82.卵みたい~紗奈~

 今日は終業式。学校は半日で終わりだ。月末と年末が近いからお仕事を進めなくてはならない。けど、文化祭が終わって時間に余裕のできた演劇部の遥と買い物の約束をしている。そしてその買い物は重要な予定。この予定を外すわけにはいかない。


「紗奈は何を買うか決めてるの?」

「それがまだ何も……」


 私は遥の質問に答える。学校を出た私達は既に若者の街に繰り出している。買い物の目的はクリスマスプレゼント選びだ。梨花と、そして初彼氏の陸先輩への。彼氏へ贈る初めてのプレゼント。俄然気合が入る。


「ねぇ、遥。いい加減教えてよー」

「えー、だってぇ。紗奈だって天地先輩と付き合ってたこと秘密にしてたじゃん」

「それは本当にごめんって」


 この会話の意図は、遥が誰のためのクリスマスプレゼントを用意するかを聞き出している。何でもイブの夜はその人と会う予定をしているらしい。


「調理実習の時に作ったクッキーを渡したのと同じ人?」

「そうだよ」

「それってつまり海王の生徒だよね? 結局それも教えてくれなかったし」

「えへへ」

「遥ってその人のことが好きなの?」

「へへ、そうだよ」


 遥に好きな人がいるのか。何となくそういう人がいるような気はしていたが、初めて本人の口からそう聞いた。


「付き合ってるの?」

「付き合ってはいないけど……」

「けど、何?」

「Bまでしちゃった」

「は?」


 歩きながらも照れて俯く遥。なんと、遥が大人の階段を上っていたとは。いつの間に。まぁ、私が陸先輩との関係をオープンにした時には、既にエッチはしていたのだけど。とは言え、私はちゃんとお付き合いしてからだ。


「イブの夜にね、最後までいい? って聞かれてるの」

「うそ? そうなの?」

「うん。返事は保留にしてあるんだけど、もし告白してくれたら身を任せちゃおうかなって思ってる」


 なんと。遥がロストバージンを迎えるかもしれない。やばい、興奮してきた。


「相手は誰なのよ?」

「答えたらエッチのこと色々教えてくれる? 私まだ自信ないから」

「わかった。教える」

「あのね、征吾君なの」

「っっっっっ!」


 なんだと! 遥が食事管理のために通い妻をしている征吾君だと。ん? そうか。通い妻をしているからそうなるのか。そりゃ、一人暮らしの征吾君の家に出入りしているわけだから、そういう関係にも発展するのか。なぜ今まで疑わなかったのだ? って、自分の住環境が原因か。一人で納得。


「内緒にしてね。征吾君も誰にも言ってないみたいだし」

「わかった」

「じゃぁ、エッチのこと教えて。心構えとか、どういうことしたらいいのかとか」


 むむ。教えると言っておいて何だが、私は基本的に陸先輩任せだからな。自分から誘うことはあるけど。陸先輩に喜んでほしいから色々と実践もしているけど。ただしっかり避妊だけはお願いしているし、陸先輩もその意識は高い。

 ん? これを説明すればいいのか。そう気づいて私は遥に色々と教えてあげた。遥は興味を持って話を聞いてくれた。


「紗奈、どこで買ったらいい?」

「それはさすがに征吾君が用意すべきでしょ」

「もし用意してなかったら?」

「むむ。それはまずいな。プレゼント買う前にドラッグストアに行こうか?」

「うん。そうしよう」


 そうは言ってもなぁ。私も自分で買ったことはないんだよな。無くなる前にいつも陸先輩が補充してくれているのだ。




 そしてやってきたドラッグストア。私と遥は目的の物を見つけると、その商品棚の前に立った。


「いっぱい種類があるね」

「そ、そうだね……」


 こんなに種類があったのか。1箱とか、3箱セットとか、大きめとか、小さめとか。全くもって選定基準がよくわからん。


「これ極薄って書いてあるよ。○の感覚だって。○ってどういうこと?」


 遠慮のない声量で言う遥。ちょっとは周囲に気を使おうよ。私は小声で返す。


「えっと、それは着けてない時のことを言ってるんじゃないかな?」

「へぇ。そんなに違うものなの?」

「……」


 それは経験がないからよくわからん。男の人の感覚が変わるとは聞いたことがあるが、女はどうなのだろう?


「卵みたいに種類があるのかと思った」


 おい。ここはスーパーかよ。あ、そうか。遥は私みたいに食材の買い出しをしているのだっけ。いかん、これから卵を見る時に思い出してしまいそうだ。


「これ、高級極薄だって」

「う……、本当だ。しかも6個入りでこの値段。他の物よりも断然高い。しかも袋じゃなくて、パック入りだって。やっぱり違うのかな?」

「それは私が紗奈に聞きたいよ」

「か、買ってみようかな……」

「紗奈がこれにするなら私もこれにする」


 私と遥は二人してその商品を手に取った。そしてじゃんけん。


「あぁぁぁぁぁ」


 負けた私が代表で会計だ。遥は満面の笑みで自分の分の代金を手渡す。これも社会経験だ。勇気を出してレジに並ぼう。

 会計中、店員さんに笑われているような気がした。そんなことはないのだが、店員さんからしたら慣れているよね。て言うか、この商品って、生理用品みたいに中身が見えない包装をしてくれるんだ。初めて知ったよ。


「これもクリスマスプレゼントとして渡せるのかな……」


 店を出るなりそんなことを言う遥。その前に、私と遥の商品が同じ紙袋に包装されているのだよ。どこかでこれを分けなくては。


「遥は返事を保留にしてるから無理でしょ」

「あ、そうか。これ渡しちゃったら、告白してもらえるかもわからないうちにエッチだけオッケーしたことになっちゃうもんね。紗奈は?」

「う……。プレゼントの一つとして包むのはありかな?」

「私の体もどうぞ。みたいな意味だよね? いいんじゃない?」

「そ、そっか……」


 恥ずかしい。家の中で、三人でいる時は平気なのに。いざそれ以外の人に言われると恥ずかしい。私は今までこんな恥ずかしいアピールをしてきたのか。今頃になってちょっと反省だ。


「遥。とりあえずこれ分けようよ?」

「そうだね。ちょうだい」


 そう言って手を差し出す遥。ん? ここでこれを白日の下に晒せと言っているのか?


「ちょ、ちょい。トイレ行って分けようよ。こんなとこで出せないって」

「あ、そうか」


 ちゃんと理解しているのか、きょとんとした顔で納得の言葉だけは口にする遥。この子に恥じらいはないのか。


 私は遥を連れてデパートに入り、そして女子トイレに入った。しかしクリスマス前のこの時期、デパートは混んでいる。もちろんトイレも。待ちまではなかったがひっきりなしに人が出入りする。


「遥、一緒に個室入ろう」

「あ、うん。わかった」


 私と遥は一緒に個室に入った。洗面台の前は何かと人が通る。恥ずかしくてこんなところでは商品を出せない。私は個室で先ほど買った商品を取り出す。紙袋を空けるとその箱が顔を出した。私はそれを一箱遥に渡した。


「へぇ、中はどうなってるんだろ?」


 遥がそう言って表面のビニールを裂こうとした。


「ちょい待ち、ちょい待ち」

「ん? どうしたの?」

「開けちゃったらその箱が開封済みだと思われるじゃん。他の人とも使ったって思われるよ? それを征吾君に渡すの?」

「あ、そっか。じゃぁ、開封は当日までのお楽しみだね」


 なんだか遥って、もう完全にその気ではないだろうか。まぁ、確かに今の時点でBまではしちゃっているからな。ちゃんと告白してもらえよ。


 さてさて買い物が脱線してしまったが、これからメインのプレゼントを選ぶべくお店巡りだ。私と遥は入ったこのデパートからスタートして、いろんなお店を回った。

 しかし陸先輩の仕事のことは遥に言えないから買うものが定まらない。遥も遥で征吾君と出会って日が浅いから好みをあまり把握していない。遥はリサーチ不足だと項垂れていた。


「あ、そうだ」

「どうしたの?」


 私の閃きに遥が反応した。


「キーパーグローブなんてどう?」

「キーパーグローブ?」

「うん。陸先輩も征吾君もポジションがゴールキーパーじゃん? グローブは消耗品だけど、古くなったところで残しておけるし」

「いいね!」


 遥が同調してくれた。私は遥を連れてスポーツショップに行ったのだ。目的はサッカー用品なので、売り場をぐいぐい進んでいく。すると。


「あ、毎度っす」


 声を掛けてくれたのは顔見知りの店員さん。梨花の誕生日プレゼントを買った時にお世話になった、若い感じの男の店員さんだ。私は早速目的を伝えた。


「贈り物用にキーパーグローブを探しに来たんです」

「キーパーグローブって消耗品だけどいっすか?」

「はい。大丈夫です」

「メーカーは?」


 あ……、しまった。私は陸先輩の愛用のメーカーを知っている。けど征吾君は? たぶん遥は知らないよな。聞いてみると遥は案の定だった。

 私はスマートフォンを取り出し電話を掛けた。部活中かな。それだったら出ないよな。全国大会控えているしな。


『もしもし紗奈?』

「あ、梨花。良かった、出てくれて」


 電話の相手は梨花。部活中なのにスマートフォンを持っていたのだろうか?


『うん。今選手の怪我の付き添いで病院だから』

「え? 誰か怪我したの?」

『あぁ、違うよ。元々持ってた怪我の経過観察』

「そっか。病院の中なら電話まずい?」

『今、外に出たから大丈夫』

「良かった。陸先輩と征吾君が使ってるキーパーグローブのメーカーってわかる?」


 陸先輩のは知っているけど、目的が征吾君だと悟られたら遥に悪いからカモフラージュ。


『二人ともウールだよ。確かソフトタイプを使ってたと思う。征吾君は陸先輩信者だから最近スパイクまで同じものに変えたんだよ』


 おう、陸先輩信者。確かにあの慕い様は納得だ。


「わかった。ありがとう」


 お礼を言って私は電話を切った。すぐさま店員さんに商品棚の場所まで案内してもらった。それを見ていた遥が言う。


「色も何種類かあるね」

「うん。征吾君は陸先輩信者だから同じ種類の色違いを買おうか? 喜ぶかもよ?」

「そうだね。そうする」


 私と遥はそれぞれ色の違うグローブを手に取った。色は単純に自分達の好みで選んだ。すると遥が徐に店員さんに聞いた。


「これってネームを刺繍できたりするんですか?」

「はい。1~2週間ほどもらえれば」

「あぁ、それじゃ間に合わないな……。自分でしよう」

「それなら、手の表面と指は避けて下さい。ボールに直接触れるんで」


 どうやら遥は自分で刺繍を入れるようだ。さすが、家事力が高い。店員さんの注意事項も真剣に聞いている。

 私もやってみようかな。たぶん裁縫はできるし。あと2日か。仕事はあるけど、明日は祝日で定休だからたぶん間に合うだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る