見えなかったもの
「いただきまーす!」
図書館の前の広場が、賑やかな声で充たされました。
お皿に盛られた”料理”を、フレンズたちが物珍しそうに眺めています。最初はみんな、遠巻きに窺っているだけでしたが、博士と助手が食べはじめたのを皮切りにして、つぎつぎとお皿に手が伸びていきました。
初めて食べた料理の美味しさに、皆が歓声を上げます。
その中には、アミメキリンとナマケモノ、それにキャプテン、クロテン、ニホンアナグマの姿もあります。
「いやあ、しかし見破られるなんて、びっくりしたよ!」
「本当ですわ。さすがは名探偵、といったところかしら」
「いやあ、まあね」
キリンが胸を張ります。犯人がわかったのは、間違いなく彼女のお手柄でした。
「ここです」
「え、どこ?」
「えっと、この倒木の陰に……」
「あ、本当だ。すっごい……」
キリンは目を丸くしました。クロテンとナマケモノが眠っていた樹のすぐ下、倒木の陰に、アナグマのトンネルの入口が隠されていたのです。何度も近くを通っていたのに、キリンはまるで気づきませんでした。
「私たちは、ひとつの大きな巣穴にたくさんの出入り口を作るから、隠すのは得意なんですぅ……」
「で、盗んだ野菜は……」
「トンネルを通って、遠くに運ぶんです。トンネルの中に保管庫がありましてぇ……」
「地上ルートでそこに向かう途中、図書館へ向かうあなた方と会ったのです。驚きましたわ。まさか名探偵が来るとは……」
クロテンが言いました。
観念した三人は、あっさりと詳しい犯行について説明してくれたのです。
アナグマとクロテン、それにキャプテンは、それぞれの口裏を合わせることで、疑われることなく野菜泥棒に勤しんでいました。しかし名探偵という外部者が来たことで、それまでの作戦は通用しなくなってしまいました。
困った三人は、そこで一計を案じました。
合図はキャプテンの叫び声でした。そう、「ジャスティス!」です。
声を聞いたクロテンは、樹をするすると降りて、アナグマに合図します。またすぐに昇って悲鳴を発し、キリンを抱えたキャプテンが来るのを待ちます。
あとは簡単です。キャプテンとキリンが見当違いの方向を捜しているあいだ、アナグマは悠々と野菜を泥棒し、遠くへ逃亡することができたのです。
「……でも、どうしてこんなことを?」
話を聞いたナマケモノが、首を傾げます。彼女たちが野菜を泥棒したのはいいとしても、いったい何に使うのかわからないからです。
「そうよ……。キャプテン! あなたの正義は、偽物だったの⁉」
キリンが言いました。正義のためならどこまでも、曲がったことは許さない。と言っていたキャプテンが泥棒だなんて、本人が言っても信じられません。
キャプテンはうなだれました。
「それは……」
「違うのです、キリンさん!」
クロテンが、キャプテンを庇って立ちました。アナグマも震えながら、
「そうですぅ、悪いのは博士たちなんですぅ」
「え? 博士が?」
驚くキリンとナマケモノの前、クロテンがそうです、と頷きます。
「最近、博士たちがよくこの畑に来て、野菜を持って行っているのを、ご存知かしら?」
「それで気になって、博士たちに訊ねてみたんですぅ。でも博士たちは、『お前たちには教えられない』ばかりで……」
キャプテンの目が輝いて、
「きっと自分たちだけで、なにかいいことをしてるのよ! そんな曲がったことは、断じて許せないわ!」
「「…………」」
さっきまで落ち込んでいたはずの三人が元気を吹き返し、キリンとナマケモノはびっくりしました。
「……えっと、だから盗もうと?」
キリンが訊くと、三人は拳を振り上げて、
「そうよ!」
「そうですわ!」
「そうですぅ……」
その様子を見て、ナマケモノも訊ねます。
「じゃあ、盗んだ野菜は……」
「? そのままだけど。何に使うのかわからないし」
「わ、私がぁ、丁重に保管してますので……」
キリンとナマケモノは、顔を見合わせました。
「――というわけなのよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
キリンから事の顛末を聞いた博士が頷きました。
「秘密主義の弊害、ということですね」
助手も腕を組んで頷きました。
「「「ごめんなさい……」」」
三人の声が重なります。
とりあえず報告を、ということで、キリンが三人を図書館へ連れて来て、事情を説明したところでした。ナマケモノは疲れてしまったのか、また隅で眠っています。
三人が恐る恐る顔を上げると、博士と助手は意外に怒っていないようでした。そればかりか、
「いえ、確かに理由を説明しなかった私たちも悪かったのです。謝るのです」
「ですね。すまなかったです」
と逆に謝ってきました。
「い、いや、そんな……」
恐縮するキャプテンの様子を見て、キリンは安堵の息をつきました。もし彼女たちの言うことが本当で、博士たちが悪いのであれば、その時は自分の出番と思っていたからです。
「でしたら、どうして博士たちは野菜を集めていらしたの?」
クロテンの問いに、博士が答えます。
「キリンは知っているはずですが、『料理』のためです」
突然自分に向けられた視線に驚きつつも、キリンは、
「え、ええ! 私は知っているわ! あ、あれよね? あの、遊園地で食べた……」
「そうです」
助手が頷きます。
「近々、図書館付近に住んでいるフレンズを集めて、料理パーティを開こうと思い、野菜を集めていたのです」
「パーティを開くって……、博士たちが?」
キャプテンが驚いて言いました。なにしろ、彼女が知っている博士助手は、自分から面倒なことをしたがらない性格だからです。
「皆が料理の魅力に目覚めれば、私たちが作る必要がなくなるので」と助手。
「手間が省けるのです」と博士。
「あ、そう……」
やっぱりキャプテンの知っている博士助手でした。
「じゃ、じゃあ、教えてくれなかった理由は、なんですかぁ?」
アナグマが片手を挙げて質問しました。
「こういうのは事前に教えない方が効果的なので」と博士。
「どっきり、なのです」と助手。
そんな会話を経て、両者は和解しました。そして知ったからには、ということで、五人はパーティの準備を手伝うことになり、今日を迎えたのです。図書館の周りは、「料理」など聞いたことがないフレンズたちで、大賑わいでした。
五人が歓談する途中、博士と助手が近くにやって来ました。
「お前たち、なんだかんだご苦労だったのです」
博士が労いの言葉をかけました。キャプテンは首を振り、
「ううん。こんなことでいいのなら、いつでも言ってね」
「ところでアナグマ――」
「な、なんでしょう……」
二人の視線の先で、アナグマが縮こまります。
「お前の作ったという巣穴、興味があるのです。ちょっと案内するのです」
助手が首を傾げながら、そう言いました。
「え、えぇ……?」
「ほう……、これはなかなかのものなのです」
トンネルの中で、博士が興味深そうに言いました。面白そうなので、ついでにキリンとナマケモノもついてきていました。
「あのぅ――」
「お前、図書館の近くにも、出入口を作れますか」
「は、はい! ……でも、どうしてですか?」
助手が答えます。
「実は、本棚に入りきらない本がたくさんあって、困っていたのです。この巣穴の一部を借り受けて、図書館に地下を作りたいのです」
「え、ほ、本ですかぁ……?」
アナグマは首を傾げました。これまで数多くの巣穴を掘ってきましたが、「借りたい」などと言われたのは初めてのことでした。彼女が驚くなか、博士が更に付け加えます。
「四日で一個のじゃぱりまんも付けるのです」
「じゃぱりまんも貰えるんですかぁ? か、貸しますぅ!」
「交渉成立なのです」
博士と助手が、うんうんと頷き合いました。
「そうと決まれば、早速細かい話をするのです。あ、そうだ。お前たちは、アナグマが保管していたという野菜を取ってくるのです」
ふいに、様子を見ていたキリンに声がかけられました
「ええ~! ちょっと、私は事件を解決した功労者なのよ?」
「だからこそです。事件は最後まで解決するものですよ」
助手に言われて、それもそうか、とキリンは思い直しました。
アナグマがナマケモノに場所を教え、保管庫に向かいます。
「……いやあ、お手柄だね、キリン」
「べ、別に……。ナマケモノこそ、なかなか鋭い推理だったわよ」
「そう?」
「ええ」
狭いトンネル内に、ふたり分の声が反響しました。
「そうだわ、ナマケモノ。あなた、私の助手――じゃなくて、あなたも名探偵やりなさいよ」
「……え、私が?」
「ええ。きっと向いてるわ。私が色々教えてあげる!」
ナマケモノは少し考えて、断りました。
「う~ん、それはいいかなあ」
「え、どうして?」
キリンが振り向いて、ナマケモノの顔を見ました。
「だって、名探偵はキリンがやってるでしょ? 別にふたりもいらないかなあって」
ナマケモノは相変わらず、のんびりした口調です。
「そう……」
キリンはしばらく沈黙しました。
彼女は何かを思案していると、唐突に叫びました。
「……そうだわ! ナマケモノ、あなたは探偵をやりなさい! 私は名探偵だから、それなら被らないでしょう?」
「探偵? ……それって、名探偵と何が違うの?」
キリンは悩む素振りもなく、
「名前が違うわ!」
「…………」
面喰ったナマケモノが、少し笑いました。
「……ふふっ。わかったよ。私、探偵になる」
「よーし! ふたりで事件を解決するわよ!」
「……って言ったそばから……」
「うん、事件だねえ」
ふたりの前、秘密の貯蔵庫には、何も残っていませんでした。ナマケモノが間違えたとは考えづらく、アナグマが嘘を教えたとも思えません。
「盗んだ先で盗まれた? ……あれ」
腕を組んだナマケモノの瞳が、何かを捉えました。
「どうしたの?」
「……あそこ。白いものが落ちてるみたい」
「本当ね。何かしら?」
キリンが近寄って、拾い上げます。
それは。
「――嘘。どうして……?」
オオカミがヤギに託したはずの、漫画原稿でした。
「パーティ会場に目撃者がいたのです。話によると、あっちに向かっていたそうですが……」
博士が指差した方向を、キリンは睨みます。
「ありがとう。私は彼女を追うわ!」
「……私も」
ナマケモノがキリンの背中で言いました。
「……まさか、ヤギがヤギじゃなかったなんて」
図書館にやって来たというヤギと、キリンが追っていたヤギ(推定)は、どうやら別人だったようなのです。キリンの追っていた方は図書館には現れておらず、持っていた原稿は消えた野菜の代わりに放置され、もうキリンにはわけがわかりませんでした。が、捨て置くわけにもいきません。
「新しいフレンズとは、知的好奇心がくすぐられるのです。捕まえて、連れてくるのですよ。名探偵、探偵」
博士が言いました。
キリンとナマケモノが出発していった後、博士と助手は図書館でのんびりしていました。ひとまずの問題も片付き、一休み、といったところ。
「……博士、何か忘れている気がするのです」
ふいに助手が言いました。博士が答えます。
「忘れるということは、大したことではないのです」
「なるほどです」
「…………」
「…………」
ふたりがだらける先、机の上で、虫メガネがきらきら輝いていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます