第58話 うちの子の条件

「な、なんでそういう事になるのかしら……?」

「だってネフィー、モフモフ教の教会だもん!」

 恐る恐る尋ねてみれば、元気よくトレントことネフィーが答える。


「ねーママ、ネフィーを家のお庭に植えちゃダメ?」

「……ダメ」

 私にくっついたままのアンナリーザが甘えるようにねだってくる。


「えー、この前お庭も広くなったし多分大丈夫だよ!」

 不服そうにアンナリーザが言うけれど、問題はそこじゃない。

 いや、庭もネフィーを植えたら、最近せっかく拡張したスーペースが占領されてしまって、私が育てている薬草を植える場所が無くなってしまうので、それも問題だけれど……。


「私がアンナリーザの事を心配しているように、エルフ教の人達もネフィーの事を心配しているわ」

 一番の問題はエルフ教だ。

 彼等も事を荒立てたくないとは言ってくれているけれど、それは私がアンナリーザを説得して連れ戻し、ネフィーが大人しくエルフ教へと帰る場合だ。


「ネフィー、ちゃんとモフモフ教に改宗するって言ってきたもん!」

「そんな事言っても、モフモフ教なんて、アンナリーザが勝手に言ってるだけで、実際はそんな宗教ないのよ?」

「じゃあ作るもん!」

「作るって……」

「作るったら作るの!」

「でも、突然そんな事言われてもエルフ教の人達はびっくりしてしまうわ。せめて、ちゃんとお話してあげて」

「ネフィーはアンの家の子になるの!」


 だめだ。

 いつの間にかネフィーの中では完全に家の子になる事が決定事項になってしまっている。

 そして多分、宗教というものがどういうものかも多分わかってない。


「アンの家の子になるっていうのはつまり、私の家の子になるって事だけれど、アン、アンの家で一番えらいのは誰かしら?」

「ママだよ!」


 とりあえず、まずはお互いの立場をはっきりさせておく必要があるだろうと、私がアンナリーザに尋ねれば、アンナリーザは元気に答える。


「そうね。という事は、アンの家の子になるには、まず私、レーナの許しが必要になるわよね?」

「わかった! じゃあ、ネフィーをレーナの家の子にして!」

「いいわよ」

「いいのレーナ!?」


 私が答えれば、クリスが驚いたように私に聞いてくる。

 まあ当然の反応だろう。


「わあ! ありがとうママ!」

 アンナリーザは嬉しそうに目を輝かせるけれど、私はもう一言付け加える。


「ただし、私の家の子になるには条件があるわ」

「条件?」

 私の言葉にネフィーが聞き返す。


「うちの子になりたいのなら、エルフ教の人達にちゃんと許可を取る事。これが出来ないとうちの子にはできないわ」

「わかった! ネフィー、じゃあ町に戻ってエルフ教の人達にお願いしよう!」

「うん、するー!」

 私が言えば、アンナリーザが元気にネフィーに呼びかけ、ネフィーも二つ返事で了承した。


「それには及ばないわ。今、外にエルフ教の人達が来てるから、私が呼んで来るわ。皆はここで大人しく待っててね」

「はーい!」

「待ってるー!」

 アンナリーザとネフィーは、私の言葉に元気よく答える。


「レ、レーナ、そんな事言って大丈夫なの……?」

 はしゃぐアンナリーザを横目に、クリスが心配そうに私に耳打ちする。


「私が何を言っても聞きそうにないし、とりあえずネフィーの説得は、エルフ教の人達に任せるわ。エルフ教に強引に連れ戻すにしても、それは私がやることじゃないし」

「なる程……」


 説明すれば、クリスは何か言いたげではあったけれど、引き下がる。

 大体、今のネフィーに私が何を言っても思いなおしてはくれないだろう。

 だったら、ここは一旦冷静になるために間を空けて、エルフ教の人達に直接説得してもらった方がいい。




「……という事なので、皆さんにはネフライトの説得をしていただきたいんです」

「……いいでしょう」

 離れた場所で待機していたラピスさん達の所まで飛行魔法で移動し、事のあらましを説明すると、私の提案はあっさりと了承された。


「少し時間を置いた方がいいと言うのなら、日が沈んでネフライトが大人しくなってからが良いでしょう。ネフライトの活動エネルギーは全て日光を元に生み出されるものですから」

 ラピスさんが何か考えるような素振りで言う。


 聞けば、ネフィーがアンナリーザを連れて走り去ったのも日が昇って少ししてからだったそうだ。

 町からあの巨体を支えながら大移動するだけの運動量を光合成で作られた酸素を消費する好機呼吸で生まれるエネルギーから変換された魔力だけでまかなっていると改めて考えると、そのエネルギー効率の良さに驚く。


 従来のゴーレムを操るには随時外部からの魔力供給が必要という概念を覆し、ゴーレム自体に魔力を自家生産させるという革新的なアイデアを実現させた私の娘すごい。

 もちろん、ネフィーを作るには促成魔法を考案したテオバルトや膨大な魔力を扱えるようにあれだけの魔法石を用意したエルフ教の協力あってこそだろうけれど。


「ところで、ネフライトには中にも外にも、結構な数と大きさの魔法石がはめ込まれてますよね? ちなみにアレは、いくら位かかったんでしょうか……」


 ネフィーの身体中にはめ込まれていた魔法石を思い出しながら私は尋ねる。

 一つ一つの大きさは、私が家で使っている一番大きな魔法石と同じくらいだろうか。

 となるとその魔力容量や金額は……。


「元々、各々で抱えていた魔法石を寄付という形で募ったので、正確な金額はわかりませんが、ネフライトに使われている魔法石は三百六十一個で、そのどれもが人一人分位の大きさなので……まあ、金銭に換算すれば、それなりに立派な教会が一等地に五つくらいは建てられそうですね」


「な、なる程……」

 もし、まかり間違ってネフィーが私の家の子になったら、そんな金額とても払えないし、その場合間違いなく破産だ。

 ネフィーにはなんとしても諦めてもらわなければ。


「ネフライトの身体中にはめ込まれた魔法石は、生成された魔力を保存するだけでなく、その周辺に感覚器官を形成する事により、教会の中や外の音や光景を知る事ができる目であり耳でもあるので、ネフライトには教会の内外の様子を把握してもらいたいと皆でかき集めました」


「そ、そうなんですね~……」

 誇らしげに話すラピスさんや、うんうんと後ろでその話に頷く他のエルフ教の人達を見ると、ネフィーの説得が無事に成功する事を祈るばかりだ。


 日が暮れるまではまだ時間があるので、ラピスさん達はそれまでにネフィーが話を聞いてくれなかった場合、強制的に元の場所まで連れ戻して拘束する強硬手段も含めて準備があるからと町に戻って行った。


 今後ネフィーとの信頼関係を築くのにそれはどうなのかとも思ったけれど、もしアンナリーザがまた家出をして、エルフ教に改宗するだの家に帰らないだの言い出したらどうするかと考えたら、まあそうなるか、と思い直す。




「エルフ教の人達は日が沈んだ時に皆で来るらしいから、それまではここで大人しく待っててね」

「わかったー」

 私が説明すれば、アンナリーザが元気よく手をあげて答える。


「あの、レーナ」


「良い返事ね。とりあえず、それまでは時間があるから、家出した後のアンの話とか、ネフィーの話とか聞きたいわ」


「レーナ……」


「ネフィーのお話?」

「いいよ~」

 アンナリーザとネフィーに言えば、ネフィーが不思議そうに尋ねて返してきて、アンナリーザはニコニコと頷く。


「レーナ! そろそろ私も解放してほしいのですが!」

 さっきからずっとちょいちょい口を挟んでいたニコラスが、とうとう痺れを切らして声をあげる。


「そうなの? わざわざアンを連れ戻しに来たのにあっさり寝返ったニコラス」

 現在、ニコラスは使役魔法により動けない状態で教会の隅に転がっている。

 わかってはいたけれど、あんまりにもあんまりな変わり身の早さだったので、流石に私もちょっと腹が立ったのだ。


「確かに、アンの幸せを願えばこそ、あの判断は早計だったかも知れません……アンを幸せにするにはお金が必要なのですね」

「それだけではないけれど、お金は大切よね」


 なぜか、アンナリーザの結婚相手の条件まで話が飛躍している。

 まあ、今回のニコラスのように考えなしに思いつきで行動するようでは、アンナリーザを任せる事なんてできないので、あながち間違いともいえないけれど。


「わかりました。レーナがアンの婿に求める条件がそうだというのなら、私も努力しましょう」

「まあ、そっちはアンが決める事だけど、やりたいなら好きにすればいいわ」

 一体何の努力だかは知らないけれど、とりあえず反省しているみたいだから良しとしよう。


 そして日が暮れた頃、エルフ教の人達が訪ねてきた。

 エルフ教の人達がネフィーの前に集まり、対峙するのを私達はネフィーの中から眺める。


「ネフライト、我々と一緒に帰りましょう」

「やだ!」

 迎えに来たエルフ教の面々の申し出を、ネフィーが間髪入れず一蹴する。


「ネフライト、皆あなたの事を心配してるわ。あなたがいなくて寂しいのよ」

「じゃあ皆モフモフ教になってアンの住んでる町に来てよ! ネフィー、アンと一緒じゃなきゃヤダ!」

 妙齢の色っぽいお姉さんが優しく言い聞かせるようにネフィーの説得を試みるけれど、ネフィーは全く聞く耳を持とうとしない。


「でもネフィー、私の家、来た事無いでしょう? 庭も狭いし、あなた位の大きさだととても窮屈に感じるわ」

「元の町でも周りにお家があったから大丈夫だもん! それにアンの住んでる町の近くには大きな森があって、一緒に冒険しようって約束したの!」


 そんなの聞いてない……。

 隣を見れば、アンナリーザが得意気にうんうんと頷いている。

 見かねて口を挟んだら、また思ってもいない情報がでてきた。


「……わかりました。それでは今度、教会の行事と重ならない時にしましょう。ずっと一箇所に留まっているのが退屈なら、数日に一度、遠出の日を決めて皆で出かけましょう」

「アンはいつでも好きな時に毎日でも遊んでくれるって言ったもん!」

 お姉さんの横にいたラピスさんが代替案を出すと、ネフィーは元気よくとんでもない事を言い出した。


「え、毎日……?」

「うん!」

 思わず私も隣のアンナリーザに尋ねる。

 アンナリーザは元気よく満面の笑みで頷く。


 何勝手な事を言ってくれちゃってるの!?


 これは、万が一にもネフィーがうちの子になったらえらい事になるやつだ。

 エルフ教の人達、負けないで……!!

 私は心からそう願った。

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