第7話 なんで俺なんだ?
口が開いて塞がらない俺を前に、新之助が畳み掛けてくる。
「そうだ、雪哉。俺達はお前の力が必要なんだ」
ああ、からかわれているんじゃないかと思ったよ。もしくはこいつらがおかしなネットワークビジネスにハマっちまったかどちらかだ。そうだ、そうに違いないさ。俺は騙されてる。そう思った俺が間違っているっていうのかよ。だって、何だって、こいつらが俺に声をかける必要がある?入社5年目にして、ヒラ社員の俺によ。十人を超える部下を持つこいつらが。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は目の前の二人を制して、一度大きく深呼吸をする。
「まず確認したい。本気で言ってんのか?」
「本気も本気だ。冗談でこんなことは言わない」
「それは、優勝した場合に、その……、独立するってことも含めて?」
「その通りだ」
「冗談だろ」
「言ったろ、冗談など言うわけないだろう」
新之助が腕組みをしたまま胸を張り答える。俺はつい自信を失って下を向いてしまう。下を向いたまま、ガキのように問いを空に浮かべた。
「なんで?」
「今の会社にいても、将来は限られている。今やっているペット事業を上手く軌道に載せたところで、俺は所詮一事業部の部長程度止まりだ。それなら、男足るもの一度勝負に出てみたい。そしてそれは今の年齢が最適だと思っている。これは俺もヒロも共通の考えだ。お前は、他社の人間だから無理強いはできんが」
そこで止めて、新之助は付け加える。
「それにその程度の覚悟がないと、New BITでは勝ち残れん」
なんで、こいつはこんなに自信満々に威風堂々としているんだよ。あまりに格好良くて、つい惚れそうになるだろう。新之助の性格は学生のときからもちろん知っていたけど、しばらく距離が置いてから、改めて触れてみるとその意識の高さに驚かされちまう。こいつのおかげで、大学時代にサークルで挑んだバスケリーグでも負け無しだった。
「なんで俺なんだ?」
俺は2人に問いかける。いや、この質問はきっと自分にも、
本当になんで俺なんだろう。だって、他にいくらでもいるはずだろう。L社には優秀な人材が山ほどいるはずだ。それに転職一年目の俺に何ができる?広告の知識だって、所詮一年間分のそれしかない。大学を卒業してから、ただひたすらに営業畑を歩んできた。いわばモノを売ることしかできない。新之助のようにリーダーシップを発揮して大勢の連中を動かすこともなければ、ヒロのようにロジカルシンキングを使って、立派な理論武装ができるわけでもない。そうやって自分を卑下する考えがめぐるうちに、新之助が口を開いた。
「まずはヒロが言ってくれた。お前も誘おうって」
俺はヒロの顔を見る。ヒロはニッと笑ってVサインを送ってくる。
「俺は最初、雪哉にだって仕事があるだろうと言ったんだがな、ヒロが譲らなかったんだ。それに何よりも……、雪哉、お前は以前の約束を忘れたのか?」
そう言われて、ハッと気づく。
そう。確かに俺達3人は以前にある約束をしたことがあった。そのときの約束をこいつらが覚えてるだなんて思いもしなかった。むしろ何より俺が忘れてしまっていただなんて……。
「……覚えてるよ。大学三年のときも、大学卒業間近のときも話した」
「そうだ。当時は就活で俺たち3人共別々の道を選んだが、チャンスが少しでもあるのなら、再び最短距離を目指せばいい。そうだろ」
「他は?他の奴は誘わないのか?」
「お前がもし首を縦に振ってくれたら、3人。3人だけだ。お前が断ったとしたら、どうするんだろうな、その時のことはヒロとは話してないな」
新之助がヒロに目をやり、ヒロは目を瞑ってウンウンと頷いている。
「……少し考えさせてほしい」
自分の情けなさに、俺は時間を置くための言葉を振り絞る。
「さっきも言ったが無理強いはしない。だけどお前はマルチになんでもできる奴だし、やはり一緒にやりたいと思ってる。それにこういうのは、誰とやるかが一番大切なもんだ。俺も事業を任せてもらってつくづく感じるが、やっぱり最後は人なんだよ。人がいないと人は動かない。動かせないんだ」
「ゆきやん!一緒にやろうよ」
ヒロが唐突に口を開く。派手な経歴に見えても二人が俺のことを考えてくれていることが嬉しくて、俺はまた泣きそうになる。今度は嬉し涙だ。そこから、飲み会は新之助の新居や俺の彼女など、別の話題に移り、またこの話に戻ったのは店を出たあとの道玄坂の交差点だった。
「まずは3月末の参加締め切りまであと一ヶ月、企画締め切りまであと二ヶ月あるが、例年を見ていると勝つチームはとっくに検討を始めていることも多い。俺とヒロは、ちょうど明日から週末の時間を使って、事業案を練り始める予定だ。もし都合がよければ雪哉もぜひ来てくれ」
俺は考える。俺に何ができるだろう。それとも、こういうものは考える前に挑戦してみるものなんだろうか。
きっと参加すれば土日の予定は、全て埋まっちまうだろう。それぐらいハードなことだってのは、俺にだってわかる。だけどどうせ土日にやってるルーチンと言ったら、昼ジムに行って、夜ビールを飲むぐらいだ。
それにやるとしたらどんな事業がいいんだろう。今まで与えられたモノを売るばかりで、事業をつくるだなんて考えてこともなかった。面白いかもしれない。
色々な考えが頭を巡る。
頭を冷やすため、俺は渋谷から西麻布まで歩いて帰ることにした。帰り道、麻布の交差点で、俺は道端を酔っぱらいとネオンが輝く街を見ながら、心の奥底が次第に熱く、ふつふつと燃える心の音を感じていた。
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