誰も止めようとしないあたり、完全に面白がっている。


「ネフィー、それじゃあ何で勝負してもらうの?」

「んーっとねー……じゃあ宝探し!」

「宝探し?」

「そう! 町の中に、宝を隠してそれを先に見つけて来た方が勝ち!」

「あっ! それこの前読んだお話に出てきたのだね!」


 アンナリーザとネフィーはなんだか二人で盛り上がっている。

 宝探しだったら特に怪我したり周りを巻き込んで迷惑をかけることもないだろう。


「それで、宝は何にするの?」

「私がやる! この前読んだお話でもね、宝物はずっといっしょに冒険してきた友達だったんだよ!」

 ネフィーに私が尋ねれば、アンナリーザが元気良く手を上げて立候補する。

 ……まあ、ジャックとニコラスならアンナリーザに危害を加えたり泣かせたりする事はないだろうし、いいか。


「わかったわ。じゃあ、アンナリーザが町の中に隠れるから、先に捕まえた方が勝ちね。範囲はとりあえずこの町の中、魔法とかは特に制限しないから、においを辿るなり、高いところから見つけるなり、好きにするといいわ……それでいいかしら? ネフィー」

「うん、いいよー!」


 一応大体のルールを決めてからネフィーにお伺いを立てれば、元気な返事が返ってきた。

「それじゃあ、日が暮れるまでに二人がアンを見つけられなかったら引き分けね」

 言いながら私はアンナリーザに連絡用の人工精霊を渡す。


「準備が終ったらこれで連絡しなさい。一応アンの後を付いていくようにしているけど、飛行魔法でスピード出し過ぎて振り切っちゃだめよ? そういう時はポケットにでも入れておいてね」

「わかった!」

 アンナリーザは人工精霊を私から受け取りながら早速ポケットにしまった。

 まあ、位置の特定と会話用なので、別にそれで構わないけれど。


「それじゃあ、二人共頑張ってね!」

 アンナリーザはそう言うと、飛行魔法であっという間にどこかへと消えてしまった。

 その間に今度はニコラスとジャックにも人工精霊を渡す。

 こっちはアンに渡したものと同じ機能に加え、二人の様子を映像にして対となる人工精霊に投影する機能が備わっている。


「二人ならきっと大丈夫だと思うけど、もしアンに怪我とかさせたら……色々と覚悟してもらうわよ?」

「大丈夫ですよレーナ、何も心配する事はありません」

「アンに危害を加えるつもりなんて全く無いが、勝負を始める前にひとついいだろうか」


 アンナリーザの準備完了の声が人工精霊から聞えた頃、二人を送り出そうとしていると、ジャックが小さく手を上げて私を見てくる。

「あら、なに?」


「ニコラスが勝ったら俺は町を出て行く事になる訳だが、俺が勝ったらどうするか、という話だ」

「ああ、そういえば何も決めて無かったわね」

「そこでだ、俺が勝ったらニコラスは今後一切なにがあっても俺に危害を加えない、と誓ってもらうというのはどうだろう」

「いいでしょう。もっとも、そんな未来は訪れませんが」


 ニコラスはあっさりとジャックの提案を受け入れた。

 随分と自分が勝つ自信があるようだ。

「それじゃあ二人共いくよー、よーい、どん!」

 ネフィーの掛け声とともに、ジャックは狼男となって走り出し、ニコラスは背中に翼を生やして飛び立つ。


 私は広場に人工精霊を通して送られてきた映像を投影する。

 空中に映し出されたニコラスとジャックの姿を、皆がわいのわいの言いながら見守る。

「レーナ、お腹すいてない? 何か買って来ようか? 飲み物は何が欲しい?」

 皆が空中の映像に夢中になる中、クリスが私に話しかけてきた。


 今日は目が覚めて身支度をしたらすぐにアンナリーザに連れ出されたので、まともに何も口にしていないので、その申し出は嬉しかったけれど、私のスカートの裾をかすかに引っ張ってくる様子に私は違和感を覚える。

「そうね、色々食べたいけど、まずは見てまわりたいわ。一緒に行きましょ」


 微笑んでクリスの手を引いて人だかりから離れると、私はクリスに内緒話をするように耳元に顔を寄せて何かあったのかと尋ねた。

 表向きクリスは私の婚約者という事になっているので、こうしていても別にちちくりあっているようにしかみえないだろう。

 ……状況的にものすごく不本意ではあるけれど。


「うん、その、さっき僕と腕相撲して、今もこっちを見てる子、わかる?」

「ええ、顔は覚えてるわ」

 すぐに誰の事かはわかったけれど、急に辺りを見回すのは不自然なので、振り返りたくなるけれど、ここはぐっとこらえる。


「あの子、昔、僕のせいで自殺未遂した第二皇女様にそっくりなんだけど……」

「え……」

 にわかには信じられない話だけれど、クリスの深刻そうな顔が、この話が冗談なんかじゃない事を物語っていた。

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