第33話「決別とようじょ」
小さな魔法のランタンが、
テーブルの上に置かれた小さなデキャンタには、淡い山吹色のワインが光に揺れていた。
ファンテがそれを置いて部屋を出てから数分。
僕とクリスティアーノは、無言でそれを味わっていた。
「……アクナレート、君と出会ってからどれくらいになるかな?」
「……半年くらい……かな」
「まだそんなものか。私はもう何年も一緒に居るような気持になっていた」
「そうだね。クリスティアーノには感謝してる。僕なんかと、こんなに仲良くしてくれて」
お互いに、その言葉に嘘は無い。それは分かる。
でもその友情も、今日これから終わりを告げるかもしれないのだ。
僕らはワインで喉を湿らせ、グラスをテーブルに置いた。
「クリスティアーノは、
僕に会話スキルを求めても無駄だ。
出来ないことをやろうとして泥沼にはまっている場合でもない。
単刀直入に、僕は核心をついた。
「自由と、命と、財産の保証……と言った所かな? その代り、私は権力を求めない……まぁある程度自由に動くために子爵にはなっているがね。そして、ミレナリオの危機には
だいたい予想通りだ。
この間の魔王の眷属討伐で、僕には
辺境の遺跡に現れた眷属を倒した僕が報奨を受け取っているのに、ミレナリオの中心である王都を救ったクリスティアーノの爵位が変わらないのはおかしいと思っていたのだ。
僕は頷く。
「それで、僕たちの扱いは?」
「君も聞いただろう、ミレナリオが転移者の抑止をしているのは事実だ。だがそれでも自然発生する『はぐれ』転移者については私の管轄にある。アクナレートのような『はぐれ』転移者を素早く見つけ、あのなんのチートも持たない勇者の末裔たちの権力を守る。まぁ守ると言っても、形式上私の配下となってくれれば、それだけで良いのだ。信用されるだけの実績は残してきたからね。それに、転移者と気持ちを通わせることが出来るのは転移者だけだ。私が管轄するのが一番理に叶っているだろう?」
「……気持ちを通わせることが出来なかった場合、どうするの?」
「幸いなことに、そんな物わかりの悪い転移者には会った事が無くてね。言っただろう? 私がここジオニア・カルミナーティの世界へ転移してから、最初に出会った転移者は君たちだと」
「もし、僕がその物わかりの悪い転移者だったら……どうしてた?」
「想像もつかないな。でもまぁ私は救えるものは全て救う主義だ。なんとか救えるように努力はするだろう。それでもダメなら……私は自分の命が最優先だからね、分かるだろう?」
それぞれチートを持った大アルカナの
それをカードから作り出す
実質23のチートを持っているクリスティアーノなら、まだこの世界に慣れていない転移者など、簡単に片づけられるだろう。
黙り込んだ僕に、クリスティアーノは屈託のない笑みを向けた。
「そんな事にならなくて、本当に良かったと思っている。私はね、アクナレート、君たちがミレナリオから害をなされないように守ることが出来る。災厄の魔王についても、この間の眷属の戦いで分かった。たとえあの眷属の10倍の強さの魔王が襲って来ようとも、我々は負けない。アクナレート、力と言うものを理解していないような活動家に騙されるようなことだけはあってはいけない。りんちゃんが一番安全に暮らせるのは、私の庇護下だ」
クリスティアーノの言葉には説得力がある。
会話が苦手な僕とは大違いだ。
それでも、彼は一つ大きな間違いを犯している。
さっきまで、彼が訪れたのは当然のことだと思っていたけど、今となってはその小さな違和感が、のどに刺さった魚の骨のように僕をどんどん不安にさせて行った。
「……最後に、聞かせて」
「ああ、何でも聞いてくれたまえ」
「クリスティアーノは、どうやって、僕がジョゼフの……あの組織に接触を受けたことを知ったの?」
「……ファンテの聖杯のネットワークで報告を――」
「――嘘はダメだよ」
クリスティアーノの言葉を僕は即座に遮る。
「ファンテは僕が『今日のこの話はどこにも漏らさないように』って命じた時に『かしこまりました』って言ってた。ファンテは僕に嘘をつかない。もし、あの時点ですでに報告してしまっていた後だったら、正直にそう言うはずだ。だから、彼はクリスティアーノにこの話をしていない」
「はは、ずいぶんと聖杯のファンテを信用しているようだが、アレは私のチートで生み出した疑似生命に過ぎない。4枚ある
「違うよ。数か月生活を共にして分かったんだ。ファンテは人格を持っている。僕たちとの……りんちゃんとの生活が、彼を人間にしたんだ。彼は意志を持ち、自分で考え、決断をできる。そして、彼は……ファンテは僕たち家族を裏切らない」
「君は強情だな、アクナレート」
やれやれと言った様子で、クリスティアーノはソファに深く腰を沈める。
クリスティアーノの言っていることはもっともだけど、僕は確信していた。
数か月の生活を共にして、りんちゃんの優しい心に触れたファンテは、もう僕たちの家族になっていると言う事を。
その時、ガチャリと音を立て、内側からカギがかかっているはずのドアが簡単に開いた。
そこから姿を現したのはオルコ。
オルコは無表情に僕を見、そのまますぐにクリスティアーノへと視線を戻した。
「クリスティアーノ様、アクナレートの仲間が何やら不穏な動きをしています」
「……わかった、行こう。アクナレート、君も来るだろう?」
僕は席を立ち、僕らの事をずっと監視していたのであろうオルコを一睨みしてドアを出る。
組織の接触を受けたことも、その内容も、全て彼が報告したことは明らかだ。
そしてそれは、クリスティアーノが僕らのことを信用しておらず、監視をつけ、警戒していたと言う事実を僕に思い知らせたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
まだ朝日も登らない庭に、綺麗な箱馬車の姿が月明かりで浮かび上がっていた。
あの時の幌馬車とは違ってかなり大きいが、そのために4頭から6頭で馬車を曳かなければならなくなってしまったし、山道や荒れ地の走行には向いていない。
出来上がったときにはクリスティアーノに呆れられたものだった。
「アクナレート様」
最初に僕を見つけたファンテが、頭を下げる。
その言葉につられるように、眠っているりんちゃんを抱っこしたマリア、ルカの車いすを押したルーチェ、そして、皆を守るようにクリスティアーノとの間にふわふわと浮かぶチコラが一斉にこちらを見た。
「どうや?」
「うん、僕は、クリスティアーノを……信用できない。彼も同じ気持ちのようだよ」
「さよか」
僕は歩みを止めずにそのまま馬車の方へ、家族の元へと歩を進める。
それを引き留めるために伸ばされたクリスティアーノの右手が、僕の肩へとかかった。
僕は歩みを止め、半身だけ振り返る。
僕を見つめる彼の目を正面から受け止め、僕は彼の手をそっと外した。
「信用できない人のところに、監視をつけられたまま暮らすことなんかできない。敵対したら殺すつもりだったとまで言われて、そんな場所で暮らすことは出来ない。……安心してよ、ミレナリオの権力を奪おうとかそういう気持ちは無いから」
「まて、監視をつけていたことは謝る。だが、我々の自由を保証するためには必要な事だったのだ。それについても、マリアステラの件に片が付いたら説明するつもりだった。ミレナリオの外はモンスターの
僕は無言のまま彼から離れ、他の荷物と一緒に馬車に置いてあった
そのままクリスティアーノを真正面に捉え、両足を肩幅に開いて地面をしっかりと踏みしめた。
「そうだね、クリスティアーノ、忠告をありがとう。でも、りんちゃんは僕とチコラが守る。モンスターなんかのために、不自由な生活なんかさせたりしない」
「せやで。あっくんはともかくワイがおるのにモンスターごときに後れをとるわけないやろ!」
「どうしてだ? 意味が分からんぞ。少しの間だけ、経過措置的に監視がついていただけだろう? これからはそれも全て改善すると言っているんだ。平和な生活を捨てるような大きな問題ではないはずだぞ」
クリスティアーノがマリアの方を見ながら、少し慌てたような表情を見せる。
彼はこれから大変だ。20年かけて築いてきたミレナリオとの良好な関係が崩れてしまった。『はぐれ』転移者を管理し、自分も含めてミレナリオへ反抗の意志など持たないと示し続けていた立場が、僕たちの離反によって崩壊してしまうのだから。
僕はちょっとだけ彼を気の毒に思ったけど、でも、ここで引くわけには行かなかった。
「信用の問題だよ。クリスティアーノ。平和な生活かもしれない。でもそれは安心できる生活ではありえなくなってしまった。……君のことは友達だと思っていたんだ……残念……だよ」
「わかるやろクリスティアーノ。ワイらはな、監視付けられたり、反抗したら殺す言われて、のほほんと暮らせるような飼い犬とはちゃうんや」
「……わかった、アクナレート。わかった。君たちがミレナリオを離れることについては、私がなんとかとりなそう。……だから、せめて連絡は取れるようにしてくれないか。それから……女神マリアステラ、……貴女は私の元で暮らさないか?」
即座に断ろうとして、僕はちょっと考える。
確かに、マリアが僕たちと一緒に来なければならない理由は無い。そう考えたら、ルーチェやルカも、ここで暮らした方が良いと思っているかもしれない。
僕はマリアへと視線を向け、彼女の返事を待った。
「ちょっと~、それって人質? それともあっくんたちを逃がす交換条件?」
「どう取って頂いても構わない。私は単純に、もう二度とあなたと離れて暮らすのが耐えられないだけだ」
「あはは、情熱的だね~。でもね、私はあっくんに誘われたから街に来たんだよ~。あっくんたちが居ないなら、私も街に住む理由はないな~」
「理由はある。私が貴女を愛しているからだ」
「あのね~、クリスティアーノくん。それはキミの理由。私には何の理由にもなってないよ」
マリアは手厳しい言葉でクリスティアーノの提案をぴしゃりと切り捨てる。
僕は、さっきよりももっと彼のことが気の毒になり、マリアを視線で制した。
「わかった、連絡はするよ。でもマリアは残りたくないと言っているから、一緒に連れて行く。それからルーチェ、ルカ、君たちも残りたければ残っていい。転移者じゃない君たちは国に追われることも監視をつけられることも無いだろうし、生活に必要なものは僕が――」
「――あっくんは」
「え?」
「あっくんはどうしたいんですか? ぼくはあっくんが残れと言うなら残ります。一緒に行ってもいいと言って下さるなら、一緒に行きたいです」
「私やルカは足手まといですか? ルカを置いていくのなら、ルカの治療をしなければならないので私も残ります。でも、ルカを連れて行くのなら、私が必要なはずです」
ルーチェとルカがちょっと怖い笑顔で僕を見る。
そんな聞き方ずるい。
家族なんだ、一緒に居たくないわけないじゃないか。
「わかった。一緒に行こう。じゃあクリスティアーノ、落ち着き先が決まったら連絡するよ……友達として」
「……必ずだぞ。……残念だな。君とはもっと一緒に旨いビールを飲めると思っていた」
「そんな時も来るよ……いつか……ね」
「そう祈っているよ。それまで……無事で居たまえ。マリアステラとりんちゃんを頼んだぞ」
僕がクリスティアーノと対峙している後ろで、全員が次々と馬車に乗り込む。
チコラが眠っているりんちゃんに「りんちゃん、ぐりりん呼んだってや」とささやくと、りんちゃんは「ん~ぐりりん、むにゃ」と小さな声で返事をした。
刹那、山の端を明るく染める陽光と共に「くけぇぇぇ!」と言う鳴き声と黒く巨大な影が飛来する。
それは馬車の前に音も無く降り立ち、ファンテによって馬具を装着された。
それを確認して、僕も馬車に乗り込む。
黙って僕らを見つめているファンテに向かって、僕は身を乗り出し、手を伸ばした。
「ファンテ、なにやってるの、早く」
「……よろしいので?」
「当たり前じゃない。もしファンテが僕に愛想を尽かしたんじゃなければね」
ファンテはクリスティアーノを振り返り、彼が頷くのを見て馬車に乗り込んだ。
クリスティアーノ的にも異論はないだろう。何しろどれだけ離れていても、聖杯のネットワークを通じて僕たちと連絡をとれるのだ。
僕は御者台に腰を落ち着けると、水晶球を取り出し、世界の地図を表示する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます