第4話:-秋の夜に嗜む大人-【02】

 私は、いつもの歩き慣れた道を進んでいる。

 道がキチンと整備されている、川沿いの道。


 私はこの道が好きだ。

 大人になって、自然と触れ合わなくなった私に季節を教えてくれるから。


 見た目というか、雰囲気で――そして自然と香りが教えてくれる。

 小さい頃から遊んでいた場所なので、直感で季節を感じ取ることが出来るのだ。

 あくまで、私の中での理屈ではあるが……


「……流石にもう、花火をする家族はいないようだね」


 道沿いの土手を下った先には、花火をするにはうってつけの河原がある。

 夏の季節、夜の時間帯にこの場所を通ると、どこかしらの家族が必ずプチ花火大会を開催していた。


 家族サービスだったり、たまにカップルだったり――

 しかし、夏が終わるとその光景も終わる。

 カレンダーに示された【8】という数字が【9】に変わっただけで、人は夏という遊びから手を引き始め、秋の季節を受け入れようとする。


 何だか少し寂しい気もするが、夏はいつかは終わってしまう。

 ズルズルと引きずるのではなく、月をきっかけに終わらせようとする姿勢は、ある意味正しい選択なのかもしれない。


「夏……もっと体験しておけばよかったかな……?」


 汗を書くのは嫌いだし、暑いのは嫌い――でも、体験しないことは寂しい。

 大人だというのに、わがままに生きたいと感じている。

 夏は既に終わってしまった――

 今嘆いたところで、何も得るものはない。

 なら、私が今できることと言えば――


「秋を、食事を堪能することだ……!」


 小さく呟き、私は決心する。


 ………

 ……

 …


「着いた……」


 河原から更に五分程歩いたところで、私はスーパーへと到着した。

 月に数回訪れる、私にとって最も馴染みがある場所。


 二十四時まで開いているので、店内はちらほらとサラリーマンたちが買い物をしている様子が見え、田舎だというのに、賑わっている様子がある。

 私は、カゴを手に取り店内を見渡す。


 まずはどのようなルートで回ろうか。

 買い出し自体は明日行うとして、まずはこの空腹を満たすための身近な食糧を確保したい。


 ならば、まずはお惣菜コーナーを回ってみようではないか。

 私のように、料理スキルを挙げることを放棄した者にとって、少しでも手の込んだ料理を安価で手に入れられるというのは、非常に貴重なことなのだ。


 しかし――


「……ああ、既にやられていたか」


 お惣菜コーナーは、先に先手を切ったサラリーマンやOL達によって、ほとんどが全滅している。

 割引シールの付いた商品はもちろんのこと、人気のありそうな肉肉しいお弁当やおかずは売り切れとなっていた。

 このあたりはベッドタウンで、家族連れはもちろんのこと、独身の若者たちも家賃が安いからと住んでいる人が多い。

 三十分という電車の時間を我慢するだけで、同じ五万円でも一部屋あるかないかという大きな差が生まれるくらいだ。

 安く済まして田舎を謳歌おうかする、それがこの地域で暮らす人達の考え方らしい。

 ともあれ――


「流石にここまで取られ尽くしている光景は予想外だ。もうちょっと残ってても良かったのに」


 店側も、賞味祈願が短いものを余らせる訳にはいかないという事情があることは十分に分かっているからこそもどかしい。

 一人二人の食欲を満たすために、大きなリスクを背負いたいとは思わないだろう。


 しかしながら、取り尽くされているとはいえ、少しばかりはお惣菜も残っている。

 例えばサラダ――

 おつまみに適したポテトサラダ以外のものは、意外と残っていたりする。

 海藻サラダやツナ入りサラダなどは、割引シールが貼られていても、需要はそこまで多くはないのだ。


 インドアの仕事をしている私だ。

 むしろ、さっぱりしたものくらいがちょうどいい。

 私は二割引きとシールが貼られた海藻サラダのパックを手に取ると、それをカゴの中へと投入する。


「次は……肉食べたいなぁ……」


 十秒前までダイエット志向の理論をかましていたにも関わらず、次に欲しいのは肉であると私の脳は所望する。

 ただの肉ではない。

 油をたっぷりと使用した、カリッカリの唐揚げが食べたい。

 スーパーで売られている唐揚げは、少々しょっぱいものの、万人受けするような安定した味を出してくれる。

 お酒のおつまみにはもちろんのこと、主食としてカロリーを補いたいときにも最適だ。


 しかし、からあげは大人たちのソウルフード。

 そうそう残っているものではない。

 だが――


「あぁ、一パック余っている。珍しい」


 お惣菜のコーナーの隅で、唐揚げ置き場とは違う場所に、二割引きと書かれた唐揚げがポツリと置かれていた。

 なぜ、こんなところに置かれているのだろうか――


「……まあ、欲望との葛藤に勝ったんだろうな」


 OLが仕事終わりにたくさん食べたいと思い、唐揚げを手に取ったものの、二十二時過ぎに高カロリーなものを食べてしまっては、自らのプロポーションに悪影響を与えてしまうであろうと危惧して、泣く泣くカゴの中に入れた唐揚げを隅に置いたというシチュエーションが思い浮かべられる。

 漫画家であるがゆえに、どうしても面白おかしく想像してしまいがちだけど、似たシチュエーションであるということなのだろう。


 私の想像が正解なのか、違うのかはともかくとして、唐揚げを手に入れられたという事実には代わりはない。

 店員か社畜はわからないけど、置いてくれてありがとう。


 私はお礼を言う相手を分からぬままに、そっと唐揚げをかごに入れた。

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