序章……(九)  【従者の矜持】

 ◇◇◇





「もう……りんりぃ。ふわぁぁあぃ、起きれば良いんでしょ? 我のやすらかなる睡眠ときを邪魔してまで、其方そなたが我に起きるように求めるという事は……それ相応そうおうの事なんだよね? ふぁっっ~ぁぅ」


 リンリの必死の呼び掛けにより、ようやくハクシは目を擦りながら覚醒してくれる。

 そして可愛らしく欠伸あくびをして小さな口の中の牙を見せると背中からストンと降り、尻尾をユラユラと揺らした。頬を膨らませている彼女は、仕方なく本当に本当に仕方なく起きてくれたご様子である。


「そうだ。お休み中だったのに悪いなハクシ。

けど非常事態だ。人命に関わる事態になるかも知れない。だから熟睡中のハクシに起きてもらった。お前の力なら……何とか出来る可能性があるからさ」


 ――ハクシが起きるまでは、声を上げ『彼女と自分なら』何とかできると言っていたリンリ。

 けれど、何故かハクシ本人には『彼女だけが頼りだ』と言い回しを改める。その意味は、あくまでハクシが……彼女こそが混じり気の無い真の『統巫』“系統導巫”という存在であるが故に。ただの万人では、脆弱な人の身では、種の範囲を越えられない存在ではどうする事も出来ない事態――“天災”。それを何とか治められる程の手段とすべは、現在の所は彼女の行使する力だけなのだから……。


 ――どんな大言を放っても、だ。

何様なにさまかの白銀色の毛皮を被っただけの男……元男が、外面そとずらだけを綺麗に取りつくろった偽物の巫女が、かように嘆かわしい身の上の自分が……。元より己が持つ力の意味も理解していない小娘が、いったい一人で何ができようものか。あぁ何もできやしないとも。

 結局はツガイである彼女ハクシの力を頼りにしてしまうことになる。本当に嘆かわしい。誰彼じぶんせいで力の欠けた彼女ハクシが力を使えば多かれ少なかれ、その大切な身心を削ると理解しながら。人々を見捨てられず、使ってもらわざるを得ない。なのに自分では何もできない。できる事といえば僅かな助力と共に、彼女ハクシかたわらに居てやれるだけ。それが申し訳なくて、非常に口惜しく。だからリンリは敢えて言い改めたのだった。


「ねぇ、りんり。何度も言うけどね、統巫は神じゃないし、その力は全能でも万能でもない。我を眠りから起こしたところで、いったい何処まで出来るのか……わからないよ? それで、寝起きの、直ぐにでも眠りに落ちたいのに我慢して起きている我は何をすれば良いの? 何が人命に関わるというの?」


 今の今まで特有の深い眠りの中にいたハクシには、現状を理解できていなくて当然であり。余裕が無さそうに怖い顔をするリンリ、苦い顔をしているシルシ、事の成り行きを無表情で見守るサシギと順に見回して行き、彼女は頬に手を添えて頭を傾けた。


「何をすれば良いか。あぁそれは……。

実際、俺もまだ詳しく知らなかったな。俺としての考えは有るが。まぁ現状としてこの近くにある貯水場が『何かしらの理由』で決壊しそうになってる感じだ。そんで高台に逃げる必要がある。だがしかし、主要な逃げ道が塞がれているときた!」


「……うむ、要点はそうじゃ」


 シルシが頷く。


「避難するなら何が正解かというと、簡単。高く頑丈な建物に退避すれば安全ではある。が、町民達は慌てふためいていて、当てもなく逃げ惑っている。落ち着いて冷静に『安全圏』その事実に気付ける者は一部だろう。逃げ切れなかった町民から犠牲が出る……」


「逆もしかりじゃ。仮に、逃げ惑う町民達に『高い建物に退避せよ』と最善手を伝えるとする。それも悪手じゃろうな。その後、この辺りで最も立派な“向かいの宿”に人の波が殺到するのは明白。皆が我先じぶんがいちばんに逃げようとし最早退避どころではなくなるのぅ。全員の退避はどちらにしろ不可能。大半の犠牲が出る事は避けられぬ……!」


「シルシ。ここまでで、お前の見解は?」


「儂に振られたところでの」


「シルシ、本当にそうか? ただの勘だが、まだ仕舞ったままの知識や発想があるんじゃないかと」


 ハクシの持つ力と、加えて必要なのは識。


 現下で最も情報に精通しているのはシルシだ。

ならば、状況をくつがえすことが叶う方策かんがえの一つでも思い付いているのでは。それを躊躇ためらい、取り出せないだけで。シルシという従者を見ていると、リンリにはどうもそう思えてならなかった故に。


「まったく……リンリ様、お主は。……儂が何と言っても事態に関わるおつもりかのぅ。良いか。心して聞いてくだされ。水害は放置すれば“確実に発生”してしまう。だがの、原因を取り除く事は困難。とても間に合わぬ。それらが前提なんじゃよ!」


「そうか。無理を言った……な」


 ……だとすると。いいや……ならば。

 リンリはおとがいに手を当てて、繰り返し唸る。


「放置せず、しかるべき対処は可能か? 原因ではなく要因への対処だ。それが無理だと言うなら、俺は皆で先導して町民を避難させる気だ。ハクシの力で防壁に梯子はしごでも掛けて、町民が直接逃げる事のできるすべを作る。統巫の名を使えれば、パニック……恐慌に陥り、狼狽うろたえる町民でも導けるだろう?」


「いんや。リンリ様、間に合わぬよ。それもかなり危険な方法じゃ。統巫が救いの手を差し伸べ、先導してくださった……としても。全員が全員、命の危機に秩序立つ行動を取れると? 必ず『己だけは助かりたい』と足を引っ張り邪魔をする者が現れるぞ。お二人の御身の安全が保証できる刻限、そこまで町民の退避を進めるとてな。救える人数などタカが知れているじゃろうて」


「だめなのか……。町民の大半はどうやっても見捨てるしかできないのか? ――くッ!!」


 リンリは受付の机に握り拳を当てた。シルシはそれを見て顔を歪め、牙を噛んで鳴らす。


「りんりぃ、命には様々な重さが有る。

故に、背負える量には限りが有るのが必然。我は可能な限り其方の考えを肯定し、協力するとも。……でもね。己の限界に線引きはしないとね」


 やり取りを眺め、状況を把握したらしく。

 ハクシはリンリをいさめるように告げる。


「旦那様……リンリ様のご意思通りに、町民の退避の先導をしながら我々も安全圏へと向かう。そのように妥協するのが関の山では? 私の意見といたしましてはそれ以上は肯定できかねます。それを薄情とお思いになられるとしても結構。私は、お二人の御身が第一でございますので」


 黙視していたサシギも、そこは譲れないと。


「そう……だな。しかたない……な」


 ――そんな事、解ってはいた。この場の誰もが。小さな町の、その一画といえども“全ての命”に救いの手を差しのべる事は到底叶わぬ話だと。


 シルシは瞳を揺らす。

苦虫を噛み潰したような顔をして。


矜持きょうじときたか――」


 皆が十数秒ほどの沈黙。

そこで唸り声を響かせてから、壁に頭突き。


「――使従の、従者の矜持か、そうか……。

そう、じゃの。じゃったら……!」


 シルシは声を震えさせて呟く。


「リンリ様。もとい、リンリよ。

お主には、借りがあり過ぎるからの」


「借り。そんな大層な事はしてないぞ。

俺は俺なりに、勝手に節介焼いてただけだ」


「そう言うでないわ、たわけ。儂がお主に受けた借りは、お主にとって些細なものだったろうとな。儂にとって正しく、こんな町よりも大きくて。意味のあるものであったのじゃよ。故に、故にな……?」


「うん?」


「名実ともに、儂の主となったリンリ様が町民を救おうとしておる。そう望んでおる。ハクシ様も協力する気じゃ。愚かな町民の為に、尊き統巫とその番がの。己の安全さえはかりにかけてまで最善を望んでおられる。ならば、儂は、儂は――」


 意を決したのか。

シルシはリンリの外套を引っ張り、


「――使従の務めを果たすまでじゃ!!」


 ――叫んだ。同意してくれたのだ。


「然るべき対処か。上手く行けば、リンリ様の言うように、水害を直接的に回避できる手段が有るのは事実。途轍とほうもなく分の悪い賭けじゃが。けれども、儂には……具体的な心当たりも、知識も有る。それにサシギの翼、ハクシ様のお力が合わさればあるいは……うぬ。可能かもしれぬ!」


「シルシ、お前……っ!」


因縁いんねんの有る『愚かな町民』だとしても、過去にどんな仕打ちを受けていたとしても、水害が町の定めだとしても、じゃ。己の都合で最善手を打たずに見捨てるのは、命の統巫を主とする使従としての矜持に反するのじゃろう? わーとるわい。これは町民の為ではなく、けれど義に背かぬ為じゃ。あーだこーだ最後まで行動せず、儂は愚か者にはなりとぅないからの。だからこそ行動するのじゃ!!」


「あぁ。ぁあっ! シルシ、感謝する!」


「手段が存在するというならば賛同です。主達の御心に応えて尽くす事が使従の勤め。私はただ翼を広げて、お役目へと飛び立ちましょう。指示を願います」


「サシギも、ありがとう……!

ここに居る皆! 心から、ありがとう!!」


「それは全て終わってから言うてくだされ!」


 ――今、この町を襲おうとする水害を食い止めるにはどうするべきなのか。シルシの知識と、サシギの翼、そして……ハクシの御力、単なる“おまけ”のリンリ。ここに居る四人其々の持てる能力を組み合わせ、最善の方法を導き出す即席の話し合いが始まった。




 ◇◇◇




 ――それから暫し後。四人は、受付の壁に貼ってあった宿の間取り案内を当てに、建物の裏口を目指して廊下を走っていた。


「シルシ、復習をしたい!」


 リンリは移動中のこの時間を有効に使い、隣を走るシルシともう一度現状を深く確認する為のやり取りをする事にした。


「リンリ様、ならば、おさらいじゃ。チィカバの町の周りには、本流から別れるように複数の支流しりゅうである小川がある。そして、其々おのおの治水ちすい用の堰堤えんていもうけてあるのじゃ。……数年前に一度、それら堰堤は老朽化を理由に取り壊され、今は“町の中の貯水場”に掘りを通して一定量の水を常に汲み取る事の出来る、より高度な堰堤となっておった……!」


「あぁ。そこまでは聞いた」


「重要な点を詳しく言いまとめるぞい。貯水場は町の中に三ヶ所あり、一ヶ所あたり二本から三本の小川から特殊なべんと高低差や機術を利用した堀りで水を汲んでおったのだが。……単純に、現在その貯水場の一つに限界直前まで水が流れ込んでしまい、このままなら間も無く『決壊の危機』となっておるというのが事のあらましじゃ!」


「やっぱり謎だな。なんでそんな事に?

聞きかじった話だけど……ここ最近は水害と無縁の町なんだろ? 貯水場が町のど真ん中に有るってのは色々と気になるが。容易に決壊するような、そんなお粗末な造りだった訳じゃないよな? 安全装置が何重にも用意してあるはず」


「直接の原因は土砂崩れ。それで流されてきた樹木や岩や重い泥によって、堰堤が治水の目的以上に水を塞き止めてしまった事よな。そいで、その水が逆流し、弁を乗り越え、掘りを通して貯水場に短時間で膨大な量の水が流れ込んでしまった事じゃ!」


「ふむふむ。だけど、地質的に水からの副次的な災害も町では多かったってのも聞いている。土砂崩れとかで河川からの水が逆流した場合の対策も、勿論この町には有ったんじゃないのか?」


「それじゃな、それ。それだけなら、貯水場に必要以上の水が流れた場合の対策として、確かに安全装置……他の小川に専用の水路で水を抜く設備も有った。それで今までは十分じゃった。今回も“一ヶ所の貯水場”に繋がる小川“三本”が“同時”に土砂崩れで塞き止められたりしていなければのぅ……」


「なに?」


 リンリは立ち止まってしまう。


「いやいや、三本同時にってあり得るのか?

あれか……想定外の大規模な土砂崩れで、近くに有った小川がまとめて被害を受けたとかだな?」


「そのうち二本の小川は、町の一部を挟むように離れておる。原因が“ただの”土砂崩れにしては、的確に一ヶ所の貯水場を狙ったような被害じゃな。他の小川には一切影響が無い事にも疑問を感じるの」


 シルシも立ち止まり、顔を見合わせる。


「かなりの不運が重なったか、人為的な企みが有ったのか……ここでは不明か。しかし、町の通路を塞ぐ防壁の迅速すぎる対応と、利権問題と。はぁ、普通に考えるならシルシの予想通り後者だろうな?」


 立ち止まった二人に振り向き、裏口の位置はここだと急かすようにサシギが手を振った。


「やはりはかりごとかの。あー嫌じゃ、嫌じゃまったく。

そんなこんなで着きましたぞ。この裏口から出れば宿の位置的にすぐ目の前に見えるはずじゃ!」


 辿り着いた裏口の戸は施錠されてはいたが、建物の内側から金属の閂によって開かないようになっている程度のものだったので問題なくそこから外に出る。


「いや、デカイな……」


 宿の裏口から外に出ると、その先には町の裏路地。そして、裏路地のすぐ突き当たりから続く階段の下に見える少し開けた窪地くぼちに、見上げる高さにそびえ立つ壁――くだんの貯水場があった。


「んん。あれ? シルシ、あの壁はなんだ? 貯水場って言うから俺はプールみたいな……いや、プールは伝わらないかな。えーと例えるならその『人工的な平面の溜め池』みたいなのを想像してたんだがな」


「あの壁自体が貯水場じゃ」


「あれ、“自体”が……?

あれは水用の防壁とかではなく?」


「うむ」


「それはそれは……」


 シルシの説明や話し合いでの言葉から、何となくリンリが頭の中で想像していた貯水場。……それよりも、実際の規模は非常に大きかった。リンリは尻尾を萎めさせ、脱力するようにして押し黙ってしまう。まぁ、水が“押し寄せる”というのだから、施設自体がある程度の高い土地に立っているような予想をしていたが。まさか窪地に巨大な壁状の施設が建っているとは。


「リンリ様の言う“平面の溜め池”が決壊したところで、平面なら水量は限られるじゃろ。そして建っているあそこは窪地。水はほぼそこに留まり、町の勾配から徐々に“処理場”の方へと流れて行く。つぅーことで大した被害は無かったじゃろうな。……いやはや、その方がどんなにか良かったかのぅ」


「ちょっと、こりゃ参ったぞぅ!」


「現実は、酷いぞい。あれが決壊すれば窪地から水が溢れて……低地一帯に鉄砲水じゃ!」


「鉄砲水かぁ……深刻だな」


 リンリの呟きに、

シルシは頷き言葉を続けた。


「これはの、圧力の作用を利用して町民に水を送る機術が組み込まれた貯水場じゃ。そんな大掛かりな仕掛けがある以上、立体的で且な、巨大になってしまうのも仕方無かった。堀からは高低差を利用して水を汲み取り、弁で逆流を抑えながら機術で上部に汲み上げて……と、長い説明はよいか」


「……あのなぁ、素人でもわかるぞ。そういうのは貯水場の地下にでも設備を造って、本体の見える部分はもっとコンパクトにしろって。それか、普通に町の外に建造するべきだろコレは……」


「――主に技術的な問題じゃ。そして儂のお爺は新たな堰堤と、この貯水場の技術的にも安全性的にも無理無茶な設計に技師として異を唱えたからこそ町から干され……追い立てられたのじゃ!」


「……なるほど、な」


 ――まぁ今更、後に引けないリンリ。

そして自らの使従であるシルシを過去の因縁から救う為には、この一件を乗り越え、最善の結末を迎えなければならない。


 リンリは唾を飲み込み、その華奢な喉を鳴らすと……貯水場を見据えて宣言した。


「まぁ思ってたのより貯水場の規模が大きかったとしてもだ……。俺達のやる事は、何一つとして変わらないだろう! よし、かけ声でも上げるぞっ!」


「――いきなりなんじゃ?!」


「シルシ、敢えて俺はフラグを立てる。フラグは立てまくれば反転するからな。よし、これが終わったら、お前の過去を含めて、この一件について町のお偉いさんに文句を言いに行くとするか。統巫の文句なら、無下にもされないだろうしな!」


「……ホホっ。それは……良いの、リンリ様。

……だが、統巫の番である立場を無闇に使っては駄目じゃからな? 解っておるか? ホホ」


「シルシ、だから……さっさと終わらそう。俺も、ハクシも、シルシもサシギも、勿論町民達だって、誰一人失わずに朝日を拝もう! だから、死ぬなよ……シルシ。ケンタイさんみたいに格好つけて逝こうとするのは無しだぞ!」


「……うむ。あぁ当たりまえじゃろ?」


 ――そんなリンリとシルシの後方。今回の主役であるハクシは、立った状態で眼を閉じて心を落ち着ける為にか瞑想中。その横でサシギはハクシの外套を邪魔になるだろうからと脱がし、手際よく彼女の金と銀の神聖そうな衣装を着付けていた。


「シルシ……笑ってるね。

さっきまでは、苦い顔をしていたシルシが」


「ハクシ様、何かおっしゃいましたか?」


 獣の耳を立ててハクシは呟く。

その呟きに着付けの手を止め、聞き返すサシギ。


「我だけでは……」


「ハクシ様?」


 ハクシは眼を閉じたまま、サシギにだけ聞こえる小さな声で肩を縮こませて言う。


「……我だけでは。りんりが居なければ、今回はただ傍観するだけだっただろう。系統導巫として命を語る以上は、あまねく命は等価として扱わねばならない故に。シルシの過去を知って、その上で敢えてシルシを説得し、町民を守るという考えには至らなかったと……そう断言できるの」


「ハクシ様。……私も、本来ならこんな事は乗り気ではないはずです。系統導巫の意思を優先するものの……ハクシ様と旦那様に危険があるのなら、それに強く反対してでもお守りするのが使従の勤め。そのはず。ですが今の私は何故か旦那様に、いえリンリ様に乗り気でございます。心より」


「疑問だ。それは、どうしてなの?」


「私は、いえ、他の使従も含めてでしょうか。リンリ様と関わって、毒されて……いえ、失敬。感化されたのかも知れませぬ。良くも悪くも」


 ハクシの着付けが済み。

サシギは、多少の思考顔をしてから答える。


「感化……そっか。そうだね!」


「はい。あの『自称褌野郎』に感化されるとは。

ふふ、ふふふ。おっと。何でもございません」


「ふんどしぃ?」


「ふふっ、何でもございません」


「そう? ……りんりは変わってるよ。

我の昔の友のように惹き付けられ、共に居たいと願ってしまう。異なり立ち世の、彼土の存在だったからとかじゃなくて……もっと、人としての輝きが違う。眩しいのかな、焦がれるほど。故にりんりに関わると、我も皆も感化される。そう、良くも悪くも、ね」


「流石、ハクシ様が選んだ方ですね?」


 ハクシは黙って顔を赤くして頭を伏せるが、そんな彼女の尻尾は抱いているのだろう感情を隠しきれずに嬉しそうに振られていた。


 そうして、


「りんり、我はもう大丈夫だから!」


「うおっ、ハクシっ!」


 そう言って意思表示。ハクシは、リンリの背中に向かって飛び付いたのだった。




 ◇◇◇




「……じゃ、そろそろ始めようか。

『押さえて、防ぎ止める。アンド、外して、流します作戦』だ。うんと、俺のネーミングセンスにはツッコまないで欲しい。そいで、今さっきの四人の打ち合わせで、シルシが俺とハクシに言ってた意味はこの貯水場を見てよく解ったしな!」


「りんり、我と其方の役目はここから貯水場が決壊しないように防ぎ止める。ただ、それだけ。しかし、可能かどうかはやってみないと解らず、予測不能の危険も有り得る……かなりドキドキ!!」


「承知した。非常時は俺がハクシを担いで、なるべく高い建物にでもよじ登るさ。この身体なら普通にできる。で問題は、ここから届くか?」


「案ずる事は無い。大丈夫……サシギに我の触った植物の種を渡してあるから。そのまんま、上からばら撒いてもらうの! 十分に届くとも!」


 ――リンリとハクシはもう動かず、現在地である裏路地の突き当たり。貯水場に続く階段の上の広場に陣取って構える手筈。


「サシギ、先ずは貯水場の容量を見たい!

話した通りに頼むの! ほれ上昇じゃ!」


「……シルシ、解りました。

毎回毎度と、便利な『乗り物扱い』されてしまうのはどうかと考え始めたところでございますが。先ほど聴いた話によれば、どうもこれがシルシの最期の大舞台という事で。ならば、全力で飛び立ちましょう!」


「いんや、死まんからのぅッ?!」


 ――シルシとサシギは別行動で立ち回る。

ハクシが力を使う為の準備と、そもそもの問題である貯水場の水を何とかする別働隊だ。


「旦那様、ハクシ様。これより、私がお見苦しい姿を晒す事をご了承くださいませ……」


 そして、サシギが動く。

ハクシの着付けを終わらせた後。いつの間にか羽織っている一枚の外套だけを残し、それ以外の下着を含めた衣類全てを自身の足元に脱ぎ捨て生まれたままの姿となっていたサシギ。


「うおっとっ!」


 サシギの姿にリンリは一度目を背けるが、それも悪いと思ったのか再度彼女に視線を戻した。


 ――次の瞬間、


「クゥッ! クゥァッ――!!」


 紅い羽毛が覆う、人外の腕を広げたサシギは叫び声……とは少しばかり違う、鳥が高く鳴くような声を張り上げる。


 ――それからサシギは変化を始めた。

 まず、外套から覗く彼女の太股にポツポツと爬虫類とはまた違う形の鳥の鱗が現れる。その鱗はあっという間にサシギの太股から足の先までを包み込むと、彼女の足を鉤爪の生えた鋭い猛禽類の物に変えた。

 次に、サシギの臀部の辺りから外套を捲り上げて飛び出てくる羽。月の光を反射させ、淡く七色に輝く美しい鳥の尾羽だ。同時に腕の羽毛は範囲を広げ、厚みを増し。彼女の腕が指を残して大翼に変形して行くではないか。

 最後にサシギの首下から紅い羽毛が皮膚を浸食するように広がってくると……彼女の頭の形を変え、口先から尖らせて嘴とした。


「クゥ……クルルゥ……」


 ――サシギは、腕さえ隠せば人間としても問題なく過ごせる身体から、短時間で完全な人外の存在。彼女のもう1つの姿……使従としての姿である紅い鳥の姿に変化したのだった。


「――クゥッ!!」


「うむ。サシギ、頼むの! それ出発!

出発じゃぁ! って揺らすな、揺らすな!」


 シルシは変化したサシギの両足に懐から出した縄を引っ掛けて、自身にもそれを結びつけ安全紐のように固定。そのまま彼女の片足に抱き付いた。



 ◇◇◇



 ――町を襲っていた嵐は、既に過ぎ去ってしまったようだ。四人が外に出る頃には風も雨もほぼ治まっていた。裏路地という、表の通りから建物によって隔てられたその場所は深々と不気味な程に静まり返り。雲が薄くなり、ぼんやり顔を出した低い月が現在唯一の照明と言える。


 ――まるで、町の中だというのに異界。


 当然に人目は無く。

 人の世でおいそれと奇跡の如し力を振るうのは憚るべきと。そういった煩わしい事情にも関わらないで済む。これ幸いと表すべきか。系統導巫とそのツガイ。加えて、その使従達が舞うにはこれ以上なく都合の良い舞台でもある。


 ――其れは舞台の開幕を知らせるように。真紅の巨鳥がその翼を広げ、羽根を舞い上げ、爬虫類の如き特徴を持つ少女と共に夜天へ翔び立った。

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