非業の枷
陰東 愛香音
第一章 愛情
序章
「いやあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ――っ!!」
満月の夜。断末魔の悲鳴と共に血飛沫が宙に舞った。
つい今しがたまで町があった痕跡があるも、痕跡が残るだけで現実、今は荒野と呼ぶに相応しい。辺りには草木を焼く音と、僅かに残った家の壁と思しき場所から小さな瓦礫が転がり落ちる音しかしない。その中で、長い髪をなびかせながらぐしゃりと仰向けに倒れた一人の女性がいた。大きく見開かれた目は、今自分を手にかけた相手を食い入るように見つめていた。
目を見開いたまま息を引き取った女性を冷ややかに見下していた男性は、まるで血を塗りこめたかのような真っ赤な双眼をしていた。
驚くのはそればかりではない。その眼と同じ色をした、緩やかにたなびく足元にまで伸びた髪。そして横に長く伸びた耳……。
彼の持つそれらは、とても常人の物とは言えないものだった。
手にかけた女性の返り血をべったりと腕や体に浴びた男性はニヤリと満足そうにほくそえむ。
彼は、その風貌通り「紅き魔物」と言う異名を持ち、長年恐れられている男だった。
頬に散った女性の血を親指で乱暴に拭い去り、おもむろにそれをペロリと舐め取る。
「人間など、他愛も無い……」
人間相手を嘲笑し、くっと短く笑った。
男は女性の亡骸をそのままに踵を返し、小さく呪文を詠唱する。すると彼の言葉に呼応するかのように大きく風がうねり出し、彼を包み込むように取り巻きだした。そして、その風に乗ってふわりと体が宙に舞い上がると、そのまま闇の中に溶け込むように姿を消す。
それは、冷たい風の吹き荒れる、紅い月夜の出来事だった。
レグリアナ大陸の遙か西方。港町リグレッタが一夜にして消失した事は、瞬く間に世界に知れ渡る。
人々は紅き魔物の仕業と恐怖し、怯えの色を濃くした。
―――紅き魔物……。
彼の真実を知らない人々は、ただ彼を恐怖の対象でしか見る事がない。
全ての真実は彼の胸の中に……。
天涯孤独の冷酷で恐ろしくも悲しき男――リガルナ。
全ての真実と彼の素性が明かされる時、道は開かれる……。
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