第71話 命
気を失ったマーナリアの体がから、ゆらりと細い光の帯が天井に向かって伸びていく。そしてそれはやがて、人の形を模りはじめた。
呆然とそれを見上げていたリガルナは、その人型にアレアの姿を重ねた。
『……』
「アレア……」
アレアの姿を模った光の帯は、寂しげにこちらを見下ろしている。おもむろに何かを語ろうと開口するが、その言葉はリガルナには届かなかった。
横たわるマーナリアの傍にアレアは跪いてすぅっと手を伸ばし、その肩に手を置きながらもう一度リガルナを振り返った。
「この人を殺さないで」と訴えかけるようなその眼差しに、リガルナはぐっと拳を握り締める。
リガルナは彼女の訴えかけにギリッと歯噛みした。
アレアの訴えを退けてまで、黒い感情のままに暴走する事が出来ない。
「……」
リガルナから怒りのオーラが消え落ち着いたのを見たアレアは、どこかほっとしたような表情を浮かべて小さく微笑む。そしてその場に立ち上がるとゆっくり近づき、リガルナの胸に寄り添った。
彼女が傍からいなくなって、こうして抱きしめる事も出来なくなった今、幻とはいえ寄り添う彼女の存在が胸を締め付けて離さない。
苦しくて、切なくて、しかしどうしようもない現状に虚しさを覚える。それでも、抱きしめる感覚も温かさもないと分かって、おもむろに自分の胸に寄り添うアレアを抱きしめるように腕を持ち上げる。
「マ、マーナリア様!」
ふと、牢屋の入り口から切羽詰まったような兵士の声が聞こえて来た。
その声が聞こえてきたと同時にアレアの姿は煙のようにリガルナの前から消滅し、持ち上げていた手がピクリと止まる。
ギュッと目を細めて牢屋の入り口へ視線を送ると、兵士は入り口で剣を構え青ざめた顔でこちらを見ていた。
その手が微かに震えているのは、彼の中の恐怖心が如実に表れている。
「あ、赤き魔物め! どうやって手枷を外したんだ! 封魔十字を付けていると言うのに……っ」
「……」
リガルナは怯えの色を見せている兵士を冷めた目で見た。
内心、舌打ちをしつつもリガルナは無抵抗に視線をそらした。
「……?」
兵士は先ほどまでなりふり構わず大暴れしていたリガルナが抵抗してこない事に意表を突かれ、思わずその場で呆然としてしまう。が、ハッと我に返ると警戒心をむき出しに、剣を構えたままマーナリアの傍まで歩み寄る。そしてリガルナを睨みつけたまま剣の柄を口に咥え、マーナリアを抱え上げた。
「……」
あまりにもあからさまに警戒している彼の姿を見て、リガルナは苛立ちを抑えきれずに舌打ちをし、彼を睨みつけると兵士は一目散にマーナリアを抱え、律儀にも入り口に鍵をかけてその場から立ち去って行った。
誰もいなくなった牢屋の中、感情のまま瞬間的に発動した魔法で手枷、足枷を解いたリガルナには退屈以外の何物でもない。
もう一度魔法を発動してみようとしたが、まるで反応を示さないのはやはり襟元に付けられた封魔十字のせいだろう。先ほどの魔法は偶然だったようだ。
何も抵抗できなくなった自分に出来る事と言えば、マーナリア達が次に接触をして来るまで静かにここで待つ他はない。
リガルナは不機嫌に顔をしかめ、近くにある石の上に腰を下ろす。
壁に背を預け、ふっと瞳を閉じる。そして大きく息を吸って吐き出した。
『……観念したのか。リガルナ』
暗がりの中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
リガルナはその声に対し、瞳を開くことも動くこともせずに口を開いた。
「ふん。今の俺に抵抗する余地などないだろ」
『確かにな。あの娘を盾に取られては、お前に抵抗など出来ぬな』
「……何しに来た」
微動だにせずそう訊ねたリガルナに、ルインは暗がりの中に光る眼で見つめる。
『死にたいか』
その問いかけに、ようやくリガルナは目を開く。だがルインの方を振り返る事もなくまっすぐに牢屋の入り口を見つめた。
「こんな腐った世の中に未練などない。殺される運命ならそれに従うまでだ」
『……生きたいと、思ったことはないのか?』
「ないな」
『……そうか』
その残念そうな、ルインのため息交じりの言葉に、リガルナは睨みつけた。
「何が言いたい。まさか俺に生きろと言うんじゃないだろうな」
『……すべては巫女殿が判断されるだろうよ』
「ッチ……くだらん」
暗がりの双眼を疎ましく睨みつけ、リガルナは目を眇める。その彼に対し、ルインはふっと目を伏せた。
今後、マーナリアの下す判断に異論を唱えるつもりはないが、やはり母として、一族の長として彼には生きてもらいたと思う気持ちも嘘ではない。
彼が少しでも生きる事に前向きであったなら、また状況は変わっていたかもしれないが……。
こちらを睨みつけていたリガルナの視線が、気だるそうに逸らされると再び目を閉じた。
短い眠りに入ったのだろう彼の姿を見つめ、ルインはそっとその場を離れた。
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