第2話
というのも、ぼくが立っている大地はオノゴロ島という島だ。きみが彼らと天沼矛で海で泥をこねて作った。このオノゴロ島というのが日本最初の島であり、後は全部、海であるから、きみは日本の創造主である。
日本列島はきみが彼らと海で泥をこねて作ったものだ。きみが共に矛を持った相手が彼らのうちの誰であるのかはわからない。彼らは海であるから、きみは海と一緒に島を作ったともいえる。彼らは海の神性が具現化して人の形を象ったものであるかもしれない。きみの恋の相手は、日本の祖先である海神であったのだ。海神というか、海そのものであったのだ。海そのものというか、海の中できみに引かれた一滴の涙だったのだ。
涙とは海であるらしい。涙とは世界でいちばん小さな海であるらしい。きみの恋の相手は、涙という名の海であり、海の具現化した海神であり、彼らの中の一人である。
きみは彼らと海で泥をこねてオノゴロ島を作った。そこにぼくはいる。きみは、ぼくのような引きこもりを泥の飛び散った破片だとしか思っておらず、ぼくが人には見えない。ぼくは引きこもり、人型をした泥として大地に生きている。
ぼくは嫉妬する。きみと矛を共に手にした男に嫉妬する。その正体不明の海神は、大きなでっかい広い海に島を作り、日本とした。いわば、きみはイザナミであり、きみの相手はイザナギだ。ぼくはきみたちの作った島に落ちたひとかけらの泥である。
神代、まだ人と神の区別のつかなかった頃、男と女が矛で海に泥をこね、オノゴロ島を作った。その泥が飛び散って日本列島となった。男と女は海神と区別がつかない。最初の人は海と区別がつかない。海と泥が区別がついた頃、オノゴロ島ははっきりとした大地となり、飛び散った泥からできた人が生活を始めた。つまり、その飛び散った泥がぼくであり、オノゴロ島を作った男と女は、海神と区別がつかない。オノゴロ島を作った男と女は海と区別がつかない。
ぼくは激しく彼らに嫉妬した。ぼくは海を憎んだ。海がきみを連れて行ってしまった。もう帰って来ないのではないかというくらいの幸せなつがいに、きみと海がなってしまった。イザナギは海だった。きみの正体はいまだわからない。
きみは、海に恋された女の人。どこから来たのかもわからず、どこから生まれたのかもわからない。その起源が虚無なのか混沌なのかもわからず、きみの起源は知られない。おそらく、きみはぼくの妄想から生まれた架空の人物であるはずだ。誰かを具現化したものであると思われるが、その正体は謎。きみは、ぼくの書く偽りの日本神話に最初に登場した女である。
ぼくは偽りの日本神話を記述する引きこもりである。この物語の最初に登場したのはぼくであるが、主人公といえるのは、きみと彼らである。ぼくはみじめな泥である。
ぼくは彼らがうらやましい。彼らはオノゴロ島に集まり、さまざまな交流を行っている。彼らは日本人の祖先であると思われる。ぼくは子供のいない引きこもりであるから、泥以外に子孫をもたない。我こそは泥の子孫であるというものは名のりでてくれればいい。栄誉ある引きこもりの子孫の名を与えるであろう。
きみの子孫は大勢いる。きみは日本が生まれる前に存在した虚無と混沌の具現化したものだ。きみは虚無と混沌の力を使い、海神と島を作った。そこにぼくらは住んでいる。きみこそ、大いなる大地の母の名を戴くにふさわしい。
きみは大いなる大地の母だ。日本最初の大地を作った母だ。この物語最初の女であり、日本で最初の女。海神と島を作った虚無であり、混沌だ。
きみは素晴らしい。きみがいずれすべての日本人に奉られ、尊崇され、数々の神社に祭られることを嬉しく思う。
この物語にぼくは登場しない。
オノゴロ島を作ったのは、きみと彼らだ。
きみと彼らが日本の祖先だ。
虚無と混沌の化身であるきみと、海神の化身である彼らが日本の祖先だ。
日本の神道には教義がないとされている。だから、これは後世作り上げるしかない。たった今、ぼくが作りあげる。今書いているのが、日本の創世神話だ。
これが日本最初の島、オノゴロ島ができたあらましである。
きみは栄光のうちに称えられることをぼくは願う。ああ、きみは何と美しいのだ。海神を恋人とし、島を作った。偉大なる我が祖先よ。
きみのことをイザナミと勘ちがいする人がいても、それはおかしなことではないし、きみはイザナミと特別に区別して見分ける必要のある存在ではない。
きみは大いなる大地の母だ。日本最初の女だ。
きみは恋をした。それをぼくは嫉妬する。イザナギにぼくは嫉妬する。彼らにぼくは嫉妬する。海神にぼくは嫉妬する。
きみはなんと美しいのだろう。本当に見とれてしまう。この偉大なる日本の祖先となったのだ。
きみの恋人の名前を憶えているかい。涙だよ。なみだ。なみだという名の海神がきみの恋人だ。
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