14.ファッションコーディネート~陸~
ゴールデンウィークに入った。中日の出校も過ぎて連休だ。久しぶりに穏やかな朝である。紗奈が昨日から2泊3日で帰省しているから。
2週間前
「先輩、梨花、ゴールデンウィークは実家帰るでしょ? 私のと一緒に新幹線の予約取るよ?」
「ん? 帰らんぞ?」
「え? なんでよ?」
「そらがインターハイ予選で帰って来ないから」
「「……」」
サナリーは読み取ってくれた。
俺にはそらという名の妹がいる。一学年下の年子だ。バスケットボールをしていて、スポーツ特待でA県中枢都市の女子高に進学した。サナリーとは中学の同級生なので、二人とも凄く親しい。なぜか、そらは俺達が三人で共同生活をしていることも知っている。
そらがいないのに実家に帰っても、一人であの両親に囲まれるなんて絶対に嫌だ。中学の同級生も俺が株で成功した途端、態度が変わり、人間不信になりかけた。だから進んで会う気もない。俺にとっての帰省はそらに対する生存報告だけだ。
「あたしもゴールデンウィークは帰らない」
「なんでよ?」
「サッカー部のインハイに同行しろって言われてる」
なるほどな。梨花は参謀としてしっかり働かされているようだ。
ん? 待てよ? 2泊3日の間、梨花と二人きりの生活……? うほーい。
「梨花に手出したらミドルシュートぶち込むから」
「あたしに手出したらそらに言いつけるから」
「……」
おう、『ドン』って音が鳴るあのミドルシュートね。そして止めのそらね。
こんなやりとりを経て、今日が3連休の中日なわけだ。この日サッカー部の試合はないらしく、梨花は朝から家にいる。昨日と明日が活動日のようだ。
簡単な朝食を取って、俺達二人はリビングのソファーでくつろいでいた。仕事はゴールデンウィーク中、休業にしている。するとふと梨花に呼ばれた。
「せんぱーい」
「ん?」
「せっかくの休みなんだからどっか連れてってぇ」
ん? それはデートの誘いか? デートの誘いだな?
「どこ行きたい?」
「映画と買い物。観たい映画あるし、気になってる服あるんだよぉ」
正にデートじゃないか。人生初デートだ。それがこんなに可愛い意中の人となんて、断るわけがない。俺、即答。
「うむ、行こう」
「やったー!」
この後俺たちは着替えを済ませると玄関に集合した。
――むむむ。
再登場の梨花の格好は、ひらひらミニスカートに薄手の白いブラウス。インナーには黒のタンクトップを着ているようだ。しかもローツインテールで、見とれるほど可愛い。控え目な胸のその奥が気になる。
「よし、行こう」
梨花の号令に続き俺は梨花を追って玄関を出る。
二人で歩く道、二人で乗る電車、あぁ、何もかもが新鮮だ。見慣れた景色がばら色に見える。その梨花が電車の中で徐に聞いてくる。
「先輩、今日の予算は?」
むむ、こやつ俺の財布を当てにしているな。厳密に言うと、今回は遊行費と外食費と衣料費だから、俺からの今月の生活費の上乗せを期待しているな。けど、こんなに可愛い梨花とデート……。
「いくらでも」
「本当?」
そんなキラキラした目を向けられては……。
「本当」
俺も笑顔で答えてしまう。ふん、世の男子ども。特に海王のサナリー親衛隊の輩ども。こんな梨花の表情は見たことがないだろ。梨花とのデートだって羨ましいだろ。
共同生活の公平を期すために今度紗奈も映画や買い物に誘おう。ん? と言うことは、紗奈ともデートできる? うほーい。親衛隊の奴等、ざまーみろ。
一時間弱で俺たちは目的の大型ショッピング施設に到着。モールもあれば、ブランド出店もあり、映画館やボーリング場も併設されている。
まずは梨花が観たいと言っていた映画を観た。かなり混んでいたが、朝家で上映時間を調べて、ネットでチケット予約してきたのですんなり入れた。
それが終わるとちょうど昼時。俺と梨花はモールの中のレストランに入った。そして注文を済ませると梨花がとある席に目を留めていた。
「どうした?」
「あの子……」
梨花の視線の先を向いてみると、海王高校の制服を着た女子生徒が座っている。見渡す限り連れはおらず、一人でレストランに入ったようだ。ゴールデンウィーク中に制服か。
その女子生徒は髪を後ろで一つにまとめていて、黒のヘアーゴムを五、六個使っているようで頭髪がガチガチだ。前髪もヘアピンを多数使って留めている。更に黒縁眼鏡を掛けていて、見るからに地味だ。
「たぶん、さっき同じ上映時間の映画見てた」
「そうなの?」
「うん。海王の制服だから目に付いて」
俺は気がつかなかった。隣の美少女に浮かれていたから。
「たぶん、一年だよ。あたし学校で見たことある。校章の色が同じだったし」
海王高校は制服にバッジの校章を付けている。それが学年毎に色分けされているのだ。
「ふーん」
俺はその会話を経て、夢のようなランチの時間を過ごした。華である。正に梨花は華である。ランチ一つにしてもぱっと明るい空間になるのだ。
ランチを終えると俺たちは店を出て、梨花お目当てのショッピングに繰り出そうとした。するとレストランの外で梨花が立ち止まった。
「あの子……」
「ん?」
梨花の視線の先には先ほどまでこのレストランにいた海王の女子生徒。レストランと同一フロアの書店で本を物色しているようだ。店舗から外向きの棚に置いてある本を見ているようで、遠目だがその姿がはっきりと確認できる。
「先輩、声掛けて来てもいい?」
「ん? まぁ、別にいいけど」
俺の返事を聞いて歩を進める梨花。俺はその後を付いていく。そして辿り着いた書店の前。
「あのぉ……」
梨花が女子生徒の背後から、少し腰を屈めて覗き込むように声を掛ける。手は後ろに組んでいる。女子生徒は梨花の声にゆっくりと振り返った。
「海王の一年ですよね? あたしもそうなんです」
「あ、えっと……、こんにちは。一組の月原さんですよね?」
「え? 名前知ってくれてたんですか?」
「あ、はい。有名ですから」
そりゃそうか。親衛隊が群がるほどの梨花だからな。親衛隊の会話の場にいなくても、耳には届くだろう。
「私、
「こんにちは」
小金井はなんだかモジモジしている。とりあえず俺も挨拶をしなくては。
「俺、二年の天地」
「あ、はい。こんにちは」
梨花の時よりもすごく小さな声だ。聞き取るのがやっとなくらい。しかも俯いてしまって顔が真っ赤である。梨花もそんな小金井の様子に気が付いたのか、俺、小金井、俺の順に目を向けて言った。
「ちょっと、先輩後ろ向いててくれる?」
ん? なぜ俺が? よくわからんが、とりあえず従っておこう。まぁ、後ろを向いても二人の会話は聞こえるのだが。
「もしかして男子苦手?」
「いえ、そんなことは……」
しばし沈黙。そして。
「お二人はお付き合いしてるんですか? 学校でも一緒にいるのを見掛けたことがあります」
「いえ。同じ中学出身で、同じ上京組で、家が近所だから。助け合いの関係です」
「そうですか」
はい、そうです。悲しいことに。本当は一緒に暮らしています。けど梨花の言った通り男女の関係はありません。ただの先輩後輩です……。悲しいことに。
「もしかしてなんだけど、隣の雑貨屋気になってる?」
「え?」
「ここにいながら隣をちらちら見てた気がしてたから」
そうだったのか。それは全く気が付かなかった。確かに隣の雑貨屋寄りの書棚にいる。そして隣の雑貨屋はそれこそ女子中高生が好きそうな小物類が並べられている華やかな店だ。
「えっと……」
背中越しに小金井のモジモジ感が伝わってくる。
「あたしたちもこれから買い物するんだけど、一人なら一緒に回らない?」
「え……」
え? 俺と梨花のデートなのに……。
「もし迷惑でなければだけど。それとももしかして予算が心配?」
「いえ、お金は持ってます」
「まぁ、足りなくても先輩に言えば何とかなるけど」
うぉい! 何だそれは、聞き捨てならんぞ。いつから梨花はそんな子になったのだ。誰かに「俺に援助してもらいな」とでも言われたのか?
「お金は大丈夫です。いいですか? ご一緒しても?」
「うん、こっちから誘ってるわけだし。それから名前で呼んで? あと敬語は禁止ね。こっちの先輩にも」
「先輩には無理です。えっと、無理」
「オッケー。あたしは梨花だよ。行こう? 里穂ちゃん」
「あ、はい。えっと、うん。り、梨花ちゃん」
なんだか微笑ましくなる。とっても初々しいのだ。
この後俺は二人の後を付いて行くように雑貨屋の中に入った。完全に女子中高生向けの店内なので、一人になるわけにはいかない。二人の連れだと言うことを周囲にしっかりアピールせねば。そうでないと趣味を疑われてしまう。
するとこの店である程度の物を買って出た途端、梨花と小金井はトイレに消えた。そして待つこと数十分。ようやく出てきたのだが、一瞬、梨花がまた別の女の子をナンパしたのかと思った。しかしそれは髪型を変えた小金井だった。
小金井は髪型をハーフアップに変えていて、アップした髪の毛は三つ編みだ。髪留めは可愛らしいデザインのものを使っている。アップしていない髪は綺麗に解かれていて真っ直ぐに下りていた。
「先輩、里穂ちゃんどう?」
「びっくり。見違えた。すごい似合ってるよ。綺麗」
驚きの方が強く、小恥ずかしい言葉も自然と口を吐いた。当の小金井は恥ずかしそうに顔を俯けるが。一方、梨花は満足そうな表情を見せる。
「じゃぁ、次」
そう言うと梨花は小金井を眼鏡売り場に連れて行った。どうやらコンタクトに変えさせるようだ。小金井は初めてのコンタクトらしく、装着に時間が掛かっていた。しかし眼鏡からコンタクトに変えたアフター小金井はこれまた見違えた。あれほど地味だと思っていたのに、眼鏡を外しただけで華やかになるのだ。
そして買い物は進み、女子にとっては楽しい、男子にとっては地獄の服巡りである。サナリーと2年目クラスメイトズのみんなで行った、日用品の買い物を思い出す。今回も負けず劣らず骨が折れた。
しかしここでも小金井は変身した。制服を脱いで、カラーの七分丈パンツに清楚な柄のシャツ。足元は踵が少し高いサンダルだ。
ここまでくると最初の小金井の容姿が思い出せなくなる。しかもスタイルがいい。ウェストは締まっているし、出るところはしっかりと出ている。朝、最初に梨花の私服を見た時とは違う感動だ。
「貧乳で悪かったね」
「俺の心を読むなよ」
「里穂ちゃんの体をそれだけ見てればわかるよ」
むむ、今の視線は反省しよう。と言うかそもそも俺は別に貧乳が悪いとは思っていない。むしろ小さい方が好みだとさえ思っている。これはまぁいい。
梨花も自分の買い物がしっかりできたようで満足げだ。
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