第十二幕
【手帳の中の物語 ⑫】
『◭ボクのさよならの話』
ボクはいま、アトランティスの村に戻ってきています。
村の人にはまだ気づかれていません。
この家はずいぶんと村のはずれにあるし、誰も家には近づいてこないからです。
△
久しぶりに帰ったボクの家は、ずいぶんと破壊さていました。
屋根は落とされ、窓に張ってあった布は切り裂かれていました。
家の中にはいろんな大きさの石ころが転がっていました。
たぶんボクも見つかったらこの家と同じようにばらばらにされてしまうでしょう。
そういうわけでボクは今、月明かりを頼りにこの最後の作文を書いています。
△
ボクはチャールズにさよならを告げるために、ここに戻ってきました。
チャールズはボクが出て行ったときのまま、ベッドの上に両手を組んで横たわっていました。
壊されたボディーが見えないように、シーツもかけられたままでした。
ボクはベッドサイドにひざまずき、光の消えたチャールズの目を見つめました。
自然と涙があふれてきました。
ボクが泣いているのにチャールズは何も言ってくれないことが、とてもさびしく感じられました。
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「チャールズ今まで本当にどうもありがとう。君はボクのやさしい父親で、暖かい母親で、全てを教えてくれた教師で、ボクをいつでも守ってくれた医者で、そして最高の親友だった。
最後につらい思いをさせて本当にごめん。
君の魂が永遠に幸せでありますように。
ボクの魂がまた君と出会えますように。さようなら、チャールズ」
△
ボクは神様とは関係がない、自分だけの祈りの言葉を胸の中でつぶやきました。
それからボクはチャールズの体を抱き起こして、家の裏庭に運びました。
△
そこにはかつてチャールズが植えた花々が、月夜に青白く輝いていました。
ボクはチャールズをその真ん中に立たせました。
チャールズは花に囲まれて彫像のようにじっと立ち、月明かりを全身に浴びてきらきらと輝いていました。
△
これで本当にお別れです。
ボクにとって唯一の救いはこれからボクがやろうとしていることをチャールズに知られずにすんだことでした。
チャールズが、ボクがやろうとしていることを知ったらきっと困っただろうから。
△
これからボクはあと二人にさよならをいってくるつもりです。
一人はもちろん、モノです。
モノはボクが村を出たときにエイプリルに預けてきました。エイプリルのところにはトリニがいて、モノは彼女と大の仲良しになっていたからです。
モノにはモノの家族ができたのだから、今さらボクが彼を連れて行くわけにはいきません。
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それからもう一人はエイプリルです。彼女は本当にボクにやさしくしてくれた。
ボクはエイプリルのことが大好きです。それが恋だとか、愛という感情なのかはよく分かりません。ただボクは今でも出来ることならエイプリルと二人だけで一緒にいたい。彼女と一緒にいるだけでボクは本当に幸せな気持ちになれるから。
でもエイプリルがボクと同じような気持ちでいるとは思えません。
ボクと一緒にいたら、彼女は本当のエイプリルのままではいられなくなってしまうでしょう。だからさよならするしかないのです。
△
ボクはこれからエイプリルの家に行き、ちょっとだけ彼女を見るつもりです。
声はかけません。彼女と言葉を交わせば、ボクは満足するでしょうが、彼女は悲しい思いをするだけだから。
でもできればモノにはもう一度触れたい。彼の柔らかな毛をなでて、あいつの澄んだ目を見つめたい。でもモノにはちょっと挨拶できればそれでもいいです。
△
もう思い残すことはありません。
この作文も終わりです。
△
最後にボクはこれまで書いた全ての作文を、ダイアモンドの記憶装置に書き込む予定です。
文明が消えたこの島では、ダイアモンドに書かれたこの物語を読むことは出来ないでしょう。
でもそれでいいのです。
△
このダイアモンドの中に、ボクがどういう人生を歩み、どういう結末をつけることになったか、その全て書かれているという事実だけが重要だと思うからです。
それにいつかはこの物語を読む人間が現れるかもしれない。そのとき、ボクはその人の頭の中に、決して滅びることのない幽霊として復活するかもしれません。
△
もうお別れの時間です。
さようならチャールズ、モノ、
それから父さん、母さん、村のみんな、
未来のアトランティス、過去のアトランティス、
この地球と、宇宙にも!
ボクが存在したこの世界のすべてに!
誰よりもエイプリル、君に!
君の歩く道が光で包まれていますように!
さようなら!
~終わり~
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