第69話 揺れる意思

 地下牢へと続く石造りの螺旋階段を降り、誰の目から見ても万全とは言えないセトンヌが来た事にたいして、見張り番をしていた兵士は驚きの表情を隠しきれ無なかった。


「セ、セトンヌ様!?」


 うろたえる兵士のことなどまるで見向きもせず、セトンヌはリガルナが捕らえられている一番奥の牢屋の前に立った。

 相変わらず顔を伏せたまま、苦しげな呼吸だけを続けるリガルナを睨むように見据え、派手な音を立てて鉄格子を掴む。


「起きろ! リガルナ……」

「……」


 唸るような声が牢屋に響いた。


 セトンヌの威嚇めいたその言葉に、少し前から意識を取り戻していたリガルナは閉じていた瞼をゆっくりと押し上げ、重たげに頭を上げるとこちらを睨みつけているセトンヌに目を向ける。


 肩で荒い呼吸を繰り返し、青ざめた顔で睨みつけてくるセトンヌに向かって薄ら笑いを浮かべる。


「……ふん。お前も俺と、似たような物か。ざまぁないな」


 まるで自嘲しているかのようにも聞こえるその言葉に、セトンヌはカッとなった。

 掴んでいた鉄格子を叩くように揺らし、喉の奥から搾り出すように声を張り上げる。


「貴様が、12年前のあの事件の犯人だろう!?」


 唐突過ぎるその問いかけに、リガルナは僅かに目を見開くも鼻で適当にあしらう。


「……そんな事聞いてどうする?」

「答えろっ! 真実を答えるんだっ!」


 リガルナは心の底から鬱陶しそうに深いため息を吐きながら、吐き捨てるように呟く。


「お前の好きに捉えればいいだろう。今までもそうだったんだ。今更そんな事を聞いてどうするつもりだ?」


 リガルナは顔をそむけ、口を噤む。

 そんな彼の様子を見ていたセトンヌは、下唇を噛んでゆっくりと口を開いた。


「夢に……アレアと言う少女が出てきた」

「……っ」


 アレアの名を聞き、リガルナの表情が瞬間的に固まった。

 そむけていた顔を上げてセトンヌを見ると、彼は眉間に深い皺を刻み睨みつけたまま話を続ける。


「彼女は何も言わなかったが、その瞳を見ていると、長年憎み続けた貴様への憎悪の念が絆されていくようだった……。聞いた話では、お前とその少女は心を通わせていたそうじゃないか」


 なぜその事を知っているのか?


 リガルナもまた眉間に皺を刻み、困惑したような顔を浮かべた。


「何百人、何千人と人間の命を簡単に奪い去るようなお前が、そんな人間らしい時を過ごしていたなんてな」


 セトンヌは馬鹿にしたように鼻で笑うと、ぎりっと歯を食いしばり声を荒らげる。


「だが、俺は認めない! 今更違うと言われて、簡単に認められるはずがない! お前が無実だろうと無実でなかろうと、お前は俺の仇でしかないんだからな!」


 一方的に噛み付くセトンヌに、追いかけてきたマーナリアは見張り兵と共に彼の傍に駆け寄った。


「セトンヌ!」

「……真実を言え。12年前俺の家族を……姉のニーナを殺したのは自分だと言えっ!」


 呼吸も荒く声を上げるセトンヌに対して、リガルナはギリッと歯を噛み鳴らす。その時ふと、地面の上に転がっていた小さな小石がカタカタと振動し始めたのを見たセトンヌたちは、再びリガルナに目を向けた。


 魔法を使おうとしている。


 それに感づいたセトンヌは、思い切り鉄格子を叩いた。


「無駄だ。お前の魔力は、その襟元につけた逆十字で封じられている。魔法でどうにかしようと思うなよ」


 威圧的にそう言うと、セトンヌは隣に立っていた兵士の顔を振り返る事もなく口を開く。


「鍵を開けろ」

「え……し、しかし……」


 その命令に、兵士は驚いたように牢屋の鍵を握り締めた。当然、隣に立っていたマーナリアも驚きのあまりに彼を見た。


「セトンヌ、何を……」

「いいから開けろ!」


 酷く凶暴的な眼差しで兵士を睨みつけたセトンヌに対し、兵士は震え上がって言われるがまま鍵を開いた。

 鈍い軋み音を上げてゆっくりと開いた扉をくぐりながら、鞘から抜いた剣を手にリガルナの前に立つ。そして苛立ち任せに彼の胸倉を掴み上げた。


「……お前が、ニーナを殺したんだよな?」


 怒りを噛み殺すかのような声でそう質問を繰り返すと、強制的に顔を上げらされたリガルナは、顔を顰めて小さく舌打ちをした。


「……違う」


 ややあって、リガルナがそう答えるとセトンヌは更にいきりたって胸倉を掴んだ手をぐっと壁に向かって押し付ける。

 喉元を絞められて、リガルナは息苦しさを覚え顔を顰めた。


「嘘をつくな! 真実を言えと言っている!」

「うる、さい……。お前が言う真実を、言っているだろう」

「ふざけるなっ!」


 噛みつかん勢いでそう声を荒げたセトンヌに対し、リガルナは半分諦めかけたような冷めた表情で睨み返してくる。


 リガルナは呆れたように浅く息を吐くと、かったるそうにセトンヌから視線を逸らし、思い出したくもない過去の事を思い出しながら、おもむろに口を開いた。


「俺はあの日、親から見放された腹いせに家を抜けだして夜の街をぶらついていた。大通りの道をそれて裏路地に入り込んだ時、誰かにぶつかって倒れて、起き上がった時にはすぐそばの路地奥から火の手の上がっている家を見つけた。人の声が聞こえたから家に飛び込んで救出しようとしたが拒まれ、家が傾き始めたから急いで家を飛び出した……」


 淡々とした口調でそう話すリガルナの言葉に、セトンヌは剣を握り締めていた手が大きく震え始めた。


「そもそも、お前ら人間は俺の話など最初から聞くつもりもなかっただろ?」

「なぜだっ!! なぜ貴様じゃない……っ!」

「……っ」


 そう声を荒げ、さらに喉元を締め上げてくるセトンヌに、リガルナは堪らず顔をしかめ、むせこみながら睨み返す。


「なぜ貴様が、俺の家族や家を殺した犯人じゃないっ!! なぜ、貴様じゃなかったんだっ!」

「セトンヌ!」


 セトンヌの行動を見兼ねたマーナリアが、それを制しようと声を上げた。だが、セトンヌはマーナリアを振り返ろうとせず、更にリガルナを責め立てる。

 リガルナは明らかに取り乱しているセトンヌを見て口の端に小さく薄ら笑いを浮かべた。


「残念だったな、俺じゃなくて」

「……っ!」


 セトンヌは堪らずリガルナの胸ぐらから手を離すと、脇に備えていた剣に手を掛け、リガルナに向かって容赦なく振り上げた。


「やめてっ!!」


 マーナリアが悲鳴にも似た声でそう叫ぶが早いか、彼の剣はガンっ! と音を立てて突き立てられた。

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