8話「トイレは文明の利器です!(力説)」


「ミコナ! 聞いておくれよ!」


 エレベーターで移動した先は、要塞の外であった。

 アホみたいに広い要塞の……甲板になるのだろうか?

 長い年月のせいか、ほとんど森であった。

 土が分厚く積もっていて、そこに沢山の木々が生えているのだ。エレベーターホールの出口付近だけが土がどかされていて、地層のように積もった土の分厚さが理解出来る。


「せっかく食堂が使えるようになったってーのに、ゴルゴンさんが中で薪を焚くなっていうんだよ!」


 ミコナを見つけるなり走り寄ってきたのは、ちと太めのおばさんだった。

 そしてミコナを捕まえるなり、妙な陳情を始めた。


「食堂に竈は無かったの?」

「ああ。だから竈を作ってたら、ゴルゴンさんがすっ飛んできて、要塞の中で火を使うなって! いったい竈も使わずにどうやって飯を作れって言うんだい!」


 おばちゃんの言いたいこともわかるが、どう考えてもゴルゴンさんの方が正しいだろう。

 それにしてもこれほど設備の充実した要塞で、調理器具の一つも無い物だろうかと、タケルは首を捻った。


「とりあえず今日も外で作ることにしたけど、雨が降ったらどうしろってんだい」


 おばちゃんは大きな腹を揺らして不満を漏らす。

 奥を見ると沢山の人間が集まって、炊き出しっぽい様相を見せていた。

 沢山の鍋が並び、スープらしき物を煮ているようだ。


「わかったわ。とりあえず食事が終わったら一緒に食堂に行ってみましょう。タケルとシャルに見てもらったら何かわかるかも知れないわ」

「ああ、そうしてくれると助かるよ。その子が例の子かい?」


 おばちゃんがタケルに顔を向けた。


「ええそうよ。ヤマガ・タケルよ」

「タケルです。よろしく」

「私は直接は見てないんだけど、大活躍だったらしいね!」

「それほどでも」

「あたしゃグラン・セレアルだよ。みんなからはグランとかおばちゃんって呼ばれてるよ!」

「グランさんね」

「ははは! 若いんだからおばちゃんでいいさね!」

「そう? じゃあおばちゃんよろしく!」

「ああよろしくね! さてととりあえず給仕に戻らないとね! ミコナ! 食堂の件はよろしく頼むよ!」

「わかってるわ。……それにしても要塞のシステムは複雑すぎるわね」


 ミコナはわざとらしく肩をすくめると、タケルとシャルを手招きして、食事の列に並んだ。すぐに周りの人間……だけでなく様々な人間型の生命体がミコナに近寄ってきた。


「ありがとうミコナ! お前のおかげで俺たちはここまで到着出来た!」

「ああ、長老達とミコナの頑張りがあってこそだ」

「それとシャル達にも感謝だな」

「ああ。お前達のおかげでこの浮遊要塞が見つかったんだからな」

「そうだ、それにお前!」


 ミコナとシャルを取り囲むように集まっていた群衆の一人がタケルを指した。


「お前がミコナが召喚した奴なんだろ? 久々にスカッとしたぜ!」

「悔しいが俺たちのどの戦士もあの魔導騎士鎧装を固定化出来なかった。感謝する」

「強いんだなお前!」


 あっという間にタケルも囲まれて体中を叩かれた。もちろんそれは親愛の証であったが、戦士と自称するような人間が集まっていたのだ、割と本気で痛かった。


「ちょっ! 止めてくれ! 痛いって! わかったから! 気持ちは伝わっ……いてぇって! 誰だケツを蹴った奴!」

「「「わー!」」」


 どっから湧いたのか大人に混じって子供達がタケルのケツを蹴っ飛ばして逃げていった。

 それを見て回りは笑いに包まれた。


「笑い事じゃねぇ!」

「うはははは! いや! 最近あいつらの笑顔をとんと見てなかったからな。すまないと思うが許してやってくれ!」


 無邪気に走り回る子供達。それを見て、心底嬉しそうな大人達という構図を見たら、文句を言う気も失せるというものだ。

 ここまでずっと逃避行の旅だと言っていた。もしかしたらずっと笑えない日々が続いていたのかも知れない。


「まったく。最低限の躾は必要じゃ無いのか?」

「ははは。後で注意しておくよ」

「頼むぜ」


 別に恩を売る気は全くないが、それにしたって命の恩人を足蹴にするのは問題があるだろう。

 ……まぁ。

 とタケルは思い出す。どういう訳か昔から子供には好かれる体質だったのだ。個人的には子供よりも同年代の女の子に好かれたかったのだが、どうにも出会いのチャンスが無かった。


 アクティブオタクを自称するだけあって、多種多様の趣味を持っているタケルである。普通なら出会いのチャンスくらいいくらでも転がってそうなものだが、どういうわけか、年齢イコール彼女いない歴を更新し続けていた。

 けっしてコミュニケーション能力が低いというわけでは無いのだが、とかく女性運だけがずば抜けて悪かった。

 一例をあげると、市のテニスクラブで仲良くなった女の子が、ちゃっかり彼氏がすでにいたり、少し上手くいきそうだと思った女の子に限って引っ越してしまったりだ。呪われているとしか思わない。


 だからこそ、お約束である異世界に飛び込むことになんら躊躇は無かった。

 だからタケルは考える。

 ヒロイン候補はやっぱりミコナだろうか、それともちょっと年下だけどシャルだろうかと。


 そして思い直す。

 現象自体はファンタジーだが、タケルにとってここはリアルの世界なのだ。女性というモノはどう動くか、何を考えているかなどさっぱりわからない。

 実際仲良くなったと思った女の子に告白したら、真顔で「え? 嘘でしょ? 誤解させちゃったらごめんね! ただの友達として接してただけだから!」などと返されたら、それ以降怖くて女性に突っ込んでいけなくなったとしても、臆病者と一言で切り捨てるは少々酷というものだろう。


「……どうしたのタケル?」

「おわっ!?」


 意識が思考の底へ沈んでいたが、ミコナの声で正気を取り戻すと、彼女の顔が想像以上に近い場所にあって、思わず飛び退いた。


「私達の番よ?」

「え? 何が?」

「食事に決まってるじゃ無い。やっぱり急な召喚と戦闘で疲れてるのかしら」

「ああいや、そういうわけじゃ無い。ちょっと考え事をしてただけだ」

「ならいいんだけど。……はい。今日の具はちょっと贅沢ね」

「おお、美味そう」


 異世界物と言えば不味い食事が定番だが、渡されたスープは具がたっぷり入っていて、少なくとも見た目は食欲をそそるものだった。一緒に渡されたパンは微妙な感じだったが。

 とにかく腹の減っていたタケルは、まずは一口とスープをすする。


「……っ! 美味い!」


 塩がベースのスープであったが、想像以上に味付けが良かった。具材も色々な野菜が放り込まれていてバランスも良さそうだ。にんじんやタマネギらしき野菜とジャガイモっぽい物がふんだんに投入されていた。


「そうだろうそうだろう! あたしの料理にケチなんてつけさせないけどね!」


 さきほどの太めのおばちゃんが忙しそうにスープを配膳しながら、俺の感嘆に突っ込みを入れてきた。

 なるほど料理の腕はピカイチらしい。

 正直衣食住の全てが劣悪なことも覚悟していたので、嬉しい誤算だった。幅は狭いがちゃんとしたベッドに一人部屋。美味い飯。来る途中寄ったトイレもなんと水洗だった。

 話に聞くと、いまだにトイレの使い方がわからない人間が多いらしい。

 なんと便座にシャワーと高速乾燥までついているとは思わなかった。後で技術者に使い方を教えるように頼まれてしまったほどだ。


 まあそんなわけで、文化的文明的な生活が保障されているというのは何よりありがたい事だ。

 だからこそ、余計にキッチンの事が気になっていた。


「なあミコナ、俺もキッチンを見に行って良いか?」

「ええ最初からそのつもりよ。期待しているわ」


 言外に”トイレの時のように”と言われているようだった。


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